ルディアスと第一王子イージス様
席は自由だというので、右側の前から三番目に座ることにした。
教壇から向かって左の最前列は、中等学校時代から王族とその側近である宰相の息子、エリオット・スターツの席だ。
これまでは俺も向かって右の最前列に座っていたのだが、その席は辞す。これからは勉強はやめ、自由にすると決めたのだから。
そう、このA組には王族がいる。
といっても俺の婚約者のルディアス第三王子ではない。
ルディアスはだいたい上位一割、20から30位以内にはいるのだが、教科によって成績にムラがあるためか、これまでずっとBクラスなのだ。確認はしていないが、高等学園でもクラス分けは成績順だというので、きっとまたBクラスだろう。
経営科の王族は代々Aクラスが当たり前だとされる。だかルディアスはBクラス。
それも仕方ないといえば仕方ない。側妃様の息子、第三王子なのだから。
同学年に正妃様の子、第一王子、第二王子がいることで、ルディアスは優秀であればあるほどその立場も微妙なものになる。だからルディアスはこれでいいのだ。
俺としては同じクラスにならずに済んで万々歳なのだが。
というわけで、成績上位者の集まるAクラスにいるのは、王族では第一王子のイージス様のみとなる。
これまでは双子のどちらかが王位を継ぐとされていたため、第二王子のサージェス様もAクラスだった。が、今ここに居ないということは、王太子はイージス様になるのだろう。となれば、サージェス様は騎士科、恐らくDクラスか。
お気付きだろうか。
そう、なんと俺の学年には第一から第三まですべての王子が揃っているのである。
第一第二王子は正妃様の、第三王子は側妃様のお子になる。
もし側妃様の子であるルディアスのほうが早く生まれていたら継承権云々で大変なことになっていただろう。
が、幸いにも正妃様のほうが早くご出産されたため、特に問題なく王位継承権は正妃様の双子王子のものとなった。
こうした事情で、ルディアスは生まれながらに外に出ることが決まっており、王子でありながら二人とは違う扱いをされて育った。
そして後継を残さぬように男の伴侶を強制され、五歳の時に公爵家に婿入りという形で降家することが決まったのだ。
新たに爵位を作って与えるよりも「最高位である筆頭公爵家に」という親心なのだろうが、ルディアスからしてみれば、男の伴侶に加え、婿入りすること自体が屈辱だったのかもしれない。
それがきっと初対面時の俺への敵意という形になっていたのだろう。
せめて俺に愛想でもあれば俺たちの関係も違っていたのろうが、父に「無表情であれ」「感情を表に出すな」と言い聞かされて育ったのだ。無表情だったのは俺のせいではない。
これでも出会った当初は期待した。
俺の婚約者なら俺の味方をしてくれるのではないかと。俺と仲良くしてくれるのではないかと。
まだ五歳。ルディアスの事情は知らずとも、なにかが起こっていることだけは分かった。
だって公爵家の当主の座をルディアスに譲り、正統は後継者である俺に嫁としてルディアスを支えろというのだ。どう考えてもおかしい。
ルディアスも不本意かもしれないが、俺だって本意ではない。
だからこそ、俺たちは分かり合えるのではないかと思ったのだ。
全くばかげた期待を持ったものだと思う。
初日で伸ばした手を振り払され、可愛げがないと吐き捨てられ、期待しても無駄だと思い知らされた。
こういう経緯から、俺としては、ルディアスとは別に仲良くするつもりはない。
どのみち婚約破棄するつもりなのだ。どうでもいい。
しかし、第一王子であるイージス様は別だ。
実のところ、俺は彼のことは嫌いではない。
前世の記憶によれば、イージス様は王子の中で唯一弟側につかなかった人だ。それだけでも十分信頼に値する。
だがそれ以上に俺は、勝手に彼に親近感のようなものを感じているのだ。
金髪碧眼という、まさに皇太子にふさわしい麗しい容貌で生まれた彼は、穏やかで公平な人物だと言われている。
が、一方で敵に対して容赦のない一面もある。
ある意味、一筋縄ではいかない、王の座につくにふさわしい人物だ。
俺は側妃の息子の婚約者、という微妙な立場だったため、あまり大っぴらに話をしたことはない。
クラスメートとはいえそう接点はなく、せいぜい「行き会えば挨拶をする程度」の付き合いだった。
しかし、彼が唯一、踏み込んだ話をしてきたことがある。
中等学校でこう言われ始めていた頃のことだ。
「ルディアス王子の婚約者は優秀だが氷の心を持っており、王子に冷遇されている」
「王子は太陽のように明るく温かい性質の弟の方と仲が良いようだ」
俺はそのころにはもうルディアスのことはどうでもよくなっていた。
「レオは」「レオなら」という言葉にうんざりだったのだ。
いっそレオと結婚してくれればよいとすら思っていたし、しょせんは政略結婚、与えらえた役目をこなすだけだと割り切ってもいた。
とはいえ、悪評のせいでクラスメートからも避けられ始めたのは地味に堪えた。
勉強漬けで親しい友人は居なかったが、それでもこれまで避けられてはいなかった。
それが「触らぬ神に祟りなし」とばかりに距離をおかれてしまったのだ。
必要がないから話さないのと、話せないのとでは意味が違う。
屋敷に戻ればシルがいる。それだけが慰めだった。
そんなある日、移動教室の合間、短い時間ではあったが、教室でたまたまイージス様と二人だけになった。イージス様の側近のエリオットもイージス様の用足しに行っており、不在だったのだ。
イージス様はおもむろに俺に近づいてきた。彼の方から距離をつめてきたのは初めてだった。
俺は驚いた。イージス様の俺を見る目が存外優しかったからだ。
彼は俺の前に立ち、静かにこう言った。
「一度しかいわないよ。ミルリース、君はとても優秀だ。
ただでさえ、王家のせいでいらぬ負担を強いられているのだ。悪評まで負う必要はない。
逃げたくなったら言ってくれ。私がなんとかしよう」
思ってもみない言葉だった。
彼は、彼だけは俺を案じてくれた。
俺の置かれた状況を正確に理解し、逃げ道を与えてくれたのだ。
もしかしたら彼は、俺がルディアスの婚約者となったことに罪悪感のようなものを感じていたのかもしれない。
それでもあの気遣いは嬉しかった。戸惑いはしたが、それでも確かに嬉しかった。
なんと返事をしたのかは覚えていない。
たぶん、分かりました、とか適当に言ったのだろう。
しかし彼の言葉は「分かってくれる人もいるのだ」と、俺の救いになったのである。
逃げてもいいと言ってくれる人がいた。それだけで、俺は残りの日々を耐え抜くことができた。
こういうこともあり、俺は一方的に彼に親しみにも似た気持ちを抱いている。
昨日の入学式では首席だった俺が休んだせいで、急遽イージス様が祝辞を読んでくださったのだそうだ。
完全なる俺のとばっちりで申し訳なかったのだが、ソツの無い方だから、きっとうまくやってくださったのだと思う。
平民になる前に、イージス様には伝えておきたい。
「いまさらですが、悪役の役割から逃げることにいたしました。俺は自ら望んで平民となるのです」と。
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