ご令嬢との再会と波乱の予感
そうこうするうちに、昨日のご令嬢たちが登校してきたようだ。
「おはよ……きゃー! ミルリース様! いらしたんですねっ! おはようございますっ! 」
「おはようございますっ! 今日も素敵でいらっしゃいますねっ! お可愛らしいですわあ! 」
あっという間に目の前にやってきて、矢継ぎ早に話しかけてくる。
ご令嬢たちのあまりの勢いとテンションの高さに、クラウスとジークがそっと俺から距離を取った。
気持ちは理解できる。
だが、ご令嬢たちのこの明るさには救われる。
こんなに嬉しそうにしてくれるだなんて、思っても見なかった。
学園に来た甲斐があったというものだ。
「おはよう、コンフィ嬢、レベル嬢。昨日は世話になった」
「うふふふ。私のことはミルフェとお呼びください」
「私はランジェと。あれからどうなさったんですか? 昨日の彼とは? 本はいかがでした? もう読まれました? 」
身を乗り出すようにして次々と投げかけられる質問に、思わず少しのけぞってしまった。
友人ならば普通の距感なのだろうか? 俺はまだこういう距離には慣れていないのだ。許して欲しい。
「あ、ああ。シルは俺の従者なのでな。一緒に帰ったぞ? 本はどれも非常に興味深いものだった。シルにも読ませたのだが、シルは『小説は小説だ』と言っていた。俺は、なかなかに奥深いものだと感じた。胸打たれるものがあった」
本の内容を思いだしながら「うんうん」と頷けば、ミルフェの目がキラキラと輝く。
嬉しそうに胸の前で手を組んで、ミルフェまでもが身を乗り出してきた。
「まあまあまあ! ちなみに、なんのご本を読まれたのですか? 」
「全て読んだぞ? 」
「ええ? あれを全部? まあまあまあ! 凄いわミルリース様! どれか気に入ったものはございまして?」
「気に入ったというか……俺に似た人物が出ている本が気になった。真実の愛とはすばらしいものらしい」
今度はランジェの目がキラリ、いや、ギラリと輝いた。
重要なことを聞くような声音でこんなことを言い出す。
「たとえば……シル様とミルリース様のような? 」
「きゃあ! ランジェったら! 」
きゃっきゃという盛り上がりがいまいち理解できない。
なぜ俺とシルなんだ?
首をひねりながら、正直に答えた。
「? あ、ああ。愛とは違うが、大切ではあるな? 」
横で会話を聞いていたクラウスが、小さく手を挙げておずおずと会話に割り込んできた。
「なあ、ご令嬢たちとミルの共通点が意味不明なんだが? どこで知り合ったんだ? 」
「あら、失礼いたしましたクラウス様。わたくしたち、昨日本屋でお会いしましたの。オススメの本を紹介させていただきましたのよ? 」
「へえ! どんな本? 」
「素晴らしい本ですわ! 」
「? だから、どんな本なんだ? 」
聞かれたランジェがなぜか一瞬狼狽える。そしてなぜか横にいるミルフェを肘でつつき出した。
「……ええと……美しい殿方と殿方の……愛と友情の物語ですの!ね、ミルフェ!」
「え、ええ、そうですわ! 儚くも美しい物語ですのよ! ね、ミルリース様! 」
俺か? いきなり話をふられて思わずこう口にする。
「あ、ああ、そうだな。本と違って俺はルディアス殿下をなんとも思っていないが、ミルディアスの殿下を思う気持ちは切なく美しいと感じたぞ? 殿下の真実の愛にも感銘を受けた」
言いかけると、ガバっとジークに口を塞がれた。
「ミ、ミルリース! ちょっと待って! 」
「? なんだ? 」
「君、今さらっととんでもないことを言わなかった? 」
見るとクラウスとご令嬢たちも驚愕の表情になってこくこくと頷いている。
なんなら少し青ざめていた。
いったい何のことだ? みんなどうしたんだ?
訳も分からず首をかしげれば、ミルフとランジェが小声で教えてくれた。
「あのう……ミルリース様がルディアス殿下を何とも思っていらっしゃらないと……」
「ご婚約者であらせられましたよね? 」
ああ、そこか。
もういいだろう。潮時なのだ。
「そうだな。政略結婚だからな。殿下も俺に愛情などないことだし、俺としては本のように殿下とレオの真実の愛を応援したいと思っているのだが……」
「「「「はああああ?」」」」
大声を出され、とっさに耳を両手でふさいだ。
俺とルディアスの不仲など皆が知っていることだろうに。何を驚いているんだ?
「ど、ど、ど、どういうことですの? ミルリース様はやはり、あの、シル様を……っ」
ランジェ、なぜそこでシルが出る?
「どういうことですか? 『ミルリース様は殿下に愛されるレオリース様を妬んでいる』という噂がありましたよね? 」
ジークのこの問いにならば答えられる。
俺はコクリと頷いて、これまで黙っていた真実を口にした。
「シルはともかく、俺は別に殿下を愛してなどいない。繰り返すが、殿下もそうだろう。妬むもなにも、俺としては、いっそあの二人が婚約すればいいのにと思っている。俺は好きこのんで婚約者で居るわけではない。むしろ解放されたいとずっと願っているくらいだ」
俺の本心を聞いたクラウスが、「はぁ? 」と奇声を上げたのち、ガクリと肩を落とした。
「マジで噂は噂にすぎないってことか。つくづく……お前、めちゃくちゃ損な役割じゃねえか……」
ランジェとミルフェの表情も、一気に同情に満ちたものに変わっている。
音時のあまり口元に手を当てたまま、その眉をくぶらせた。
「ですわねえ……。私たちもミルリース様のことを誤解しておりましたし………」
「まあ、俺も否定しなかったからな。仕方ないだろう」
諦めを滲ませた俺に、なぜかクラウスがムッとしたようにくってかかる。
「お前、なんで言いたい放題言わせてたんだ? 誤解だって言えばよかっただろう? 一方的にお前が悪者扱いされてたんだぞ? いいのかよ? 」
これは……もしかして、俺のために怒ってくれているのか? 今日出会ったばかりの俺のために?
これまでそんな人はいなかった。その気持ちが嬉しくて思わず笑ってしまう。
「何を笑ってんだよ! 笑い事じゃねえだろ! 」
「すまない。俺のために怒ってくれたことが嬉しくて、つい、な。一応これでも王族の婚約者だからな。父と婚約者の意向を汲んでいたまで。家のためには下手に事を荒立てるわけにもいかぬだろう? だが、もういいかと思った。これからは好きに生きることにしたんだ。俺はこれから婚約者であることを辞退しようと思っている」
つまりはそういうこと。
黙って聞こえぬふり、知らぬふりで耐えるのはもうやめた。
悪役に仕立てられたあげく、あのゲームのように断罪されては、割に合わない。
平民にされるというのなら、あらかじめ対策を立て、自ら平民を選んでやろうと思ったのだ。
「どういうことだ?!」
低く押し殺した声が聞こえた。
「お前は俺の婚約者だろう! 何を勝手なことを言っている! 」




