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人の話

掲載日:2026/02/26

 あらすじに書いたような場面において、命を顧みず耳を貸せる人間がいるとしても、少数派になるだろう。大多数は「聞けるわけないだろ!」と断らざるを得ないはずだ。仮に多数派でも銃を突きつけた人の脅しを無視できるとしたら、それは突きつけられた銃に弾丸が装填されていないと確信している場合、あるいはそもそも銃を突きつけた人自体が想像の産物に過ぎなかった場面ではないだろうか。


 人の話を聞かない背景には、銃を突きつけられているような、切実な理由があるのかもしれない。例えばAという人がいるとする。Aの過去を『人の言うことを鵜呑みにして痛い目にあった』とする。ここで言う痛い目とは、悔しさのあまり歯を強く食い縛り、口内炎が出来てしまった程度と考えて欲しい。Aはこんな目に二度と遭いたくないと心の中で思うようになる。そんな過去を持つAにとって人の話を聞くということは、痛い目に遭うことに連綿と続いている。無論、人の言うことが必ずしも災いをもたらすとは限らない。Aの発想は論理的に飛躍している。


 人の言うことを聞かなくなれば、痛い目に遭わなくなるわけではない。逆に聞かない故に痛い目に遭うことだってあるだろう。それを頭で理解してなお、Aは人の言うことを聞かないだろうか?

 Aは聞きたくない、とのことだ。聞こうが、聞くまいがリスクが同等であるのなら、迷わず聞かない、と言う。かつて人の言うことを聞きさえしなければ……というAの中の未練からすれば、雪辱を果たしたような錯覚があるだろうか。この選択によって過去は変わらない。そしてこの選択が災いをもたらすかは、結果のみが語るのだろう。(Aに何か言うことを聞かせたいのなら、自発的にそうせざるを得ないと思わせる、別方向からのアプローチが必要だろう。)


 今度はBという人を立てて考えてみよう。Bは人の言うことについて以下のように嫌悪感を示し、私に唾を噴きつけた。


「偉そうに講釈を垂れる割に、こっちのことは何も見てねえじゃねえか。」


 Bも人の言うことを聞いたばっかりに失敗した経験があった。さらに聞くとBはA程の痛い目に遭ったわけではないという。問題はそのあとで、講釈を垂れた人に説明を求めたところ、講釈を垂れた人は講釈を垂れていたときの熱弁からは打って変わって、そんなこと知るか、と端的にぶっきらぼうに突き放したのだそうだ(その日、講釈を垂れた人は花粉症により、鼻水も垂れていたという)。Bはまるで詐欺に遭ったような気分だったと述懐している。


 Bの経験は教訓めいている。人の言うことが自分の置かれている条件に合致しているとは限らない。言う人と状況を確認し合い、認識を擦り合わせることを積み重ねれば、人の言うことも的確へと近づくかもしれない。裏を返せば、その積み重ねなしに、無責任に押し付けてくる人の言うことというのは、何の根拠もなく、「今日宝くじを買えば間違いなく一等当然だ。買え」と言っているにすぎないのだろう。


 それ以来Bは、講釈を垂れた人はもちろんのこと、それ以外の人間の言うことにも懐疑的になり、果てには金言・名言嫌いになったとのことだ。


 最後にCの場合を見てみよう。このCはAのように痛い目に遭ったわけでなく、Bのように金言・名言嫌いになったわけでもないそうだ。何なら人の言うことをよく聞く方である。そんなCにも人の言うことを頑なに聞かない時期があった。

 Cが両親と暮らしていた幼い頃のことである。ある日山の中でCは珍獣を拾った。珍獣は赤子くらいの大きさと重さであり、丸々とした体型や愛くるしい仕草からすぐさまCの家族の一員となった。犬のように散歩に連れて行くことが日課となり、そうした日常が思い出の一ページとして刻まれていった。


 しかし長くは続かなかった。ある日突然、両親から珍獣のことを捨てるように指示された。始めCは何を言われているのか分からず両親の方に顔を向けながらも、呆然としていた。ちょうどその時Cは珍獣を抱っこして愛撫していた。Cが言わんとすることを理解する前に珍獣を奪い取られた。両親は珍獣を押さえつけ、斧を振り翳そうとしていた。押さえつけられた珍獣は弱々しい鳴き声を上げた。今までからは考えられない珍獣への虐待にCは発狂し、大喧嘩の挙句珍獣と共に家出することに決めた。


 家出してからと言うものの、Cは友人らを頼りつつ、珍獣との共存をしていた。しかしある日を境にCは友人らから妙ないじられ方をするようになった。


「鼻が気持ち悪い」


 それも一時のいじりに終わらず、会う人会う人に馬鹿にされ続けた。しばらくは珍獣に慰められて気を沈めていたが、何度もいじられているうちにCは我慢ならなくなり、家出以来久しく見ていなかった鏡を覗いた。するとそこには両頬を占領せんと横に大きくなっていった鼻があったのである。鼻の穴は馬のそれにも匹敵するくらいに広がっており、鼻骨はジグザグに曲がっている始末。以前からは想像もつかない鼻の変化にCは絶望した。鼻が隠れるようにタオルで覆い、鼻を元に戻せる人を珍獣と共に探した。


 ようやく見つけたその人はこう言った。


「鼻を元に戻すなんて簡単さ。お前さんが連れているそいつを殺してしまえばいいのさ。」


 Cは激昂した。この人も両親と同じことを言う。苦しい時にも側にいた家族にそんな残酷なことができるはずがない。


「じゃあ頼むな。せいぜい鼻を膨らませるんだな。」


 鼻のために珍獣を殺すわけにはいかないという決意は脆かった。鼻は日に日に醜さを増していき、見た目どころか、生活に精神に支障がきたすようになると、Cは両親と同じように斧を握りしめた……


 本題から逸れるのでここまでにしておく。人の話に受け入れがたい現実が含まれていて、Cが受け入れられるわけがなかった。Cが大切に育てていた天使らしき存在が、実は厄災をもたらす悪魔だったなんてすぐさま納得できるものではない。少なくとも理解のための手順が必要なはずだ。



 ……以上、各々の過去が人の話に耳を閉ざす動機となっている。もっともこの小説自体、無責任なある人による「人の話」である。  

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