商会の話
いろいろとあったが、とりあえず最初の衝撃も収まり、オルフェも我を取り戻したようだ。
小さくなって俺の前に座っている。
「いや、申し訳ない。最近忙しくてね……猫を撫でていなかったもんだから……。
猫好きにとって定期的な猫の摂取は死活問題なんだよ……。
そこにものすごく可愛い子猫ちゃんを見ちゃったもんだから……。
ミルくん、前世で猫だったとかないよね?それとも猫に変身できるとか……」
「残念ながらただの人間です。すみません」
「だよねえ……」
ガッカリさせて申し訳ない。
ちなみにシルの腕はずっと俺の腰に回されている。
俺をガードしているらしい。
「で、俺に頼みがあるんだって?どういう話?」
ガラリと空気が変わったのが分かる。
先ほどまでは優しげに緩んでいた目が、今は鋭い英知を湛え煌いている。
シルも俺の腰から手を離し、背筋を正した。
今回はシルの名義を使うので、依頼主はシルということになる。
「俺とミルはMS商会という商会を立ち上げる。そこで扱う商品の輸入をお願いしたい。
オルフェ様のミンティア商会では薬草や薬品、茶などを扱っていらっしゃると聞く。それを見込んでの頼みだ。
実は……ある薬草と薬を仕入れてほしい。それも、一つの国ではなく様々な国から」
オルフェがピクリと眉をあげた。
「それは……変わったご依頼ですねえ。どうして一つの国からではいけないのですか?」
「薬品の元になる薬だからです。買い占めてしまっては、その国で薬品を作る妨げになってしまう。
ですから『その国に必要な分だけを残し、余剰分を買い付けて回って欲しい』というのが依頼となります」
「その薬草とは?」
シルはいくつか必要な薬草名をあげた。
「それと『赤』の治療薬が欲しい。これもできるだけたくさん。同じように各国からいろいろな商会を使って買い付けてほしいんだ」
赤、と聞いてオルフェが息を呑む。
「『赤』は風土病のはずだ。この国で治療薬を扱うメリットがない。まさか……」
「まだこの国には入っていない。が、俺とミルはとある理由から近いうちにこの国に持ち込まれるのでは、と見ている。あれは流行の形態、ウイルスの性質上たまたま他国に持ち出されなかっただけ、というのが俺とミルの見解だ。
だから備えたい。
しかし、薬を大量に輸入すれば目立ちすぎる。俺たちの予測が当たった場合、逆に俺たちが広めたのではと疑われかねない。だから予防策を講じたいんだ」
「そういうことか。
もう一度聞く。まだ入ってきてはいないんだな?また、入ってくると決まっているわけでもない」
「ああ。だが、理由は言えないが、入ってくると俺たちは確証している。そうなってから治療薬を取り寄せても手遅れだ。多くの死人が出るだろう。俺たちはそれを止めたい。
まあ、それともちろん商会として成功もしたい」
「はは、正直だな」
最後の言葉で少しオルフェの方の力が抜けたのが分かった。
大商会を束ねているものとして、「慈善目的」だというよりも「成功が目的」だというほうが信頼できるのだろう。
こういった事情から、いくつか気を付けてほしいことがある。
ひとつめ。目立たぬよう各国から少量ずつ輸入する。薬そのものではなく、その材料も他の薬草と一緒に輸入する。
クスリについては、赤の治療薬に他の似たような病への効能がないか研究したい、という名目で仕入れてほしい。
ふたつめ。ある人物が新たに立ち上げる予定の商会が、その目玉として『新しい薬の開発』を進めている、と広めてほしいんだ」
「実際には赤の治療薬そのものが目的なのだが、新薬開発を隠れ蓑にしろ、ということなのだな。そして『赤』が流行した際に、《《たまたま新薬開発のために赤の治療薬とその材料を持っている》》というわけか」
オルフェがニヤリと笑う。
「話が早いな。さすが影の商会長」
「知っていたのか?」
「まあな。実質今の商会を取り仕切っているのはアンタだろ?商品のラインナップが伯爵とは違う」
「よく調べたな」
「アルから聞いた」
「ああ。兄さんか。ならしょうがない。受けるよ」
「いいのか、そんなあっさりと!」
思わず声が出てしまった。
ついでに聞いてしまおう。
「もっと報酬だとか、リスクだとか話し合わなくていいのか?」
アルの家族に後から後悔させたくない。
俺の言葉にオルフェが目を丸くし、それからくすくすと笑った。
「断られたいのか?」
「いや、引き受けて欲しい」
「ならいいじゃないか。……あのな、アルが悪い話を持ってくるはずないだろう?」
そうか、アルへの信頼のおかげか。
「あと……自分たちの依頼なのに、大商会を束ねる俺を心配して『もっと話し合ってから決めろ』っていうようなやつだぞ?引き受けなきゃ男が廃る」
シルが感動したように言った。
「オルフェ……変な奴かと思ったが、さすがアルの弟だな」
俺は礼のつもりで黙って頭を差し出した。
もう少し撫でてもいいぞ。許可しよう。




