1st Season - 1
ある休日の昼。圭介は家族と一緒に昼食を取っていた。
「奈々(ナナ)、今年はサンタさんに何をお願いするんだい?」
「うーん、何にしようかなー」
毎年恒例の父の質問に、妹の奈々はしばらく考え込んでいた。
「圭介も、何か欲しい物ないのか?」
奈々がなかなか答えられそうになかったためか、父は圭介にも同じ質問をしてきた。
「いや、もう中学生だし、欲しい物は自分で買うから良いよ」
「何言ってるんだ? サンタさんにお願いすれば聞いてくれるかもしれないだろ」
「そうだよ、お兄ちゃん!」
「いや……」
圭介がプレゼントを断った理由は、中学生になったからということだけではない。それよりも大きな理由が圭介にはあった。それは、親に無理をさせたくないという理由だ。
この時、圭介は父と母がこの後取る行動を予想していた。今、圭介と奈々の欲しい物を聞いた後、休日か仕事帰りを利用してプレゼントを買う。そのプレゼントを3週間ほど秘密の隠し場所に保管して、クリスマスイブの夜、圭介達の枕元に置く。きっと、今年も両親はそうするだろう。そんな予想だ。
圭介は数年前、両親がそんなことをしていると知った。いや、知ってしまったという方が正しいかもしれない。
ある日、ほとんど開けることのない物置の中で、圭介はプレゼントを見つけてしまった。それから、クリスマスというものは、サンタクロースからではなく、両親からプレゼントをもらえる日だと思うようになった。それでも、去年までは気付いていないふりをして、プレゼントをもらっていた。
しかし、今年は去年までと状況が違っている。父がリストラにあったのだ。
その後、父は新しい職に就いたが、前に比べれば収入も少ないそうで、いつも忙しそうにしている。そんな事情を知っているため、圭介は素直にプレゼントを頼む気になれなかった。
しかし、6歳も年下の妹の前でそんなことを言うわけにもいかず、圭介は言葉を詰まらせるだけだった。
「私、今年は熊のぬいぐるみをお願いする!」
「そうか。サンタさん、きっと聞いてくれるよ」
「私、今年はサンタさんに会うためにずっと起きてる!」
「起きてたら、サンタさんは来ないよ」
そんな父と妹の会話を聞きながら、圭介は逃げるように自分の部屋へ戻った。今日、圭介は午後から野球部の練習があり、これから出かけるところだ。一通り準備を終えると、最後にボロボロになったグローブをカバンの中に入れようとした。
「圭介」
その時、ドアをノックする音と共に父の声が聞こえた。
「ちょっと良いか?」
父は圭介の返事を待つことなく、ドアを開けて部屋に入ってきた。
「何?」
「いや……グローブ、もうボロボロだな」
父は圭介が持っているグローブを見て、そう言った。野球をやるうえで、グローブは当然大切なものだ。しかし、圭介の持っているグローブはとても使い古されたもので、思い通り活躍してくれそうにない。
「ずっと使ってるからね」
「買い換えないのか?」
「そのうち買うよ」
圭介は素っ気ない返事を繰り返した。
「そうだ。サンタさんにお願いしたらどうだ?」
「無理しなくて良いよ」
圭介は冷めた声で返した。
「金貯めたらグローブは自分で買うから、奈々にだけプレゼント買ってあげてよ」
父は圭介の考えを理解したのか、何も返してこなかった。
「それじゃあ、練習があるから……」
圭介は父を避けるようにして、部屋を出た。
「行ってきます」
部屋の前に残した父を気にしつつも、圭介はその場を後にした。
「圭介! 聞いて!」
「母さん、そんなに騒いで、どうしたの?」
「父さんが……」
「父さんがどうしたの?」
「交通事故に遭って……」
特に見たい番組はなかったが、圭介はテレビをつけていた。
「今日はクリスマスイブ。例年よりも気温が低いとのことですが……」
そんな言葉がテレビから聞こえてきたが、圭介はテレビに目をやることもなかった。そして、時計を確認すると、圭介は簡単にまとめた荷物を持ち、玄関に向かった。
「お兄ちゃん?」
奈々に声をかけられ、圭介はすぐに振り返った。
「何?」
「どこか行くの?」
「うん、友達の家に行ってくる。帰りにクリスマスケーキ買ってくるよ」
奈々は特に何か言うこともなく、顔を下に向けていた。
「奈々?」
「今からお願い変えたら、サンタさん、聞いてくれるかな? プレゼント、変えてくれるかな?」
奈々の言葉に、圭介は首を傾げた。
「他に欲しい物あるの?」
「……お父さんに会いたい」
奈々の言葉に、圭介は言葉を失ってしまった。
「お父さんに会いたいって頼んだら、サンタさん……」
「奈々、サンタさんにだって、できないことはあるんだよ」
「サンタさんはどんな願いでも叶えてくれるもん!」
「奈々、父さんは遠くに行っちゃったの。だから、すぐには帰ってこれないんだよ」
「じゃあ、いつ帰ってくるの?」
「それは……」
奈々の質問に、圭介は答えられなかった。
それは、突然のことだった。父が交通事故に遭ったのだ。
大きな事故ではなかったが、父は倒れた時に勢いよく頭をぶつけてしまい……打ち所が悪かったらしい。
最後に見た父は、まるでただ眠っているかのようだった。特に怪我をしているようにも見えず、すぐに目を覚ましてもおかしくない様子だった。
しかし、父はもう目を覚まさない。
「サンタさんにお願いすれば、お父さんに会えるよね? お兄ちゃんもお願いしようよ!」
「そんなの無理だよ!」
圭介が突然叫んだことに驚いたのか、奈々は話を止めた。
「どうしたの? ケンカ?」
圭介の声を聞いた母がやってくると、奈々は母に抱きついた。
「奈々、どうしたの?」
「サンタさんにお願いしたら、お父さん帰ってくるよね?」
「そうね……」
母は優しく奈々を抱きしめた。
「うんとお願いしたら、お父さん帰ってくるかもね」
「帰ってこないのに、そんなこと言って奈々を期待させるなよ!」
「圭介!」
母は圭介の頬を叩いた。
「……サンタなんていないんだよ。だから父さんは帰ってこないんだよ」
「サンタさんはいるもん! お父さんだって帰ってくるもん!」
「帰ってこないよ! だって父さんは……」
「圭介、いい加減にしなさい!」
母が怒鳴り、圭介は話を止めた。
母は少しの間、考えた様子を見せた後、口を開いた。
「奈々、よく聞いて。サンタさんは色んな子にプレゼントを配らないといけないでしょ?」
「……うん」
「だから、奈々のためにお父さんを連れてくることはできないの」
「何で?」
「だって、あんなに大きなお父さんを袋に入れてくるのよ? そんなことしたら、他の子のプレゼントが入らなくなってしまうわ」
それが、母にできる精一杯の言い訳だったようだ。
「だったら、熊のぬいぐるみなんていらないもん!」
「奈々……」
「お父さんが帰ってきてくれないなら何もいらない! サンタさんも来ないで良い!」
そのまま、奈々は家を出て行ってしまった。
「奈々!」
「大丈夫、すぐに帰ってくるよ」
「圭介、何であんなこと言ったのよ?」
「……俺、友達の家に行ってくるね」
圭介は母の質問に答えることなく、家を出て行った。
圭介はポケットに手を入れながら歩いていた。時折、北風が吹く度に圭介は体を震わせた。
元々寒がりで、圭介は冬によく風邪を引いてしまう。そのことから、圭介は冬が嫌いだった。そのため、できることなら暖房の効いた家の中にずっといたいと思ったが、親友の明達と約束があるため、そうもいかなかった。
そうして、明の家に到着すると、圭介はすぐにチャイムを押した。
「はい?」
「圭介だよ。寒いから早く入れてくれー」
「おう、わかった」
それから数秒後、ドアが開くと、明が顔を出した。
「圭介、メリークリスマス! 由香里も来てるぞ」
「とりあえず中に入れてくれよ」
「ホント寒がりだな」
圭介は少し明を押すようにして家に入ると、靴を脱ぎ、そのまま廊下を進んだ。
「暖房で部屋の温度、40度ぐらいにしようぜ」
「勝手に人の部屋をサウナにすんなよ。やんなら自分の部屋でやれ」
「冗談だよ。でも、なるべく上げて」
「わかった」
圭介と明はバカな話をしながら部屋に着くと、すぐにドアを開けた。
「圭介、メリークリスマース!!」
ドアを開けると、幼なじみである由香里の元気な声が聞こえた。
「はいはい、メリクリ」
「もう、冷め過ぎだよ」
「寒いんだから、しょうがないじゃん」
「ホント、寒がりなんだから」
「2人とも、夫婦ゲンカは後にしろって」
明がそう言うと、由香里は顔を赤くした。
「ちょっ、何言ってんのよ!?」
「顔赤くなってやんのー」
「なってないよ!」
明と由香里がふざけあってる間に、圭介は暖房のリモコンを手に取った。
「おい、勝手に設定変えんなよ! しかも設定温度、限界まで上げんなよ!」
「寒いんだからしょうがないじゃん」
「だからって上げ過ぎだろ」
明が暖房の設定を直している間に、圭介は鼻をすすりながら適当な場所に座った。
「圭介、今日は何時ぐらいまで遊べるの?」
「ああ、クリスマスケーキ買ってくから、4時か5時ぐらいかな。奈々が楽しみにしてるだろうし」
「妹想いだねー」
「ああ、まあ……」
由香里の言葉を聞き、圭介は少しだけ考え込んでしまった。
「さっき、奈々とケンカしたけどね」
「え?」
「完全に俺が悪いし」
「どうしたの?」
圭介は少しだけ話すべきか考えたが、結局話すことにした。
「父さんに会いたいってサンタさんにお願いしたら、聞いてくれるかなんて言われてさ……」
「奈々ちゃんは、お父さんに会えないってこと、まだ理解できないよね」
「俺、何か頭にきちゃって、サンタさんなんていないんだって言っちゃった」
圭介の言葉に、明と由香里は何も返さなかった。
「俺、奈々に変な期待をさせたくないって言うより、何か……」
「今日はクリスマスイブなんだし、楽しもうよ!」
由香里の言葉に、明は慌てた様子で反応した。
「おう、何かゲームでもやろうぜ。何が良い? 対戦できるやつは……」
明はそう言いながら、色んなゲームソフトを引っ張り出した。圭介は気を使ってくれた2人に、心の中で感謝した。
「そんなに出されても全部できないだろ。それにこれRPGだから対戦できないよ」
「うっさいなー」
「逆切れかよ?」
「いや、逆じゃねえだろ」
「いや、逆だろ」
明とのくだらないやり取り。由香里の笑い声。そんな些細なことで、圭介の暗い気持ちはすぐ明るくなった。
クリスマスイブ。この日は、サンタクロース達にとって最も忙しい日だ。
今の時間、サンタクロース達は夜に配るプレゼントをキレイに包んでいる。まだ早い時間とはいえ、世界中の子供達にプレゼントを配ることを考えれば、決して余裕はない。
そんな中で、リナはおぼつかない手付きでプレゼントを包んでいた。
「頑張ってるね」
「あ、先輩!」
その時、リナは師匠のような存在でもある先輩のレイアに声をかけられ、すぐに返事をした。
「もう慣れた?」
「いえ、まだまだですよ」
「2年目で、それだけできれば十分だよ」
「そんなことないですよ」
リナはレイアに褒められ、照れくさそうに笑った。
「ところで、カイトはどこに行ったか知らない?」
「え、いないんですか?」
「まったく、今日が初仕事だっていうのに、さてはサボってんな……」
「……えっと、私、捜してきますね」
リナは仕事を中断させると、すぐにカイトを捜した。
リナはカイトがどこにいるか、大体の見当を付けていたため、すぐに見つかると思っていた。しかし、いくら捜してもカイトが見つからず、何だかおかしいと思い始めた。
「もう、どこに行っちゃったの?」
「リナ!」
その時、レイアから呼ばれ、リナは足を止めた。
「いましたか?」
「いや、いないよ。しょうがないから、長に捜してもらってる。多分、すぐに見つかるよ」
「ごめんなさい。カイトが迷惑をかけて……」
「いや、リナは悪くないよ」
そんな話をしながら、2人は長のもとに向かった。
リナ達が到着した時、長は水晶を使ってカイトを捜していた。
「見つかりましたか?」
「ちょっと待っとくれ」
その時、長は驚いたような反応を見せた。
「いましたか?」
「いたことはいたんじゃが……」
長はカイトを見つけたにも関わらず、どこか嬉しそうな様子ではない。そのことがリナの不安を大きくした。
「どこにいたんですか?」
「それが……人間界にいるようなんじゃ」
長の言葉に、周りにいた者は驚いた様子を見せた。
「あいつー!」
少しして、怒りを露わにしたレイアを前に、リナは慌てて支度を始めた。
「私、すぐに連れてきますから!」
リナは走って、その場を後にした。
「もう、カイトのバカ!」
リナの言葉がカイトに届くことはないが、リナは何度もそう言った。




