新しい朝
「ん! うまいな、これ」
バクバクとフォークを口に運ぶ俺に、シルが目を丸くした。
「すごい食欲だな。いつもこれくらい食ってくれたら安心なのに」
「いや、いつもクソに囲まれた中で飯食ってきたからな。あんなのでは味もしない。今日は久しぶりによく眠れたし、シルと食う飯だからうまいんだ」
「ふは!そっか。
……どんな心境の変化かはわからんが、お前が元気ならいいさ」
目を細め柔らかく笑うシル。
これまでずっと心配かけっぱなしだったからな。もっと食べろだの早く寝ろだの、まるで親みたいなことを言ってくれたのは、シルだけだった。
「ありがとう、シル」
「ふは! どういたしまして、ご主人さま」
だけど、この決断で俺はシルを失うかもしれない。しかしこれを言わないのはフェアじゃない。
俺は必死に内心の不安を押し殺し、なんでもないようなふりでシルに告げた。
「あのな、シル。俺はこれから投資して資金を貯め、その資金をもとに事業を立ち上げようと思う。投資のための元金には、これまで貯めた俺の個人資産と宝石類を売ったものを当てるつもりだ。理由は言えないが、投資については勝算がある」
朝から急に始まった「俺の事業計画」に目をパチクリさせるシル。
「あ、ああ…。それは…まあ、いいんじゃないか? 」
悪くない反応に少し安心し、紅茶をごくりとひと口飲んでカラカラの喉を潤す。問題はここからだ。
「それで……卒業前に俺は家を出て平民になるつもりだ。つまり、俺に仕えるのはこの家ではいわば外れクジになる。
それでも……公爵家から出ることになる俺でもシルは仕えてくれるか? 嫌なら担当を外れてくれてかまわない」
一息に伝え、恐る恐るシルを見た。
はたしてシルは……怒りの表情を浮かべていた。
そうか。それは怒るよな。今まで仕えてきたものを全て無にされてしまうのだから。
俺は公爵家の、しかも嫡男だ。家族からいくら「可愛げがない」と言われていようと、それは変わらない。それだけを支えに必死で耐えて努力し続けてきたのだ。
なのに、俺は自らそれを放棄しようとしている。その上、約束された未来を捨てて選ぶのが「平民の地位」。当たるかもわからぬ事業のために全てを捨てようというのだ。
シルに呆れられ見捨てられても仕方がない。
「勝手にごめん。だけど、理由は言えないが、このままでは俺にはろくな未来がないんだ。
シルのことは父上か、ダメなら他国にはなるが叔父上に頼んでおくから、安心して欲しい。叔父上は俺を評価してくれている。だから悪いようにはしないと思う」
「あなたは! 」
話している途中で、怒りを含んだ声に遮られた。
シルが俺の言葉を遮るのは初めてだ。それだけ怒っているのだろう。
「あなたは…私をなんだと思っているんですか? 」
また敬語に戻ってしまった。一度フランクに話したからか、元に戻っただけなのに途方もなく寂しく感じる。
「俺は……今まで言ったことはなかったが、シルだけは信頼できると、シルだけは俺の家族だと思っている」
せめて本心だけは伝えておこう、そう思って必死に紡いだ言葉。
「ならばなぜ、俺が離れると思う? 嫌なら担当を外れろなどという戯言を言うんだ? 家族なんじゃないのか? 家族ってそんなものなのか? 」
少しだけ緩んだ口調にハッとする。
ポロリ。
知らずに溢れる涙。
それを見たシルの表情が少しだけ柔らかくなった。
「……『お前の実の家族』と俺は違う。俺はお前の侍従になったときに誓った。俺だけはどんな時もこの主の味方であろうと。だから、俺を手放すな。そばに置け。信じろ。俺はお前を裏切らない。だから、本音を言え」
本音を言ってもいいのか?
お前を困らせても、無理を言ってもいいのか?
思わずシルに駆け寄りその腕を掴む。
「俺にはシルが必要だ。勝手なようだが、ついてきて欲しいと思っている。成功する保証はない。それでも……俺を信じて欲しい。
俺のそばにいろ。俺を支えろ。どんな時も俺から離れるな。……たとえ堕ちようとも最後まで見届けろ」
ふは、とシリウスが笑った。嬉しそうに。
「最初からそう言えばいいんだよ! 俺はもとよりそのつもりだ。天国だろうと地獄だろうと俺を連れて行け。俺はお前の侍従だぞ? 俺の忠誠心、舐めんな」
そのまま俺の頭に手を伸ばし、気安い仲のようにクシャクシャと俺の髪をかき混ぜるシル。
「よ、よせ! 髪が乱れる! 」
「また梳かしてやるからいいだろ? ようやく甘えてくれたんだ。浸らせろよ」
「俺は……お前に甘えたのか? 」
「ははは! 分かりにくいけどな。これでお前を甘やかしてやれる。何しても離れなくていい許可を得たからな! 俺も好きにさせてもらうぞ? 」
言うや否や、グイッとその胸に引き寄せられた。
固くて温かくて……ずっとこうしていたくなる。
恐る恐るそっと頬をもたれさせてみた。
父の抱擁とはこんな感じなのだろうか。
……悪くない。
「……それでいい。俺を好きにしろ」
すると何故かシリウスの喉がグゥッと鳴った。
「ミル……それ、誤解されても文句は言えないからな⁉ 俺以外には言うなよ? 」
「あ、ああ。わかった」
「絶対にわかってねえ! 」
「? そもそもお前しか俺の側には居ないんだし、問題ないだろ? 」
安心したからか、なんだか力が抜けてしまった。
「あーあ。入学式なんぞ行きたくない」
「はは! ……じゃあ、サボるか? 」
「はあ⁉ そんなわけに……いや、いいのか? 俺はどうせ悪役なんだ、今更だな。
よし、休もう! 別にもう首席を維持する必要もないしな」
「よし! ミルにしては上出来だ」
「サボるのを薦める侍従がいるか? 」
「ん? なんだ? ご不満でしょうか、ご主人様? 」
「いや、最高だな! 」
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