公爵家との最初の対決
色々していたら少し帰りが遅くなってしまった。
さすがに疲れたがいい気分だ。
「ふふふ。楽しかった!
しかし遅くなってしまったな。早く風呂に入らねば。明日も学校だ」
「だな。
今日は風呂に入ったらすぐに寝ろよ?
間違っても勉強しようとするなよ?」
シルはまるで母親みたいだ。
「ああ。もう家族に忖度する必要はない。自分の時間は自由に使うことにする」
静まりかえった玄関に入れば、なぜか不機嫌な表情で執事が待ち構えていた。彼は俺に気づくと慌てたように奥に消えていく。
「なんだ?」
するとすぐにホールの階段の上に父が姿を見せた。
ああ、俺が戻ったら知らせろと言ってあったのか。
不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、腕を組んだ威圧的な態度。階段から降りようともせず上から俺を見下ろし、父は怒鳴った。
「このように遅くまで何をしていた?
殿下とご一緒ならまだしも……。殿下の婚約者であるということを忘れてはいないか?第三王子の婚約者が陽が落ちてからふらふらとひとりで出歩くなど……醜聞の種になりかねん!慎みを持った行動をしろ!
ただでさえお前は可愛げがないのだから、誤解を生むようなことをするな。大人しく私に言われたようにしていればいいのだ」
顔を合わせた早々お説教か。一方的に俺を詰り、あれをするなこれをするなと制限を課すだけの人。
父は初めて夕食をすっぽかして遅くに戻った息子に何も聞かない。気にするのはやはり立場と体裁ばかり。俺はほんの少しの心を向ける価値すらないのだ。
ああ、やはり俺は父にとっては息子ではなく「自分を脅かす敵」でしかないのだと、改めて目が覚めたような気がした。
鋭い痛みが胸をよぎる。
僅かばかりの親への期待、希望、愛。その全てが消えるのが分かった。
「明日からはすぐに帰れ。お前にはしなければならないことがあるだろう?
わかったな⁈ 私に余計な手間をかけさせるな!」
こう言い捨て、俺が黙って従うのが当然だとでもいうように背を向け立ち去ろうとする父。
これまでの俺なら争いを避けるため黙って叱責を受け謝罪しただろう。
だが、これからの俺は違う。
俺はワザと大きくため息をつき、父の背に語りかけた。
「それはそれはご心配をおかけいたしました。学友と交流しておりました。
学園は人脈を広げる交流の場でもあるのですよね?
まさか、私に友人を持つなとでもおっしゃるのか?
ああ、お得意の『後継にふさわしい行動を』ですか?
以前から感じておりましたが、公爵のおっしゃる『後継にふさわしい行動』と、私の思う『後継にふさわしい行動』とは違うようです。
ご不満なようでしたら、喜んで後継をレオリースに譲りますよ?」
俺が言い返すと思っていなかったのか、ピタリと脚を止め振り返った父の顔には怒りが浮かんでいた。
「父に向って『公爵』呼ばわりか?私を馬鹿にしているのか?
後継をレオリースに、だと?心にもないことを!僻み根性は見苦しいぞ!
後継はお前にきまっているだろう!長男としての務めを放棄するつもりか!」
「私と公爵が父と息子であったことがございましたでしょうか?
僻みではありません。何故なら、この公爵家を継ぎたいと思ったことなどただの一度もないからです。継がなければならないのだと信じ込み、やむなく従っていただけのこと。
この際だから申し上げておきます。
くだらない慣例により『長男だから当主になる』というのは間違いだ。《《私はそれをよく存じあげております。》》
長男だから当主がふさわしいとは限らない。《《人にはそれぞれ器というものがある》》のですから、ね?
ふさわしくないものが当主の座に座れば、後の禍根を招きます」
暗に「お前のことだ」と匂わせてやれば、分かりやすく父の顔が歪んだ。
「貴様…!!」
「なんと無礼な!」と執事が動きかけるのをすかさずシルが「ご子息に対して無礼だぞ!」と止める。ありがとうシル。
握った拳をぶるぶる震わせ怒りに顔をドス黒く染める父。
俺はそんな彼に慇懃無礼な口調で「心外だ」と眉を上げて見せた。
「おや。私自身について申し上げたのですが、なにか誤解を与えてしまいましたか?
他におこころあたりでも?」
申し訳なさそうに父の言うところの「貴族らしい笑み」を浮かべれば、わかりやすく父が激昂した。
「なっ…!」
父が言葉を発する前に、上から畳み掛けるようにして気勢をそぐ。
「公爵お気に入りのレオリースならば、さぞ後継にふさわしい行動をとることでしょう。
どれほど努力しようと成果をあげようとら私はこの家の厄介者。
この家にはレオリースこそがふさわしい。
使用人たちもそう思えばこそ、後継とされる私ではなくレオリースの方をまるで唯一のように丁寧に扱っているのでしょう。
なあ、アルバート?」
チラリと執事に視線を送ると、執事はまるで敵でも見るかのように俺を睨みつけていた。俺は、怒りのあまり言葉を失い口を開けては閉じる父ににっこりと微笑みかける。
「私はかまいませんよ?
遠慮なさらず、後継はレオリースに。不肖の長男などお捨て置き下さい。
そのうち家を出ますのでご安心を。それまでのご辛抱ですよ?
では、もう遅いので私はこれで」
言い終わると片足をひき優雅に一礼。
どうです?
非の打ちどころのない礼でしょう?
怒りのあまり言葉を失った父をその場に残し、俺とシルは悠然と部屋に戻ったのだった。




