ルディアス登場1
「ルディアス様!あ、あの……これは……あの、小説のお話で…っ」
「君は誰だ?黙っていろ!
ミルリース、先ほどの発言はなんだ?どういうことだ?!」
こわばった表情でドアの前に立ちつくすルディアス。
俺たちの席はちょうどドアのすぐ近く。
先ほどの会話が聞こえたのだろう。
「殿下。私の友人に乱暴な口を聞くのはやめてください。
どういうこともなにも……私たちの婚約は政略的なものにすぎないということです」
淡々と返してやると、ルディアスが顔を歪めた。
「……全く薄情なものだな。政略的なものといえど、十年共にいるのだぞ?婚約者としての情や礼儀というものはないのか?
それに……今さら『殿下』とは、なんとも他人行儀じゃないか。
そうだ!お前にも愛称で呼ぶことを許そう!ルディと呼んでもいいぞ?」
情や礼儀?それをあなたが俺に言うのか。
あなたとの十年より、クラウスたちとのこの数刻のほうが余程情を感じさせてくれた。
様子を見に?必要ない。それこそ今更だ。
この際だ。俺の意志を明確にしておこう。
「ルディアス殿下。礼儀につきましては、これまで十分尽くしてきたつもりなのですが……。ご理解いただけなかったようで残念です。
愛称呼びも、今さら許していただく必要はございません。
そもそも、情など必要ないとその言動で示してくださったのは殿下ではありませんか?」
あえて殿下と連呼してやれば、分かりやすく狼狽えた。
今さら何の未練があるのか、急に下手に出てきた。
「い、いや、誤解を与えたかもしれんが、そんなことはない!
いい機会だ、レオリースもいないことだし、これからは学校でももう少し親しくしないか?
実はそのつもりで……朝も迎えに行ったのが、すれ違ってしまったようだ。そこで、わざわざここまで婚約者の様子を見にきてやったのだ」
そのおもねるような言葉も俺の心には全く響かない。
親しくする時間なら十年もあっただろう。こちらが切り捨てると決めたとたん、縋ってくるのか?
俺を何だと思っている?
「お気遣い頂きありがとうございます。ですが、この婚約はあくまでも王命によるもの。
殿下のお気持ちが私にないのは存じ上げておりますので、お気になさらず。
ご安心ください。私も殿下に愛を求める気はございません」
発した声は、思いのほか冷たいものとなった。
はっきり引かれた目に見えない線に、ルディアスの顔色が赤く染まり、それから真っ青になる。
俺はそんな彼を冷静に見つめた。
器用なものだな。まさか、自分には愛はなくとも俺には愛されているとでも思っていたのだろうか?
そんなはずないだろうに。
「そうですね、確かにいい機会です。あくまでも私の個人的な意見をお伝えしておきます。
公爵家の子はもう一人おります。公爵家に婿入りされる、その相手はなにも私でなくともかまわないのでは?
嫌われ者の私などよりも、よほど家族に愛され殿下と親しいものがいるではありませんか。
殿下はどうかお心のままに真実の愛をお選びください。私はそれを心から応援させて頂きます。
そういうわけですので、今後、私のことはお構いなく。どうぞお捨ておきくださいませ」
いっそ清々しい気持ちで告げれば、血の気を失ったルディアスの顔から表情が消えた。
身体の横で握られた拳がかすかに震えている。
自分が拒絶するのは良くても、自分が拒絶されるのは許せないのだろう。
「それでも……今、私の婚約者はお前だ」
振り絞るような声音。身体の横に握られた拳は、ひそかに震えていた。
悔しいのか? どういう心境なんだ? まあどうでもいい。
俺は口元だけの笑みを浮べて見せた。
「今のところは」
するとルディアスが食い下がってきた。
「私は、私はお前以外を婚約者にするつもりはない!」
切実な声音が意外だった。
だが、悪いな。俺はずっとお前の婚約者でいるつもりはないんだ。
「そうなのですか?」
そう言われましても、と皮肉気に微笑んでやる。
するとルディアスが苦い顔で、意外そうに目を見開いた。
「お前……そんな顔もするのだな」
「?どういう意味です?
ああ、もう始業時間ですよ。そろそろイージス様もいらっしゃいますし、殿下もご自分のクラスに戻られては?」
「……また来る。逃げるなよ!」
「まだ逃げませんのでご安心を」
そう。婚約者に目の前で弟を優遇し、あからさまに冷遇されても。「可愛げがない」「レオを見習え」と言われながらも無駄な時間に耐え共に過ごして来たのだ。
逃げるのは準備が整ってからでも遅くない。




