執事アルバートとの対決
ドアを閉めたとたん、シルが俺を抱きしめた。
「ミル!よくやったな!カッコよかったぞ!」
まだ、心臓がバクバクしている。
俺は初めて父に逆らい、父に言い返してやったのだ。
これまでは頑なに「父が絶対」だと信じていた。
どんなに不満があろうとも、どんな扱いをされようとも「いつか理解してもらえるはず」だと耐えてきた。
前世の記憶を取り戻し、どのみち俺の努力は無駄になるのだと知った。
努力して努力して全てを奪われ失うのならば、そんなものこちらから捨ててしまえばいい。そう思った。
とはいえ、この一五年身体に染み付いた呪いはなかなか消えない。
そのうちの一つが「父に逆らうな」というもの。
強がって平静を装いはしたが、その実心臓は激しい鼓動を刻み、緊張で指の先まで冷え切っている。
シルが俺のいまだに震える手をそっと握ってくれた。
伝わるシルの体温に、徐々に指先が温度を取り戻す。
ああ……温かいな。
「シル。俺は……カッコよかったか?」
「ああ。カッコよかった!」
コンコン。
ドアがノックされた。
「失礼いたします。アルバートでございます」
仕方なくかちゃりとドアを開ける。
「なんの用だ。私は疲れている。手短に話せ」
「では。ミルリース様、御父上にあのようなお言葉、無礼ではありませんか?
レオリース様を妬むのは勝手ですが、長男であるというご自分のお立場をお考えになってはいかがでしょうか?
後ほどご主人様の元に謝罪に行かれますように……」
一方的に喋り出したアルバートを、片手を突き出して静止する。
「お前は誰だ?」
「は?」
「聞こえなかったか?お前は誰だと言っているのだ」
「何を馬鹿なことを。執事のアルバートでございますが?」
「では俺は誰だ?」
「……公爵家のご嫡男、ミルリース様でいらっしゃいます」
こ馬鹿にしたように鼻を鳴らす執事。
「お前は公爵家の嫡男より偉いのか?」
「⁈」
「答えろ。お前は俺よりも偉いのかと聞いている」
「…………いえ」
認めるのが悔しいのだろう。身体の横で握られた拳が震えている。
「わきまえるのはどちらだ?
俺はあくまでの公爵家の者。お前はただの使用人にすぎん。
仮に俺がルディアスと婚姻を結びルディアスが当主となろうと、実権を握るのはこの俺。
そうなれば、困るのは誰だろうな?
言っておくが、俺は容赦しないぞ?全てほ執事の本文を忘れたお前の責任なのだからな。
自己保身しか能のない父がお前を庇うとでも?」
ゆっくりと執事の前に歩を進める。
気圧されたように執事が数歩後退った。
「さあ、もう一度聞こう。
わきまえるのはどちらだ?お前が従うべきは誰だ?」
ガバリ!
床に土下座するアルバート。
彼は床に額を擦り付けるようにして必死で許しを請いだした。
「ミ、ミルリース様でございます……!!これまでのご無礼を、どうか……どうかお許しください」
俺はそんな執事を冷たい目で睥睨した。
「ふ。無様なものだな。己が正しいと思っていたのなら貫けばよいものを。
しょせん、その程度ということか。
いいか?今から話すことをよくその頭に叩き込め。
俺は公爵家を継ぐのを拒否するつもりだ。お前にもその方が都合がよかろう?
ならば俺のすることに口出しをするな。
父に告げ口なども不要。
俺は公爵家から出る。邪魔だてするならば容赦はしない。
以後俺に仇なす行為は許さぬ。
簡単だろう?理解できたか?」
「は、はい!」
「ならば去れ。二度目は無い」
「し、失礼いたしましたっ!!」
逃げるようにして去って行く執事。
高圧的に俺を責めるだけの父を、ねちねちと俺に嫌味を言ってきた執事を撃退してやったというのに。
一時的な達成感が消えた今、俺の胸の中に満ちるのは途方もない寂寥感。
幼い頃、父と彼は途方もなく恐ろしく見えた。その刷り込みにより、俺はずっと彼らを恐れ、彼らに認められなければならないと思い込んでいたのだ。
「……こんなものか。
なあ、シル。俺はいままで何を怖がっていたんだろうな?」
寂しい?
いや、違う。俺は……むなしいんだ。
この家にとっての俺は何だったのだろう?
この15年は……
シルがそっと俺の背を抱いた。
「親に、家族に愛されたいと願うのは当然のことだ。愛されようと努力して何が悪い。
ミルは頑張った。もういい。
ミルには俺がいる。これからはアルもいる。俺たちがミルの家族だ、いいだろ?」
そう。俺は愛されたかった。
あんな家族でも、いつかはという期待を捨てきれなかった。
それが無駄だと認めるのが怖かったのだ。
シルの胸の顔を埋め、ぼろぼろと溢れた涙を隠す。
「シル……シル……………お前が居てくれてよかった」
「ああ。俺もそう思う。十年前お前に出会えてよかった。
おかげでこんな時にミルの傍にいてやれる。
ミル、ミル。俺がいるから。俺がずっとそばにいるから」
神がいるのならば、きっとシルは神が与えてくれたんだ。
ひとりぼっちの俺への贈り物。
家族を捨て家を出る、その勇気は、力は、シルが俺に与えてくれたものだ。
シルがいるから俺は強くなれる。
「ありがとうな、シル」




