学校に行くことにした。
ご令嬢たちに勧められた本に心打たれた俺は、胸を押さえ深くため息をついた。
「シル。俺、これを読んで分かったことがある」
「なんだ? 嫌な予感がするが、言うだけ言ってみろ」
「真実の愛は美しいらしい」
「……は?」
「ルディアスも、個人的にはどうかと思うが、レオとのアレが真実の愛だと考えるなら、仕方のないところもあ…… 「いや、あれは違うだろ」
「いや俺が二人の愛の障害で、レオリースとルディアスが真実の…… 「あいつらは単なる阿保だ」
「そ、そうなのか? 」
言いかけた言葉はそれを発する前に全て否定されてしまった。
ふむ。やはり小説と現実は違うのか。
「そもそも、愛の障害もなにも、ミルはルディアス殿下のこと好きじゃないだろ? あくまでも小説は小説だからな? ……ミルには刺激が強すぎたか……。変に素直だからなあミルは」
「なんだ? なにか言ったか? 」
「いや、なんだ、まあ……」
シルはなぜか言葉を濁したあと、ギュッと拳を握ってこう力説した。
「とにかくアイツは別! ウジウジと拗らせてやがるだけだ! もう放っておけ! 」
ヤツはなにやら拗れていたのか。なんだかわからんが大変そうだな。どこが拗れているのかは知らんが、痛そうだ。
そうか、それであんな風にいつも不機嫌そうな顔をしていたのかもしれない。
足でもなんでも、どこか痛めているというのは、地味に嫌なものだ。
少しだけ同情していると、シルがガシリと俺の肩を掴んだ。
「ミル、またおかしなことを考えているんだろうが、とにかく、小説は小説。現実は現実。クソはクソだから!
わかったか?」
凄い目力だ。有無を言わさぬ迫力がある。思わず気圧されるようにして頷いていた。
「あ、ああ。わかった」
結局、俺が読む「くだらない本」は、「先にシルが読んで許可したものだけ」ということになった。
シル曰く、「くだらない本はくだらないからこそ危険」なのだという。
下町の流行りは、まだまだ俺には早かったようだ。平民になる前に、徐々に学んでいくことにしよう。
翌日。しばらく学校をサボるつもりだったのだが、登校することにした。
結局、サボりは入学式一日だけで終わってしまったことになる。
だが、来ない選択肢はない。
ご令嬢に感想を伝えるという約束があるからだ。
約束をたがえるのは俺の信条に反する。
しかし、門の前で馬車を降りたはいいが、入学式をサボったせいで教室がどこかわからない。
クラスは確か、ご令嬢が俺もAクラスだと言っていた気がするのだが……。
仕方ない。誰かにAクラスの場所を聞くとしよう。
「すまないが、道を聞きたいのだが」
適当な生徒に声をかければ、相手は「ん? 」と振り返り「ええ? 」と俺を見て固まった。
「教室の場所が知りたいのだ。一年のAクラスはどこか教えてもらえないだろうか? 」
もう「嫡男たるもの」「公爵家たるもの」など関係ないのだから、表情を隠す必要もない。
精一杯にこやかに聞いてみたつもりなのだが、相手は俺の顔を見て真っ赤になってしまった。
「い、いや、マジで? 」
ワタワタと挙動不審な生徒。
「どうかしたのか? 大丈夫か? 」
体調不良かと首を傾げて覗きこむと、「ひえ! 」と奇声を発して距離を取られた。
ショックだ。
彼の異常行動の原因は、俺だったようだ。
まだ入学したばかりなのにここまで嫌われていようとは。
中等学院からの悪評のせいか?
この様子では「高等学園から心機一転」というのも難しいのかもしれない。
俺は内心の動揺を押し隠し、努めて穏やかに声をかけた。
「大丈夫だ。君に害を与えたりしない。ただクラスの場所を知りたいだけなんだ。
驚かせるつもりはなかった」
すまない、と謝罪し、仕方なくほかに聞けそうな生徒を探そうと踵を返しかけると、慌てて腕を掴まれた。
「いや! まて! 待って下さい! ごめん、いきなり綺麗なのがいて驚いただけだから!
いやあ、都会ってすごいな。うちの田舎、ごつい奴らばっかなんだよ。
えっと、クラスの場所だよな? 何クラス? 案内するよ! 」
思いのほかグイグイこられて、たじろいでしまった。
どうやら彼は悪評どころか俺の顔を知らなかったらしい。
「そ、そうか? ありがとう。ではお願いしよう。Aクラスだ」
「! 俺もAクラスなんだ! 一緒だな! よろしく! 」
曇りなき笑顔と共に「クラウス・ベルヘルムだ」と手を出しだされる。
人好きのするタイプだな。羨ましい。
屈託のない笑顔を向けられるのは久しぶりだ。
だが、俺が名乗ればこの笑顔も失われてしまうのかもしれない。それが少し惜しい。
「……ミルリース・スノーデンだ」
「スノーデン? え? まさか、公爵家の長男?
可愛げがないとか氷の令息だとか聞いてたんだけど……きみなのか? 」
「ああ。俺だな」
俺は苦笑した。やはり悪評は知っていたようだ。
「あ、すまん! 傷つけるつもりはなかった! あくまでも噂で聞いただけだから…!
……いや、噂も当てにならないな。きみは全然そんなことないし! 噂とは大違いだなって思ったんだ」
慌ててフォローしてくれるクラウス。やはりいいヤツのようだ。
気を遣わせてかえって申し訳ないことをした。
「いや、可愛げがないのはあっているだろう? 」
これまで勉強ばかりしてきたからな。
人との付き合い方なんて学んでいない。
「気にするな。場所さえ教えて貰えれば一人で行く」
俺は気にしないと伝えるために、唇の端を上げて微笑んでみた。
「グハッ! 」
……失敗したようだ。
まだまだ表情筋には鍛錬が必要だな。おいおい身につくだろう。
「どこが冷血? かわいすぎだろう! ここの奴ら、目がおかしいんじゃないか? 」
クラウスは口元を押さえてたまま、なにやら小声で呟いている。
やはり迷惑だったようだ。
うん。自力でなんとかしてみることにしよう。
どこかに案内板くらいはあるだろう。
「すまなかったな、クラウス。自分でなんとかすることにする」
背を向けて去ろうとすると、またガシッと手を掴まれた。
「いや、待って⁈ きみ、諦めよすぎるって言われない⁈ 一緒に行こ!
ミルリース…ミルって呼んでいいか? 」
今度は手を握ったまま離してくれない。
「俺は別にいいのだが、迷惑ではないのか? 」
念のため首を傾げながら確認してみると、クラウスはまたあの屈託のない笑顔を見せてくれた。
「いや、全然! むしろ役得? 」
繋いだままの手をぶんぶん振られる。
「よろしくな、ミル」
薄茶色の癖毛に、やんちゃそうな八重歯。
図体は俺よりデカいが、なんだか人懐こい犬みたいだ。
握られた手も、嫌じゃない。なんだろう、この感じ。
ワクワク? 楽しい? 嬉しい? それとも……その全部?
俺は思わず笑ってしまった。
「ふは! 変わったヤツだな。うん。……よろしく、クラウス」
「笑った! 」
「? 」
「笑わない令息って聞いたけど、そんな風に笑うんだな。
さっきのも可愛かったけど、今のもすっげーかわいい! 」
「そりゃあおかしければ笑うさ。
あと、かわいくはない。そんなことを言うのは俺の側近だけだ」
「あはは! かたくなだなあ! そういうとこもかわいい!
なあ、ミル、俺たち友達になろうぜ? ダメ? 」
背を折り曲げ、下から覗き込むようにして懇願される。
まるで催促するように、繋いだままの手をぎゅっぎゅっと揉まれた。
「俺はかまわないが……学園では俺は『悪役』扱いなんだぞ? いいのか?
俺といると、お前まで悪く言われるかもしれないぞ? 」
嬉しい気持ちを押さえて確認すれば、あっけなく笑い飛ばされてしまう。
「『悪役』? なんだそれ! ミルが? そんなことまで言われてんのか?
……俺さあ、辺境から来たんだよね。辺境ではさ、自分の勘を信じるんだ。でないと生きていけない。
ミルの噂なんかより、俺は自分の勘を信じる。
ミルはいいヤツだ。しかもかわいい。
俺はミルと友達になりたい。ダメ? ミルは嫌? 」
甘えたように言われたら……こう言うしかないだろう。
俺だって、友達がほしい。本当は……ずっとこういうのに憧れていたんだから。
「いや、ダメじゃない。嬉しい。……よろしく頼む」
声が少し震えてしまった。
そんな俺にクラウスは優しい声で言った。
「うん。よろしく、ミル」
こうして俺は手を繋がれたままクラウスとふたりで教室に向かったのだった。
ところで、この手はいつまで繋いでいるんだ?
こういうものなのか?




