俺とくだらない本1
シルとケーキを堪能していると、ガタンと大きな音がした。
ルディアスが椅子から立ち上がり、お供を引き連れて店から出ていく。
一瞬見えた彼の表情は、どこか傷ついたように歪んでいた。
「ふふ。これでゆっくりできるな?」
シルが目を細めて笑う。
「ああ。いったい何だったんだアイツは」
トントン、と肩を撫でるようにされ、自分の肩に力が入っていたことに気付いた。
気にしないと決めていても、やはり緊張してしまっていたようだ。
「ほら、これも食べてみな? 」
フォークに刺した苺のケーキを口元に出され、思わずぱくり。
ん。これも美味い。
その優しい甘さにふっと力が抜けるのが分かる。
そんな俺にシルが満足そうにその甘いマスクを緩めた。
と、隣の席で「きゃあっ!」と小さな声が上がる。どうしたのだろうか?
まあ俺には関係ないか。
「もうアイツに気を遣ってやる必要ないだろ? 良かったな。
ん? これ気に入ったのか? もうひと口? 」
「ははは! 確かに!
ああ。この酸味が絶妙だ。二口くれ」
「楽しそうだな」
うん。はしゃいでいる自覚はある。
ルディアスを撃退してやった高揚感もあって、自分がまるで無敵にでもなったような気分だ。
行儀悪く机に両肘をつき手に顎を乗せ、ご機嫌でシルの顔を見上げる。
するとシルは嬉しそうに笑い、俺と同じように両肘をついた。
「楽しいならなによりだ」
「ああ。楽しいぞ。これまで我慢に我慢を重ねてきたからな。
表情に出すな、感情的になるな、王子の婚約者にふさわしい行動を。
馬鹿らしい! これからは好きにする。
余計な自習をやめた分、時間もたくさんある。できなかったことをしてやるんだ」
「なにをしようか? 」
「とりあえず、MS商会を軌道に乗せよう。あと……」
これを言うのは少し勇気がいる。
俺が密かに胸に抱いていた願い。気にしないふりでずっと気にしていたこと。
手のひらを何度か握ったり開いたり。唇を何度かもごつかせ、思い切って口にした。
「……頑張れば友人もできるだろうか? 」
好き勝手に生きると大口を叩いたくせに、なんとも情けない。
でも、本心だ。
俺だって友人と笑ったり気の置けない冗談を言い合ったりしてみたい。
だって、いかにも学生という感じがするだろう?
いい年をしてこれが「やりたかったけどできなかったこと」だなんて笑われるだろうか?
するとそんな俺をシルは一笑。「あはは! ミルならすぐにできるさ! 」と俺の腕をそっと撫でる。
「その顔を見せれば一発だな。ありのままのお前なら、すぐにたくさん友人ができるはずだ」
嬉しくて伸ばされたシルの指をきゅっと握った。
シルの体温に少し勇気が出て、そのままなんとなくにぎにぎとシルの手をもてあそぶ。
シルもそれを嫌がりもせず、逆に俺の指先をキュッとその指で挟んだり、ぎゅむっと握ったり。
ふふ。なんとなく楽しくなってきた。
「そうならいいが。あと、おすすめの本はあるか? 参考書ばかり読んできたからな。できるだけ流行っていてできるだけくだらないものが読みたい」
俺の無茶苦茶なリクエストに、シルがふは!と笑う。
「くだらないものか」と首を傾げつつも、真剣に考えてくれるようだ。
「できるだけくだらないもの? うーん……ご令嬢向けの恋愛小説なんかはどうだ? 」
「恋愛小説? 確かにくだらないな。そんなものを読んでどうする? 」
「ミルはそういうと思った! ご令嬢の間では流行ってるんだぜ? 」
言ってずいっと俺の前に身を乗り出し、顔を近づける。
熱い眼差しで俺を見つめ、芝居がかった情熱的な声音でこう囁いた。
「叶わぬ恋に身を焦がしたり、涙したりするんだ」
その表情に思わずクスクスと笑ってしまった。
「叶わぬ恋? そんなもの、俺に比べたらどうとでもなるだろうが。
公爵家の嫡男が、王命でいきなり第三王子の婚約者にされたうえ、当主の地位を略奪されるんだぞ?
しかも、感謝されるならまだしも、嫌味を言われまともに扱われすらしないんだ。
おまけに俺がヨメだ! は! ふざけてる! 最低最悪の状況だ」
俺の言葉にシルが俺に憐みの目を向ける。
「確かに、ミルの状況以上のもんはねえか」
「だろう? 俺より悪くないなら、なんとかできるだろう。
身を焦がす前に動け! 涙なんぞ流してもどうにもならん! やるべきことをやれ! くだらん! 」
思わず拳を握って力説すれば、呆れたように笑われてしまった。
「くだらない本が読みたいって、ミルが言ったんだう? 」
「そうだった。すまん。……読んでみるか。身を焦がすのも一興。うん。読んでみよう」
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