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第四話

とある街のイブ風景。微かに流れてくるクリスマスソング。それを耳にした人々の五つの小さな物語。

[4]


 三塚浩次は工事現場にいた。

「おい、終わりだっ!」

 現場監督が浩次の後方から声をかけた。浩次は手に持つ重機のドリルを置いた。ヘルメットを脱ぐと、ザラッとした砂塵の感触がした。浩次は解放されたように首をぐるりと回した。それまでの凛と張りつめた緊張感は失せ、疲れだけが残った。汚れた耳に、かすかにクリスマスソングが聞こえた。俺の人生はこんなものか・・と、心の底の声がした。二年前、勤めていた会社が倒産し、それ以降、浩次の生活は乱れた。再就職も思うに任せず、頓挫した。同程度の会社を望んだが、不況にそう世間は甘くなかった。気づけば、小さな建設会社の工事現場にいた。

 浩次は作業服を脱ぐとシャワーし、現場を離れた。空腹に気づき、ラーメンでも食うか・・と思った。

---------------------------

 

 谷村美里は派遣社員の事務を終え、上司の課長に軽く礼をするとロッカールームへと消えた。身体は軽かったが、心には鬱屈した疲労感が潜んでいた。正社員の先輩に日々、嫌味を言われ、かなり参っていた。だが、学生時代の部活で鍛えられた泣き言を言わない精神がそのプレッシャーをはね退けた。かつて美里は陸上部で長距離選手だった。

 社外へ出ると辺りはもう、薄暗かった。美里は両手を広げてアァ~! と叫んだ。憂さを晴らす心の叫びともいえた。どこからか、微かにクリスマスソングが聞こえた。イブだが、何の予定もなかった。美里は何か食べて帰ろうかな…と、街路を歩きだしていた。

---------------------------

 

 スクランブル交差点で二人は接近した。サンタの衣装に身を窶した中年男がサービス券を配っていた。男は二人の行く手をクロスするように遮った。

「そこのお二人、はい、どうぞ…」

「…」

「どうも…」

 浩次と美里は言われるまま、その券を受け取った。サンタの派手やかな衣装が二人を従順にさせた。

「今日、開店の特別ご招待! お二人でどうぞ!」

「はは…俺達、赤の他人ですよ」

「ええ」

「まあ、いいじゃないですか、イブなんだし…」

 二人は少し、はにかんで歩きだした。

「ははは…ああ、言われちゃ。・・どうです?」

「いいですよ」

 二人は連れ立って券に書かれた店の方向へ歩き出した。

---------------------------

 一年後、浩次は二流ながらも失業前の同業種の会社へ再就職した。そして、イブの夜、美里と教会で結婚した。遠くから、微かにクリスマスソングが聞こえた。 


                  THE END

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