第二話
とある街のイブ風景。微かに流れてくるクリスマスソング。それを耳にした人々の五つの小さな物語。
[2]
二浪の尾山博は家賃が三万八千円の安アパートでカップ麺を啜っていた。予備校の学費は、半ば本業として働くメンテナンス会社のパートの稼ぎだった。カップ麺を啜り終えたとき、外はもうすっかり暗くなっていた。片隅に置かれた目覚ましを見ると、すでに六時半ばを回っていた。今年もこの程度のクリスマスだな…と博は思った。卑屈な気持ではなく、錆びついた諦めの感情だった。窓ガラスに街灯りのイルミネーションが反射し、色彩を変化させた。遠くから、微かにクリスマスソングが聞こえた。いくらなんでも、こんなクリスマスはない…と博は自分が惨めになった。そして気づけば、アパートを飛び出していた。
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進藤碧は予備校へ通っていた。この季節、志望校の選択を余儀なくされ、去年落ちた大学は避け、別の学部を受けよう…と思っていた。学費は半分方は親からの仕送りで、残りはアルバイトで補っていた。今度落ちれば就職しようと碧は決心していた。特別授業のチャイムが鳴り、教師が教室を去った。学生は疎らに椅子を立つと教室を出ていった。碧もその一人で、疲れた肩を片手で揉みながら予備校の門を出た。腕を見れば六時半ばを回っていた。どこからか、微かにクリスマスソングが聞こえた。このまま一人のクリスマスか…と碧は淋しく思った。
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風が冷たく戦いで風花がフワリと舞った。博は街路を歩いていた。碧も同じ街路を歩いていた。店頭に飾られたイルミネーションが美しく瞬いている。博は思わず立ち止り、その瞬きを見つめた。しばらくすると反対方向から碧が歩いてきた。LED電球の美しい瞬きに碧も何げなく立ち止った。二人は横並びで見上げていた。しばらく時が流れた。
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「待ち合わせですか?」
横にいる碧に気づいた博が、声をかけた。
「いえ…」
碧は小さく言った。風花がふたたび舞い、博はコートの襟を立てた。
「冷えてきましたね。よかったら、茶店で温まりませんか?」
「はい…」
イルミネーションが碧をロマンチックな気分にしていた。断る理由がなかった。
「学生さん?」
「ええ、あそこの予備校に通ってます」
「なんだ、そうか…。僕もです。あっ、あの店が、いいや」
博が指さす先には、暗闇に浮かぶ猪豚と書かれた灯りが輝いていた。碧が思わず笑った。博は訝しげに横を歩く碧を見た。
「フフフ…面白い名」
「んっ? …ははは、イノブタか。こりゃ、いいや」
爆笑の渦となった。ドアベルがチリ~ン! と鳴り、二人が店へ入ると、店内はパーティ会場のように賑やかだった。だがそれは、店内を流れるBGMで、店に客は誰もいなかった。
「あの! …誰か、いませんか!?」
しばらくすると、豊満な体躯のオネエ風の男がトレーに水コップを二つ乗せて現れた。
「あらっ! カップルね? 何にしましょう?」
男は女言葉で話した。顎の剃り残した毛が目立った。博は思わず笑っていた。
「どうかされました~?」
「えっ? いや…。僕はミルクティ。君は?」
「同じでいいです…」
剃り残しオネエは品を作って笑うと、歩き辛そうに楚々と去った。姿が消えると、二人は大笑いした。
その後、このことがきっかけで、二人は付き合うようになった。そして数年後、二人は就職し、出会ったイブの日に結婚した。どういう訳か、喫茶・猪豚の剃り残しオネエの姿もあった。遠くから、微かにクリスマスソングが聞こえた。
THE END
※ 第二話は、少し推敲して面白くしました。ご了承ください。^^