秘密の宝石店マージの店
「……え? 」
ドアを開けて驚いた。
なんとドアの内側に、さらに玄関口のようなものがあった。つまりこの入り口は二重扉となっていたのだ。
しかも、内側の扉は正しく「宝石店」のイメージそのもの。いかにも「高級店の扉」だ。
マホガニー素材の重厚な造りと、レトロモダンなデザイン。蔦が絡んだようなレリーフに「マージ」と書かれた上品な金のプレートがキラキラと輝いている。
「外観はフェイクか」
感心して呟けば、シルが「悪戯大成功」と笑う。
「驚いたか? 店主はこの筋では有名でな。気に入った客しか入れないんだ。
大抵の貴族は、噂からなんとかここに辿り着いても、あの外観で『底辺の店』だと勘違いして去っていく。
逆にあの外観で安い店だと勘違いして来るような奴らは、ここでその勘違いに気づいて去るって寸法だ」
「つまり『あらかじめ知っている客』『選別に耐えた客』しか入らない店ということだな」
「ああ。扱うのは一流の品のみ。宝石の買取もするが、店主の目に叶うものしか扱わない。そのかわり、買取価格も高額になる。ミルの持っている宝石は、公爵家嫡男にふさわしいレベルのものだろう? ここならその価値を理解した上で買い取ってくれるぞ? 」
自分の目に自信があるからこそ、安く買い叩くこともないということか。
うん。俺の目的に叶う素晴らしい店じゃないか!
「こんな店、どうやって知ったんだ? 」
ふと気になって聞けば、シルが種明かしをしてくれた。たまたま個人的に店主と知り合いになったのだという。
「それは運が良かったな。でも……あまりひとりで危ないことはしてくれるなよ? ここは例外として、あやしい店には入るな」
「もしかしてミル、俺のことが心配だったりする? 」
茶化すように言って俺を覗きこむシル。
「そりゃそうだろう。俺にはシルしかいないんだ。心配くらいするさ」
そっと存外に柔らかなシルの頬を撫でて微笑む。
するとシルは、自分が聞いてきたくせに口元を押さえて斜め上に視線をそらせた。
「おい。それはどういう表情だ? 」
「いや、お前……今日はデレがすごいな? 変わりすぎだ」
「隠すのをやめただけだぞ? もう『公爵家の嫡男』をやめるんだ。取り繕う必要などないからな」
「うーん。元からかわいかったが、取り繕わないミルはヤバイな」
「やばい? 変な顔でもしていたか? ずっと表情筋を使っていなかったからか、まだうまく動かないようだ。気持ち悪くてすまん」
「逆だ。お前、かわいすぎるんだよ。
いや、これは学園では取り繕う方がいいかもな。解禁するには威力がありすぎる」
後半は小声でブツブツいうからよく聞き取れなかった。
まあ、シルがかわいいと言ってくれるのは嬉しいから、問題ないだろう。
ドアノッカーを三度鳴らし、シルが声を張る。
「アル、居るか? シリウスだ! 客を連れてきたぞ」
程なくして内側からドアが開かれた。
「久しぶりねえ、シリウス。何の用? 」
柔らかな口調に似合わぬハスキーな声。
現れた人物は……独特だった。
男? 女?
180センチあるシルより背が高い。
紺色の長い髪は複雑に編み込まれ背で結ばれている。
黒の身体にフィットしたシンプルなドレスを身に纏う麗人。
「そちらの方はどなたかしら? 」
麗人は俺に気付くと少し顎を引き、目を細めた。
僅かに傾げた首はすらりとした白鳥を思わせる。立ち姿もたおやかでありながら凛としている。
ドアにかけられた指先にまで意識が行き届いた、美しい所作だ。
俺は麗人に向かって片足を引き、胸に片手を当て腰を折る正式な礼をとる。
「お初にお目にかかります、レディ。私はスノーデン公爵家が長男、ミルリース。シリウスに無理を言って案内を頼みました。どうか、私にお時間を頂けませんでしょうか? 」
俺の言葉に彼女の目が見開かれた。
長いまつ毛がバサリと揺れ、蠱惑的な唇がゆるりと弧を描く。
「あら。どうして私をレディと呼ぶの? この声で男だとおわかりでしょうに」
「不快な思いをさせたのならば申し訳ない。ただ、そのように素敵なドレスを身に纏った美しい方にレディとお呼びする以外の選択肢は、私にはないのです」
「ダメでしたか? 」と首を傾げると、目の前の麗人が腹を抱えて笑いだした。
「はっはっはっは! ダメじゃねえよ、合格だ合格! 俺はアルテミス。アルと呼んでくれ」
それまでのしなやかな所作から一転。
麗人は、美しいドレスを巻き付けただけのガサツな美形に豹変した。
ドレスの裾をバサリとまくり上げると「入れよ」と俺たちを店内に促す。
……誰だこいつは⁈
室内には高級そうなソファとテーブルのセットが置かれていた。柔らかい素材が流行りなのに、あえてなのかなんと枠は金属。光沢を消したメタリックの鈍い輝きが、茶渋色の革素材と不思議な調和を醸し出している。
個性的かつ、この店の雰囲気にピッタリだ。
壁沿いにはガラスのケースに入れられた美しい装飾品がズラリと並んでおり、正面の美しい木目のカウンターの上にはいくつかの革製の箱のようなものが乗っている。
ふむ。面白い。
カウンターの奥は工房になっているようだ。
「ちょっと待っててくれ。茶を淹れてくる」
男はそう言い残し、店の奥に姿を消した。
「…………どういうこと|だ? 」
憮然としていると、シルが種明かしをしてくれた。
この男は、職人気質で貴族嫌い。煩わしい「貴族とのお付き合い」を避けるため、わざと《《あんな風》》に振る舞っているのだそうだ。
「? あの振る舞いが何故貴族除けになるんだ? 今の態度のほうがよほど貴族にはアレだろう」
「ミルならそう言うと思った! 男がドレスってだけで普通の貴族は変態扱いしやがるんだよ。そういうヤツはこの店に出入り禁止。それでも欲しいってヤツも、名の知れた『マージの店の商品』は欲しがる、《《自分の貴族としての評判を落とさぬように》》店主に貴族的な付き合いまでは要求しない」
ここでふっとその目を緩ませるシル。
「お前みたいに当たり前の顔で『レディ』としてマージに敬意を払う貴族は珍しいんだぜ? 」
「そうなのか? 身長は高いが、あのドレスは彼にとても似合っていた。レディと呼ぶにふさわしい所作だったからそう扱っただけだ。だが、その後はアウト。まさか、中身があのようにガサツな男だったとは……。素晴らしいレディだったのに、もったいない」
「はは! もったいない、か。お前のいいところは、美しいものを美しいと感じるまま口にできるところだな。あんな環境でよくぞ擦れずにいたもんだ。さすがは俺のミル! 」
「こら、撫でるな! 髪が乱れるだろう! 」
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