第三話
とある街のイブ風景。微かに流れてくるクリスマスソング。それを耳にした人々の五つの小さな物語。
[3]
田所進は病室のベッドで眠っていた。ここ数日、午後の時間帯は睡魔に襲われることが多かった。消灯後、看護師達に怒られながら読み続けた本のせいに違いなかった。ふと目覚めると、窓際の病床から街灯りがチラホラ見えた。外はもう夕闇が迫っていた。どこからか、微かにクリスマスソングが聞こえた。
「検温ですよっ!」
ニコッと微笑んで看護師の竹井和美が入ってきた。進は少し緊張し、窓に向けていた視線を戻した。和美は進に体温計を渡した。
「今日はイブよ。残念だわね、足折らなきゃね」
快活に話す和美に進は返せず、体温計を受け取って苦笑せざるを得なかった。その通りなのだから仕方なかった。二人は黙り込んだまま、階下に広がる街の夜景を眺めた。
「今日は、どうするの?」
しばらくし、進が唐突に訊ねた。
「どうするのって、どうもしないわよ。少し飲み食いする程度かしら」
「なんだ、そうか」
「あら、偉い言われようじゃない」
「いやあ、そんなつもりはないよ。デイトとかさ、相手いるのかって思ってさ」
「そんなの、いる訳ないじゃない、私に…」
「ははは…、俺にもまだ脈があるってことか」
「脈はあるわよ、そりゃ。脈がなけりゃ、ご臨終」
「上手いこと言うな」
進は笑いながら、体温計を脇から取り、返した。和美も笑った。そのとき、指と指が触れた。二人は素で見つめ合った。
その一年後のイブの夜、二人は教会で結婚した。遠くから、微かにクリスマスソングが聞こえた。
THE END