ルディアスとの茶会と対決
さて。
これまでの何もかもを捨てることにしたとたん、逆に友人や信頼のできる仲間、新居に仕事もできなにもかもが気に入った俺なのだが、平和はいつまでも続かなかった。
そう、すっかり忘れていたが、ルディアスとの婚約はまだ継続中。したがって、月に一度の茶会という苦痛の時間がまたやってきたのだ。
前回は「体調が悪いので遠慮する」と断ったのだが、さすがに続けては断れない。
環境がかなり変わったから何か月もたったような気がしていた。まだあれから2か月しかたっていないのだな……。
2か月前の俺は人生を諦めていた。公爵家にふさわしく、公爵家に恥をかかせぬようにと、家族に愛される夢を捨てきれずに、人生を捨てるつもりだった。
だが、俺は家族に愛されるという夢を捨て、人生を得た。
この2か月で、俺は15年分の楽しみを、幸せを知った。それを手放すつもりはない。
婚約破棄と廃嫡をさせるまで、俺は着々と牙を磨き、虎視眈々と力を蓄えるつもりだ。
それまでは、義務という苦痛の時間を耐えねばなるまい。
ルディアスとの交流日は毎月第一日曜日。
これは婚約時からずっと変わらない。いい意味でも、悪い意味でも。
通常は定例会とは別に、一緒に出掛けたり遊んだりして交流を深めていくもの。
だが俺とルディアスにはこの月に一度以外の交流はなかったのである。
最悪の出会い方をした俺たちだが、もしも交流を続けていればもう少し仲良くなったのかもしれない。
でもルディアスにそのつもりはなかったようだ。
まだルディアスに期待していたころはその事実に失望したものだが、それもすぐになくなり、交流が月に一度だけであることを感謝するようになった。
無駄な時間は少なければ少ないほどありがたいからな。
今回の茶会は文字通り形式だけのものになるはずだ。
ルディアスには「レオリースを選んでいい」と告げてあるし、いつものようにレオリースも参加するのだから、二人で親交を深めてもらえばいい。
俺はこれまでと違う。「婚約破棄が整うまでのお飾りとして」茶会に参加するだけだ。
そう思っていたのだが、
その日、現れたルディアスは、なぜかいきなり俺の手を取った。
「ミルリース、今回は体調が良いようで何よりだ」
皮肉なことだ。こうなって初めて体調を気遣われるようなことを言われるとは。
「学校でも家でももう私を煩わせることがありませんので。ようやく心の安寧を得たおかげです」
暗に「家族やお前を切り捨てたおかげだな」と伝え、にこり、と形だけの笑みを浮かべてやる。
「そ、そうか。それは…よかった」
そうこうするうちにルディアスの来訪を聞いたレオリースが駆け来た。
「お久しぶりです、ルディ!先月はお会いできなくて寂しかったですぅ!」
当たり前のようにルディアスに飛びつき、腕を絡めるレオリース。礼儀も何もあったものではないが、ルディアスもそれを許している。
俺にとってはいつもの光景だ。
だが、今日はこれまでとは違っていた。
なんとあのルディアスがレオリースの腕を振り払ったのだ。
「レオリース、私の婚約者はミルリースだ。婚約者でもない相手にそのような態度はどうかと思う。
ミルリースと婚姻すれば兄弟となるのだからと許してきたが、それが一部でいらぬ誤解を生んでしまっているようだ。
今後は誤解を生むような行動はやめてくれ。君ももう子供でないのだ。わきまえろ」
驚きすぎて何度も瞬きしてしまった。
言っている内容は非常に正しいのだが……正直な気持ちは「いまさら?」だ。
レオリースもそう思ったようで、手を離すどころか余計にしがみついた。
「ひどーい!どうして急にそんなことを言うんですか?!
だって10年も一緒だったんですよ?なんで今さら?」
上目遣いで目に涙を浮かべて見せる。相変わらずあざとい仕草がよく似合う。
と、その矛先がなぜか俺に向けられた。
「まさか、お兄様がなにか言ったんですか?
ミルリースお兄様!僕にヤキモチを妬くのは勝手ですけど、僕たちの関係を邪推して余計なことを言わないでもらえますか?」
などと叫び、ギッと俺を睨みつけてきたのである。
ああ、もう。
俺は大きくため息をついた。
「殿下の仰ることは正しい。
だが、レオリースの言っていることに俺も完全に同意する。
殿下、なぜ10年もたった今、そんなことを言い出されるのですか?
もうとうの昔に誤解を解く期間は過ぎております。『いまさら』なのでは?」
「だから気にしなくてもいい」と言ったつもりなのだが、ルディアスは再度レオリースの腕を無理やり引き剥がした。
そしてはっきりとした口調でこう口にしたのである。
「確かにいまさらかもしれない。だが…それでも、間違いを間違いのままで済ませるよりはいいだろう。そう思ったのだ」
いまさらではあるが、でも「間違いを間違いのまますませるよりいい」というその言葉は、存外すとんと俺の内に落ちた。
どうやら……ルディアスもどこか変わりつつあるのかもしれない。
まあそれももう俺には関係ないことなのだが。
そこに公爵と夫人が登場した。
「遅れてしまって申し訳ございません。ルディアス殿下、ようこそお越しくださいました」
俺にチラリと視線を向けると、小さな声で「余計なことは言うなよ」と脅してくる。
ああ。相変わらずだな。
「余計なことは言うな、とはどんなことでしょうか?
婚約を破棄したいということでしたら、もう殿下にはすでに学校でお話させて頂いておりますが?」
わざと口にすれば、公爵がクワッと眉を上げた。
「な、何を馬鹿なことを!
ルディアス殿下、息子がおかしなことを言ったようですがお気になさらず。
婚約破棄などあり得ません。弟のレオリースも殿下に懐いておりますし、我々公爵家では殿下をお迎えする日を楽しみにしておるのですから!」
「そ、そうですわ!王命でもありますし、いまさら破棄などと馬鹿なことを……!ミルリースは私が厳しく叱っておきますので!」
こいつら、殿下の腕にしがみついているもう一人の息子が見えていないのか?
引き剥がしても引き剥がしてもしがみつく、まるで寄生虫のようなレオリースの姿が。
これを「懐いている」と?
俺は我慢できずに笑ってしまった。
「ふ、ふふふ。あははははは!
おかしなことを仰るのはあなた方では?あなたたちに目は付いていないのですか?
ご覧なさい、殿下の腕を。私の婚約者にもう一人の息子が自分のものだといわんばかりにしがみついておりますよ?」
言われてレオリースが慌てて手を離した。
もういい。
新居もあるし、商会の見通しも立った。
廃嫡を待たずとも、もう公爵家との関係は終わらせてもいいのでは?
この際だ。ルディアスにはその証人になってもらおう。
第三王子の証言があれば……
俺は覚悟を決めた。
「ねえ、レオリースでいいではありませんか。
私には、殿下とレオリースのほうがよほど婚約者のように見えますよ?
公爵もそう思われませんか?」
公爵、公爵夫人、逆にお伺いいたします。私が婚約者だというのならば、兄の目の前でその婚約者の腕にしがみつく弟はなんなのです?それを止めない親はどうなのですか?
世間ではね、殿下とレオリースは愛し合っていて、私はその愛を阻む悪役という扱いなのですよ?
ご存じですよね?レオリースがそう言って回っていることを。レオリースの学年では当たり前のように語られております。それについてはどうお考えで?それを放置されておきながら私が婚約者だと?
常識的に考えておかしいのは私でしょうか?兄の婚約者に手を出すレオリースでしょうか?」
公爵は怒りのあまり真っ赤になった。
「うるさいっ!弟に向かってそのようなことを!!貴様……っ!!」
ブルブルと震えたと思えばバッと腕を振り上げる。
すかさず俺を庇おうとするシルに目で「待て」と指示し、振り降ろされた公爵の手をあえて受けた。
バシッ!!
公爵の手が頬に当たり、大きな音を立てる。
衝撃で俺の身体はふっ飛び、ぶつかったテーブルごと床に倒れた。
俺の頬はいま真っ赤になっているはずだ。
これは後で青痣になるだろう。
頬と身体中に残るだろう暴力の跡。これは紛れもない「公爵の息子に対する暴力」の証拠だ。
ルディアスという目撃者もいる。
なあ、青ざめている場合じゃないぞルディアス。
「間違ったことなど言っていない兄を」容赦なく殴り倒す公爵。お前はこれを見て何を思った?
暴力をふるわれ床に倒れた息子を、助け起こすこともなく心配するどころか憎々し気ににらみつける夫人を見てどう思う?
頬を腫らした兄を見てニヤニヤと笑みを浮かべるレオリースは?
これが俺の「家族」とされてきた奴らだ。
お前がずっと見なかったもの、気づこうともしなかった事実が見えたか?
この家で俺がどう扱われていたのか、これまでの茶会が俺にとってどういったものであったのか、理解したか?
それでもまだ俺と婚約すると、俺に公爵家のために犠牲になれというのか?




