レオリースとの決別
思いのほか風呂を堪能してしまったので、時間はギリギリだ。
食事を大急ぎですませ、着替えをして朝の支度は完了。
「行くぞ。忘れ物はないか?」
「ああ。鞄を頼む。こっちは俺が持つから大丈夫だ」
シルに鞄を渡し、あの包みだけは俺がしっかりと抱える。
「それはなんだ」と聞かれたので「授業でちょっとな」とだけ言っておいた。
これ以上詮索は無用、とほほ笑んでおく。
少しわざとらしかったかな?大丈夫だろうか?
部屋を出たところでばったりと思わぬ人物に会った。
レオリースだ。
どうやら階段の前で俺を待ち構えていたようだ。
「お兄様、おはようございます」
「ああ。おはよう。何か用か?」
「用がなければ話しかけてはいけませんか?兄弟なのに………」
いかにも傷ついたと言わんばかりに顔を曇らせる弟。
ここで「そんなことはない」と言っても「じゃあなぜ僕を避けるの?」だの「お兄様は僕が嫌いなんだ」だの大声でまた悲劇のヒロイン劇場が始まるのだろう。
するとそこに公爵だの使用人だのが集まり「弟に対してどうしてそんな態度を取るのだ!見下げた奴め!」だの「お可哀そうなレオリース様」が始まるわけだ。
鬱陶しいことこの上ない。
昔はそのたびに必死で弁明したり傷ついたりしていたが、今の俺はそんなことをしても無駄だと分かっている。
何をしても結果は同じなのだ。
ならば芝居が終わるのを黙って待つ方が早い。
正直に言えばもう話しかけないで欲しい。
「家族の楽しい団欒」を避けてやったのにこうやってわざわざ絡みに来るのだから、意味が分からない。
悪役を押し付けられるのにはうんざりだ。
だからレオリースの言葉をそのまま肯定してやった。
「ああ。そうだな。用がなければ話しかけないでくれ」
ニコリと外向きの笑みを浮かべて同意すれば、レオリースが驚いたように顔をあげた。
悲しみの演技はもういいのか?
「何を驚いている?
もう十分だろう?自分を良く見せるために俺を利用するな。
この家も公爵もその妻も俺には必要ない。全てお前にくれてやるから、お前の好きにするといい。
ああ、忘れていた。殿下も追加で頼む。
俺を貶めてまで欲しがったものだ、責任を持て。
『公爵家当主にふさわしい行動を』『常にトップで当たり前』『感情や笑顔を見せるな』『表情を見せるな』『余暇など不要、勉強しろ』それが公爵が嫡男にお望みになるものだ。頑張れよ、レオリース。
これからは俺は俺で勝手にやらせてもらう」
「え?あ、あの、お兄様?は?」
「俺のことはお兄様と呼ばなくていい。今後はミルリースと呼べ。
俺もお前を弟だと思うのはやめにする。いいな?
では、これで失礼させてもらう。時間が惜しい。
行くぞ、シル」
ぽかんとするレオリースの横を俺は振り返りもせず通り過ぎた。
「はい、ミルリース様。
では、失礼いたしますね、レオリース様」
シルが慇懃無礼に頭を下げてニヤリと笑う。
お前、その顔やめろ!気持ちは分かる。
馬車に乗り込み、ほっと息をつく。
朝から嫌な顔を見てしまった。
不機嫌な俺とは反対に、シルは非常にご機嫌。満面の笑みを浮かべている。
「おい、シル。何が面白い」
「いやあ、あのレオの顔見たか?
ガーンってさあ!アッハッハッハ!すんげえ間抜けずら!
お前に反撃されるなんて思ってもないのな!
ミル、最高だったぞ!」
「ふん!俺だって言うときには言うぞ?」
「ああ。それは知ってる」
「これまでは『公爵家』のために我慢していたまでだ。
可愛がってくださった祖父母への恩があるからな。
だがもう彼らも他界して数年たつのだ、十分義理は果たしたさ。
叔父も……まあ、嫁ぎ先の隣国でうまくやっているようだから問題ない」
「ミルを縛るものはもうないってことか」
「ああ。
俺が付き合いを続けていきたいのは、叔父くらいだな。
叔父といえば『公爵家に愛想が尽きたらこっちへこい』と言っていたな。
一度むこうに顔を出しておくのもいいかもしれない」
「えええ?この国を出るのか?」
気の早いシルに呆れた視線を向ける。
いくらなんでも……。
「せっかく友達ができたのに、出るわけないだろ。繋ぎをつけておくだけだ。
これまでは行きたいと言っても行かせて貰えなかったからな。
長期休みは隣国で過ごすこととしよう。ここにいるよりはマシだろう?」
学校がある間は公爵家には寝に帰るだけだが、長期休みはそうもいかない。
下手に奴らに絡まれでもしたらうざいからな。
俺の新しい邸が整うまで、せいぜい利用させてもらうことにしよう。
隣国の叔父は、祖父と俺にとても良く似ている。
銀髪に紫の瞳という外見もそうだが、なによりその中身がそっくりなのだ。
俺が言うのもなんだが、祖父は非常に優秀な人で、祖父の代でこの公爵家は一気に富んだ。
領地経営の手腕、新事業への目利き。その判断は適切かつ迅速なものだった。
この公爵家の悲劇は、叔父が長男ではなく次男だったことだろう。
そのせいで凡庸な長男であった公爵は、周囲から「残念な長男」と言われ出来のいい次男と比べられ続けた。
そこで一念発起、とならないところが公爵である。
彼はひたすら自分磨ぎではなく弟を恨み妬み貶めることに力を注いだ。
叔父は政略結婚でさっさと他国に嫁がされた。
公爵の誤算は、優秀な叔父が嫁ぎ先で冷遇されるどころか能力をいかんなく発揮し、愛されたこと。
公爵は余計に拗らせ、そのけっか叔父に似た俺を冷遇しまくったのだった。
つまり、俺のこれまでの不遇の一端は叔父の責任でもある。
正確には叔父も被害者ではあるのだが、まあ長期休暇の旅に世話になるくらいの面倒はかけてやってもいいと思う。
「それはいい!
あそこは酪農が盛んだ、美味いもんがたくさんあるぞ?
クリームも新鮮だしな」
シルも乗り気のようだ。
そうか!酪農ということは、新鮮な乳製品が……
「ぜひ行こう!」




