シルと風呂
どうしてシルと風呂に入ろうと思い立ったのか。それは俺もシルに何かしてやりたいと思ったからだ。
シルはずっと俺の傍にいて俺を支えてくれる。精神的な意味でも、世話をするという意味でも。
シルが居なかったら俺はもっと早く感情を失い、俺であることを捨ててしまっていただろう。
俺を守ってくれたのは、シルだ。
だが、今の俺がシルにしてやれることは何もない。
久しぶりにシルに風呂に入れて貰ったら、とても気持ちが良かった。
宝物のように大切に優しく世話をされるというのは、何よりも心を満たしてくれる。
これならば俺でも、と思ったのだ。
俺もシルに伝えたい。シルが大切なのだと。
そして俺の感じた多幸感をシルにも味わってほしいと思った。
そういうわけでシルを風呂に誘ったのだが、シルは全く動こうとしない。
「シル、今度は俺がシルを洗ってやるぞ?
シルがしてくれるように優しく洗うから大丈夫だ。
人を洗うのは初めてだが、きっとうまくやれる。安心してほしい」
言いながらシルの服に手をかける。
シルのほうが大きいので、上のボタンを開けるのが少しやり難い。
うーん、と苦闘していると。
「う、うわあああああっ!!」
物凄い悲鳴を上げてシルが飛び上がった。
文字通りピョーンと飛んで、2メートルくらい俺から離れてしまう。
俺もびっくりして思わず尻もちをついた。
湯舟があったおかげでちょうど湯舟に腰かける形になり転ばずに済んだ。良かった。
まだ心臓が早鐘を打っている。
「シル!びっくりするじゃないか!」
頬を膨らませて抗議すれば、シルはまるでご令嬢のようにしっかりと胸元を両手でつかんで真っ赤になっていた。
なんだそれは。
痴漢でもされたかのような反応じゃないか。失礼な!
「シル、こっちに来てくれ。そんなところじゃ脱がせられない。
あと、その手をどけろ。
ご令嬢じゃないんだぞ?いまさら恥ずかしがるな」
「いやいやいやいや!ミル?ミルさん?!何をしようとしてるのかなあ?!」
「だから、シルを風呂に入れて洗ってやろうと……」
「結構です!俺がミルを洗うのはいいが、ミルが俺を洗うのはダメ!特に今は絶対にダメ!!
どうしてもというのなら髪だけ!髪だけお願いします!!
俺にだって事情ってもんがあるんだよ!
ミルは俺の理性に感謝すべきだ!」
「どうしてシルはよくて俺はダメなんだよ!ズルいじゃないか!」
「俺の方がおかしいみたいな言い方はやめてくれるか⁈
俺は侍従で側近だからな?俺がやるのは当たり前なの!」
断固として拒否をされ、少し悲しくなってしまう。
せっかくシルにしてやれることが見つかったと思ったのに。
ならば俺はシルに何をしてやったらいいんだ?
「………俺だってシルになにかしてやりたい………」
しょんぼりと呟けば、シルが慌てたように俺に走り寄ってきた。
「いや、あの……ミルが居てくれただけで俺は幸せなんだぞ?
俺はたった10歳で俺の唯一を見つけたんだ。
俺がずっと支えてやりたいと思える人を。共にありたいと思える人を。
それがどんなに幸せなことか分かるか?」
「………俺のほうがシルに助けられてきた。シルがいたから今の俺があるんだ。
シルがしてくれるように、俺もシルが大切だと示したい。
シルにそう感じて欲しい」
とたん、ぎゅううう!と抱きしめられる。
「こ、こら!まだ服を着たままだろ?
濡れるぞ!」
「知らん!無理!
俺は今すんごくミルに幸せを貰った!
ミルはさ、行動でも口でも、ことあるごとに『シルが大切だ』って俺に伝えてくれてるぞ?
これまでの俺ほど幸せな侍従っていないと思うぜ?」
もういいや、とシルが開き直る。
服を着たままジャバリと風呂に入ってきた。
「どうせ濡れたんだし、このまま一緒に入ろうぜ。
洗うのは……まあ、おいおい?状況が変わったら?」
「シルって『おいおい』が好きだよなあ」
「ふふふ。そりゃまあ、な?長期戦でいくつもりですし?
成果は上々だからな」
「そうなのか?シルがいいのならいいが」
「ほら、冷えるだろ。湯につかれよ」
シルの足の間に座らされ、その腹にもたれかかるようにされる。
湯を含んだ服のゴワゴワとした感触が面白い。
「その服はもう駄目だな。気に入ってたのに」
「ははは!名誉の引退ってやつだ。その価値はある」
シルは嬉しそうに笑って俺をぎゅうっとした。
「さすがに裸じゃ俺の方がマズイ。これなら存分にミルを堪能できるしな?」
「ん。存分に堪能してくれ。シルがいいならそれでいい。
シル、嬉しいか?」
「ああ、最高だな!」
結局ゆだるまで風呂を堪能し、出た時にはぐったりとしてしまっていた。
でも気分は上々。
俺もシルもご機嫌モードだ。
「ほら、レモン水だ。水分補給しておけよ?」
「ありがとう」
喉を通る水が心地いい。思ったよりも喉が渇いていたようで、一気に飲み干してしまった。
「ははは!もう一杯いるか?」
「うん。シルも飲んでおけよ?」
二人でピッチャーひとつ分を飲み干してしまう。
「じゃあ、オレンジジュースでも持ってきてやるよ」
シルが出て行ったのを見計らい、俺はこっそりシルがごみ箱に突っ込んでいたシルの服を引っ張り出した。
水分をたっぷりと含んだ服は、結構な重さだ。
それを慎重に風呂場に運び、リネンでできるだけ水分を吸い取った。
あとはこのまま学校に持っていきこっそりと紐にでもつるしておけば乾くだろう。
シルにバレぬよう急いで油紙にくるみ、手荷物のようにみせかけて鞄と共においておく。
なにかと聞かれたら、授業で必要なものだと言っておけばいい。
俺はこの服をどうしても捨てたくなかった。
なんというか……楽しかった想い出のようなものが欲しかったのだ。
こんな子供っぽいことをしたのは初めてだ。
絶対にシルに見つからないようにしないとな。




