マージの店の店主
しつこく伸びてくるシルの腕を払っていると、店主が戻ってきた。
「! 」
俺はその姿に目を見張った。
いつの間に着替えたのだろう。身に纏う服が、先ほどのしなやかなドレスから、スッキリとした黒のトラウザースに白のシャツと茶のベストという軽装に変わっている。シンプルな服装ながら、良い素材を使っており縫製もいい。さながらお忍び中の貴族のご子息、といった雰囲気だ。
髪型も顔も変わらないのに、こうしていると美形の男にしか見えない。
彼は盆を手にしているとは思えぬ大きなストロークで戻ると、俺とシルの前にガチャリとポットと茶葉、ティーセットを置く。
「ほら。シル、茶を淹れていてくれ。店を閉めてくるから」
いうなりそのままカウンターの裏に戻って閉店と書いたプレートを取り出すと、扉の外にかけに行ってしまった。
茶器のぞんざいな扱いと客に対する大雑把なもてなし。なかなか規格外の人物だな。
だが、単なるガサツな人物というわけでもなさそうだ。
ふむ、と俺は彼に対する認識を改めた。こういう人物が嫌いではない。
「閉店でいいのか? まだ昼前だぞ? 」
シルに問えば、シルは慣れた手つきで茶を淹れながら平然と返す。
「いいんじゃないか? 店なんて開けなくても顧客からの依頼だけで十分やっていけるんだよ。『たまに面白い客に当たるから』っていうのと『クソみたいな奴をからかってやる』っていうので、趣味で開けているようなものだしな」
先ほどまでのシルの口ぶりからすると、「マージの店」は知る人ぞ知る有名店のようだが……そんなのでいいのか?
「まあ、店主本人がそれでいいのならばいいか」と、シルが淹れてくれた茶をひとくち。
うん。美味い。
ふくよかな香り。程よい苦みと茶葉自体の甘さが舌に心地いい。淹れかたがいいのもあるが、これは茶葉自体がいいのだろう。
知らず口元が緩んでいたようだ。
シルがふっと笑った。
「美味いだろ? 」
「ああ。美味い。いろいろ言いたいことはあるが……なかなか個性的な店主だな」
「お前、ああいうやつは嫌いじゃないだろう? 」
その問いには、ニヤリと唇の端をあげることで答えてやった。
店主はすぐに戻ってきた。
「すまなかったな。改めて、名乗ろう。マージの店の店主、アルテミス・マージだ。アルと呼んでくれ」
砕けた様子で差し出された手を、しっかりと両の手で握り返す。
「では私のことはミルと。突然の訪問にもかかわらず心遣いいただき感謝する」
「? 感謝されるようなことはしていないだろう? 」
「いや。十分だ。約束もなく来たというのに、誠実な対応だった」
面白そうに目をくるりと回すアル。
「俺は『ドレスを着て客を迎える男』だぜ? 」
「でも友人の顔を立ててすぐに着替えて俺に誠意を示してくれただろう?
それにシルと俺が二人で話せるよう時間を与え、さらに俺が安心して飲めるようにと、わざとぞんざいなふりでシルに茶を淹れさせる配慮まで見せた。
ここまで気遣われれば感謝くらいはする」
俺の言葉にアルは唖然と口をあけた。そして言われた意味を理解したのか、みるみる赤くなる。
まさか、褒められるのに慣れていないのか?
「おい、シル! お前のご主人様、なかなかの性格してやがるな⁈ 」
俺を指さしながらシルにくってかかるアル。(どうでもいいが、人を指さすな! )
が、シルにさらりとこう返され、余計に口をあける羽目になるのだった。
「俺のミル、最高だろ? 」
とりあえずお互いの紹介もすみ、改めて訪問の理由を告げた。
「アルも知っているとおもうが、俺は公爵家の嫌われ者の長男で、悪役だ。
だが実際の俺は、ただ過度な期待に応えるためひたすら真面目に努力してきた健気な男にすぎん」
「ふは! それ、自分で言っちゃうんだ」
アルの目が面白いとばかりにキラリと光った。
俺はヒラヒラと手を振って「それはどうでもいい」と示す。
「事実だからな。その反応は、俺の『人気者の弟を妬み、裏で弟を虐待する腹黒な長男』という評判は信じていなかった、ということでいいのか?」
「まあ、シルから聞いていたからな。しょっちゅう『ミルリースは寝る間も惜しんで勉強してるんだぜ? 』だとか『あの怠けものの次男のどこがいいんだ? どう考えてもミルのほうがかわいいだろうが』だの聞かされる身になってみろ。ようやくご本尊にお会いできて感無量だ」
何をやっているんだお前は……。
じとー、とシルを見れば、さりげなく目をそらされる。
「あー……、うちのシルがすまん」
「いいさ。でもシルのいうとおりのようだな。腹黒ではありそうだが、陰湿じゃねえ。だろ? アンタなら隠れて嫌がらせなんてするくらいなら、相手を堂々と蹴倒す」
「弟に俺がわざわざ手を汚すほどの価値が? 相手にすれば俺の価値を下げるだけだろう? 」
「辛辣だなあ」
ヒュウと口笛を吹くアル。
「だが十分評判は下がっているだろう? なぜ手を打たなかった? 」
「親が親だからな。言ったところで信じない。それに、俺の行動を見ていれば分かることだと思っていた。まあ、実際は俺の行動など見るつもりもないし理解するつもりもなかったわけだが。どうせ俺が何をしても悪く取られる。やるだけ無駄だ」
例として、幼い頃に庭で遊ぶ弟を微笑ましく眺めていただけで「なぜ弟をそんな蔑みの目で見るの? なんて冷たい子なの! 」と頬を打たれたことを教えてやれば、アルは分かりやすく怒りの表情を浮かべた。
「なんだよそれ。それでも親か? 血は繋がってるんだよな? 」
「ああ。一応繋がってはいるな。そういう親もいるんだよ。俺は親父を厳しくしつけたという祖父に似ているのだそうだ。それと、親父の『出来のいい弟』である叔父にもな」
それだけですべて察してくれたようだ。「ああ」と理解の表情になるアル。
彼も知っていたのだろう。
そう、公爵家の長男である親父より、次男である叔父ゲオハルトのほうが出来がいい。
代々長兄が家を継ぐ公爵家。当然、後継は長男である親父だと決まってはいたが、当時はそれを覆すべきだという声も多かったらしい。
世間は次男のほうをこそ後継にふさわしいと言い、そう扱った。
そのこともあり、親父はかなり叔父を意識し嫉妬していたようだ。
祖父と叔父にそっくりでしかも出来のいい俺は、親父に過去を思い出させ、ことさらにくだらない劣等感を刺激したのだろう。
俺がまだ赤子のうちは良かったが、ものごころが付くようになると、親父は如実に俺を避け、俺に厳しく当たるようになった。一方で、天真爛漫で母親似の弟を溺愛するようになったのだ。
「自分を決して超えることのない次男」を甘やかして「優しく頼りになる父親」を演じるのは、さぞかし気分がよかったことだろう。
俺に厳しく当たり冷遇することで自己顕示欲を満たすのも、さぞ気持ちがよかったことだろう。
だが過去の憤りを俺に向けるのは筋違いだ。劣等感をごまかすために俺をいたぶって楽しむよりも、親父は自分という人間の卑小さをこそ改めるべきなのだ。
「ミルも大変だよな」
と同情の色を顔に浮かべるアルに、俺は淡々と指摘する。
「俺は切り捨てればいいだけだからな。俺にも親を選ぶ権利はある。
アルのほうこそ大変だろう。良い兄をもってきみの弟は幸せだ」
その言葉でアルの身に纏う空気が変わった。
ピリリと鋭いものになり、そのたたずまいが高位貴族のものに変化する。
すっと目を細め、ともすれば穏やかにすら聞こえる声でひとこと。
「いつ分かった? 」
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