ざわつく学校
ルディアスはうまくやってくれたようだ。
医者に行き診断書を数部作成した。
一部を学校に提出、事情を簡単に説明し「公爵家から除籍されることになる」と告げた。
特待生という特別優秀な平民はいるが、貴族学院のため、基本的には貴族しか通えない。
これからのことを明確にしておく必要があった。
ルディアスが口添えしてくれると言っていたが、学校がそれを認めてくれるかはまだわからない。
俺は少し緊張していた。
学校を退学するのは別にいい。だが、新たな友人たちとは離れたくなかった。
しかしその心配も杞憂だったようだ。
「なんということを…」
理事長は俺の頬を見て痛ましげに首を振った。
そして理解の色を浮かべ、俺にこう言ってくれたのだった。
「殿下から聞いている。スノーデン、いや、ミルリースくん、大変だったな。
君は優秀な生徒だ。特例ということで通学を認めよう。
学費については、既に殿下から頂いた。これまでの詫びだとおっしゃっていたよ。理由はわかるかい?」
「……はい」
「では、そういうことだ。
これまでと変わりはない。
ただ、学生の間はそのままスノーデンを名乗ってほしい。すまないが、混乱を避けるためだ。公爵からも了承は得ている。
それでいいかな?」
「問題ありません。私は私なのですから。
理事長、受け入れてくださりありがとうございます」
頭を下げると、理事長がふっと微笑んだ。
「君は優秀な生徒だ。君には期待している。頑張りたまえ」
廊下を歩けば、すれ違った生徒たちは俺を見てギョッとした。そこからは、気まずそうに目を逸らしたり、気遣うような視線をなげたり。反応は様々だ。
さもあらん。昨日打たれた頬は、今や青と紫のアザとなりみるからに痛々しい。
貴族が顔に傷を作るというのは大変なこと。女性ならば、未来はないと家を出されたり、地方にやられることすらある。
ガーゼで隠すことも考えたが、逆に目立ってしまったのでやめた。
俺にとって問題なのは、痛みだ。
大人の男の全力の平手打ちだ。覚悟の上とはいえ、痛いものは痛い。
まだ腫れも残っていて、熱を持ち常にズクンズクンとした痛みを感じる。話すのはもちろん、笑うだけでもズキンと痛むし、口中の傷もピリピリと痛む。
だが、気分はかつてないほど晴れやかだった。
背中が軽くなったような気がする。
除籍、婚約破棄を決め開き直っていたとはいえ、、「そうなる予定」なのと「実際にそうなる」のとはかなり違うのだな。
クラスに入ると、最初に会ったクラスメートが俺の頬を見て仰天し「ミル!」と悲鳴を上げた。
その声にこちらを見たクラスメートが「それ、どうしたんだ⁈」「大丈夫か?」とわらわらと集まってくる。
クラウスなどは「誰にやられたんだ!ルディアスか!」と飛び出そうとしている。
俺は思わず「違うから!」と大声を出し、「いたた!」と頬の痛みに苦しむ羽目になった。
「心配してくれてありがとう。
違うんだ、ルディアスじゃない。彼は俺の味方をしてくれた。
これは…名誉の負傷、自由の代償なんだ。
詳しくは言えないが、俺が頑張った証だ」
「…よくわからんが、仕返しするなら力を貸すぞ?いつでも言ってくれ」
俺の頬から視線をそらさず、ギラギラと怒りに目を光らせるクラウス。
ジークも黙って頷いた。
「ありがとう。その気持ちだけ頂くことにする。
大丈夫、相手にもそれなりのダメージを負わせるから」
言えば、パチリ、とみな目を瞬いた。
「…負わせた、じゃなく負わせるのか?」
ああ、そこか。
俺は痛む頬を駆使してニヤリと笑った。
「これからの俺は、やられたらやり返す。自分や仲間を守るためには容赦はしない」
気のせいか、クラスメートたちがブルリと身を震わせている。
「公爵家の便利な駒でいるのをやめたからな。これはその代償なんだよ」
俺の言葉で事情を悟ってくれたようだ。
クラウスが握っていた拳を開いた。
「ああ。そっちか」
ジークが遠慮がちに切り出す。
「なあ、聞いていいかな?さっき、殿下がミルの味方をしたって……。和解したのか?」
「ああ。ルディアスとは話し合った。それでようやく俺の立場を理解してくれた。
まだ公表前だが……婚約は解消することになる。だからルディアスとは、また知り合いから始めることにした。
みんなには気を遣わせてしまったな。これまでは申し訳なかった。庇ってくれてありがとう。もう大丈夫だ」
微笑もうとしたが、腫れのせいでまた引き攣った笑みとなってしまった。
すると、そっと頬に冷たいものが当てられる。ミルフェだ。
彼女がハンカチを濡らし、それで冷やしてくれたのだ。
彼女は優しく俺に問う。
「『もう大丈夫』というその言葉を信じていいの?」
「ああ!頬は痛いが、気分は最高なんだ」
「良かったわね。
でも、せっかく綺麗な顔をしてるんだからもっと大事にしてよね!あんたの顔はあんただけのものじゃないの。私の宝なんだから!
犠牲にするなら、背中とは腹とか見えないとこにしなさい!もったいないでしょ!」
ランジェがなんとも微妙な説教をしてくる。
あまりにランジェがランジェなので、クラスメートたちから笑い声があがった。
「ミルの顔はランジェのなのかよ」
「いや、にしてもそんな注意の仕方あるか?」
「ミル、俺もお前の顔は宝だと思う」
おかげで張り詰めていた空気がゆるんだ。ランジェ様サマだ。
これ以来、「ミルの顔はAクラスの宝」と言われるようになり、クラスメートには「かわいいが意外と男らしい」「子猫だと思ったら狼だった」と一目おかれるようになってしまった。
「やられたらやり返す」「それなりのダメージを負わせる」と言ったのが利いたようだ。
別に俺に害がないのなら何もしないぞ?




