楽しい学校
その日はなんだかフワフワしたような気分だった。
中等部では、俺は三人がけの席にずっと一人で座っていた。
誰も横に座りたがらなかったからだ。
下手に俺やルディアス殿下の不興を買いたくなかったのだろう。触らぬ神に祟りなし、という状態だったのだ。
しかし、今日は違う。
左にはクラウスがいて、目が合えば笑ってくれる。
右にはジークがいて「ここはこうも出来そうだよね?」と当たり前のように話しかけてくれる。
後ろの席にはミルフェとランジェが。
楽しそうにクスクスと笑い、俺の背中をつついてきた。
「ミルリース様、ミルフェったら、可笑しいんですのよ?聞いてくださる?」
「あら!ランジェったら失礼ね!ミルリース様なら私の気持ちを分かってくれるでしょう?」
当たり前の友人どうしのような会話。
これまでの俺には夢でしかなかったものだ。
暖かな輪の中に自分がいることが信じられない。
夢ではないだろうか?
今日のことをなるべくたくさん覚えておいて、帰ったらシルに話してやろう。
俺にも友人ができた、こんな話をしたんだ、と。
シルは心配症だからな。きっとやきもきしながら俺の帰りを待っている。
「ミルリース様、何をお考えでしたの?
とてもお優しいお顔をされていましてよ?」
優しい顔?そうだろうか?
「俺の侍従のことを考えていた」
「まあ!昨日のあのお方ですね!
とても素敵な方でしたわ!ミルリース様を大変気遣っていらして。想いあっていらっしゃる様子が大層眼福でしたわあ!」
胸の前で手を組んで目を輝かせるミルフェ。
「シルは私にはもったいないくらい素晴らしい侍従なんだ。自慢の家族だ」
「うふふふ。ミルリース様はシル様が大好きなのね?」
ランジェが口元を緩めた。
「ああ。…そうだな」
とたん、周囲が静まり返った。
「?どうしたんだ?何かあったのか?」
クラウスに問えば、クラウスの顔が真っ赤になっている。
「クラウス⁈何があった?大丈夫か?
いや、こんなことが朝にもあったな。持病かなにかなのか?
ジーク、保険室に連れて行った方がよいのだろうか?」
振り返れば、ジークも赤い。
「ジーク⁈ジークもか?どうした?
教室の温度が高いのか?」
どうしよう。クラウスだけならまだしも、二人ともなると俺一人では担ぐこともできない。
こんな時はどうしたらよいのだ?
「慌てないで?」
落ち着いた声に顔をあげれば、イージス様だった。
「イージス様!友人が病のようなのです!
医務室に運んだ方がよいのでしょうか?」
こんなことは初めてでどうしていいのか分からない。
初めての友人なんだ。俺などと仲良くしてくれる、大切な友人なんだ。
「大丈夫だよ、ミルリース。ほら、もう通常に戻っている」
優しい声に促され二人を見れば、もう顔の赤みは収まっていた。
「よかった!なんだったんだ?心配したぞ!」
そっと目に滲んだ涙をぬぐった。
まだ胸がどきどきしている。なんてふがいない。
「ご、ごめん!驚かせてしまったな、ミル!俺はもう大丈夫だから!」
「僕ももう大丈夫。イージス様、お騒がせ致しました」
クラウスとが慌てたように必死で言い募る。
ジークも申し訳なさそうにイージス様に頭を下げた。
「ふふふ。大丈夫だよ。
君たち……ミルリースをよろしく頼むね?」
ふわりとほほ笑むイージス様に、二人は笑顔で胸を叩いた。
「はい。お任せください!友達ですから!」
「ええ。友人ですので」
ぽんぽん、と俺の頭を二度叩いてイージス様は席に戻っていった。
叩かれた頭も胸もぽかぽかしている。
とたん、固まっていた時間が動き出す。
「……びっくりしましたわ……。
ミルリース様のはにかんだ笑顔があんまりにもお可愛らしくて、我を忘れてしまいました」
ミルフェがため息をつけば、ランジェがうんうんと頷く。
「あれは反則ですわね。
クラウス様もジーク様も至近距離であれを食らえば赤くもなりますわよ」
ねえ、と同意を求められ、思わずしどもどしてしまう。
「そ、そうだったのか?病気ではなかったんだな?」
「あ、ああ。正直、ミルの可愛さにやられた。不意打ちはヤバい」
「そうだね。僕もあれは……無理だった」
可愛いのにヤバいとはどういう意味だろうか。
とりあえず病気ではなかったが、原因は俺だったらしい。
困惑顔の俺に、ジークが苦笑しながら説明してくれた。
「あのね、ミル。これまでは君、みなと距離をおいていただろう?
感情も出さないし、近寄りがたい空気を感じていたんだ。
でも、今日の君は違う。
なぜかは分からないけれど、肩の力が抜けてすごくいい感じだ。
そうなると……別の問題が出てくるんだよね……」
「問題?表情筋がまだ訓練中だからか。そんなにおかしな顔をしているのだろうか?」
気になってそっと頬を引っ張ってみる。
確かにまだまだ固いような気がする。
「逆だよ、逆!ぎこちない笑顔が、すんげえ可愛いの!
攻撃力倍増になってるんだよ。威力抜群!」
何を言っているんだ?
俺の笑顔にそんな威力があるわけないだろう?
「……分かっていませんわよ、これは」
「そうね。これまでのこともありますものね。どうもご自分のお顔の良さを理解されていらっしゃいませんわ」
なにやら眉を寄せてぶつぶつ言っているご令嬢。
ランジェがキッと顔をあげ、ビシっと俺にこう命じた。
「ミルリース様?あそこの彼に向かって微笑んでみてくださいませ!」
「は?え?何を……」
「ほら!とにかくやってみなさい!」
あそこ、と指さされたほうを見ると……あれはエリオット・スターツだ。
イージス様の取り巻きの一人でもあり、ゲームではレオの攻略対象でもある宰相の息子。
彼は俺がイージス様に近づくのを快く思っていない節があり、今も俺を睨んでいる。
が、とにかくやるだけやってみよう。
俺を睨む彼を、じいっと見つめてみる。
するとどうだろう。彼は狼狽えたように目をさまよわせ始めた。
「今よ!笑って!」
ランジェの言葉に励まされるように、勇気を出して笑いかけてみた。
俺には敵意はない。むしろイージス様には感謝しているんだ。
俺はイージス様の敵ではない、だから安心してほしい。
すると、彼はあからさまに挙動不審になり、ついには真っ赤になってうつむいてしまったではないか!
どういうことかと驚いていれば、「ほうらね!」とランジェが自慢気にほほ笑んだ。
「あのね、ミルリース様、ああもう、ミルって呼ぶわね?
ミルの笑顔にはそれだけの力があるの。
これからはあなた、笑っていらっしゃいな!
それだけでみんなあなたが好きになるから!私が保証してあげる。
それでも意地悪を言う人がいるなら、私が相手になるわ。
爵位は低いけれど、実家は大きな商会を持っているの。それなりの力はあるのよ。任せてちょうだい!」
堂々と胸を張る彼女は、まるで戦場の女神のように見えた。
「ふは!勇ましいな?ランジェ、すごくカッコいい」
「あら!それは誉め言葉じゃないわよ?」
頬を膨らませるランジェ。
ミルフェが我が意を得たりと軽やかな笑い声をあげる。
「うふふふふ!でもその通りなの。
私もミルって呼ぶわね?ミル、ランジェってとっても男らしいのよ!」
「ミルフェ!失礼ねっ!こんなに可愛らしいご令嬢をつかまえてなんてことを言うのよ!」
「あはははは!確かにランジェはカッコいい!
うーん、俺も負けてらんないな。
ミル!俺だって強いんだぜ?何しろ辺境で鍛えられてるからな。俺も頼れよ?」
「僕も忘れないで欲しいな?……力は……期待しないで欲しいけど、知識には自信があるよ?」
「ジークの細腕になんてはなから期待してないだろ」
「ちょっとクラウス。言葉をお選びなさいな」
「ふふ……。あははははは!もう、君たち!」
「「「「ミルが大口あけて笑ってる!」」」」
「ふ、ふふふっ…ああ、こんなに笑ったのは初めてだ。お腹が痛い。
あははは!笑うとお腹が痛くなるのだな、初めて知った!」
眼の端の涙をぬぐいながら言えば、ランジェがものすごく優しい表情で言った。
「そうよ。そんなことも知らなかったの?
これからは私たちがいろいろ教えてあげるから!
覚悟しなさい?」




