シルと俺とイチゴのケーキ
こうして無事に資金と出資者兼仲間を手に入れた俺は、仕入れリストを渡す約束をアルと交わしてマージの店を後にした。
空は快晴。
俺たちの未来も空と同じように明るいものにしてみせる。
「……まさかこんなに順調にいくとは」
「いや、ラッキーだったよな」
俺の肩に手を置きうそぶくシル。
俺はそんなシルをじいっと見つめた。
「シル、こうなることを見込んでここに連れてきたんだろう? 」
「どうかな? 」
シルのことだ。
俺とアルの性格から、出会いさえすればこうなると分かっていたのだろう。
こう見えてシルはとても有能なのだ。
有能すぎて弟にとられそうになったこともあるくらいに。
シルは俺の侍従になってからみるみるその頭角を現した。
父がシルを俺につけているのを惜しみ、弟のレオにつけようと画策するほどに、彼は優秀な侍従となった。
シルが学園を卒業した年、父は俺にこう言った。
「お前は優秀だ。だから、お前の侍従をレオリースに譲ってやれ。弟に兄として思いやりを見せるいい機会だろう? なに、お前なら問題ない。また新たな侍従を探してやるから。
シリウスには私から話をしよう」
俺は思った。「ああ、彼まで俺から奪うのか」
抑え難い憤りと怒りが沸き上がったが、それは瞬時に慣れた諦観に変わった。
今だから言える。
俺はあの時ほんとうは泣きたかった。シルは俺のものだと叫びたかった。
でも無駄なのだ。この公爵家では俺がどう抗おうと俺の大切なものは全て奪われ、弟のものになる。
だが、シルだけは違った。
「ミルリースは優秀だから一人でも問題ない。次男のレオリースのほうについて貰えないか。これはミルリースも納得していることだ。なあ、ミルリース」
「……はい」
俺にはイエス以外の選択肢などないと思っていた。
だがシルは、父の決定をいかにも簡単に覆して見せたのだ。
彼は雇用主である父に笑みを浮かべてこう言い放った。
「いや、感服致しました! さすがは公爵様です。このような形で私の忠誠心を試されるとは!
ご安心くださいませ。私は一度主人と定めた主人を変えるつもりはございません。私はミルリース様が主人なればこそ、こちらに仕えさせて頂くと決めたのです。
将来は御当主となられるミルリース様を生涯をかけてお支えする所存でございます」
こんな言い方をされて「いや、長男は優秀だから次男を支えろ」と言えるほど父の自尊心は低くなかった。
父は乾いた笑みを浮かべ、こう言うしかなかったのである。
「い、いや、さすがはシリウス。私の意図を見抜くとは! みあげた忠義よ。これからもミルリースを頼む」
「はい。お任せください。このシリウス、身命を掛けてミルリース様にお仕え致します」
シルは父の想像以上に優秀だったのだ。そう、雇用主の要望をもその不興を買わず跳ね退けてみせるくらいに。
シルが三男とはいえそれなりの力を持つ伯爵家の息子であることもあり、さしもの父も、シルの意志に反してまで弟につけることはできなかったのだ。
こうして、シルは俺が唯一奪われない俺の大切な家族となった。
そんなシルならば、俺やアルがどう感じどう動くのか分かっていただろう。
彼は俺がアルの信頼を得ると信じ、あえて何もせず「宝石屋を紹介する」だけに留めたのだ。
「シルは俺を過大評価しすぎだぞ? 」
「ええー? ミルだって俺を過大評価しすぎだぞ? 」
「シルが俺の期待を裏切ったことはないからな。いつだって期待以上の働きをしてくれる」
「ご主人様の期待に応えてこその側近だからな」
「だが、たとえお前がそうでなくとも、俺はシルに共にいて欲しいと思っている。それを忘れるなよ? 」
「………」
シルの足がピタリと止まった。
「シル? 」
またシルが顔を手で押さえて天を仰ぐという謎のポーズをとっている。
俺が悪役から逃げると決めてから、シルがよくするようになったポーズだ。
「シルのそれ、下町の流行りかなにかか? 」
俺もやってみようか。シルと同じ世界を見てみたい。
シルの横に立ち、シルのように顔を手で押さえて上を向く。
「……指の間からも綺麗に空が見えるものだな」
「あー! だーかーらー! ミル! マジでそれ、なんなんだ?かわいすぎて困るからやめような? 」
何故か真っ赤になったシルに肩を掴まれ、がくがくと揺さぶられた。
「よ、よくわからんが、すまん。おかしかったか? やり方が違うのだろうか? 」
「ちがう! そういうことじゃねえ!と、とにかく、ミルはそれしないように! シル兄さんのお願いだ。わかったな? 」
「ああ。わかった。やめておく」
あまりの真剣さに思わず頷く。
俺が下町の流行りの真似するのは、まだ早かったようだ。
しょんぼりと肩を落とせば、シルが俺の頭にポンと手を乗せた。
「……あー、まだ時間はあるだろ? 腹も減ったし、カフェにでも行くか? 」
シュンとした俺を見かねたのだろうか。カフェに連れて行ってくれるようだ。
実は、中等部時代、クラスメートたちが「カフェに寄っていこうぜ」と誘い合っているのを俺はずっと羨ましく思っていた。
俺は勉強で忙しく、自由時間などほとんど与えられていなかった。
父は俺に「遊びに時間を割く余裕などないだろう。贅沢を言うな」と言い、俺に友達付き合いすら許さなかったのだ。
カフェに行ってみたい。
ふと一度そんなことを呟いたのを、シルは覚えていてくれたのだろう。
そういえば、シルは何度も「息抜きにカフェに行きましょう。気分転換になりますよ」と俺を誘ってくれていた。
いまさらだが、あの時に行けばよかった。
初めて入ったカフェは……なんというか、凄かった。
ショーケースにケーキがずらりと並べられていて、そこから選んで店で食べることができる。
なんなんだ、ここは。天国か!?
しかもホールをカットして食べるのではなく、あらかじめカットされたまま売っている。
色々な種類を食べることができて非常に合理的だ。素晴らしい!
興奮のあまり思わずシルの腕を掴み、こう提案する。
「昼飯はこれでいい。これにしよう」
「ふふ」
「? なにがおかしい? 」
「いや、珍しくはしゃいでると思ってさ」
微笑ましそうに俺を見るシルの瞳に、急に自分の子供っぽい行動が恥ずかしくなった。
「……ケーキは俺にとって特別だって知っているだろう? 」
「ミルは甘いものが好きだからな。好きなのを好きなだけ選べ、余ったら俺が食ってやる」
「! いいのか? 」
そう、俺は甘いものが好きだ。
だが、父は「そのようなものは女子供が好むものだ。公爵家の嫡男にはふさわしくない」と言って、俺にはたまにしか供されなかった。
レオにはおかわりまで与えていたというのに。
こっそりとシルが甘いものを俺に差し入れしてくれたのだが、多忙な俺に配慮し、好きなときに食べられるようにとクッキーやチョコがほとんどだった。
そういったことから、ケーキは俺にとって特別なものなのだ。
ケースの中には、赤いイチゴの乗ったもの、なにやらフルーツがたくさん飾られたもの、シンプルなチーズケーキ、チョコでコーティングされたものなど、いろいろなケーキが並べられていた。
どれもこれもとても美味しそうに見える。
艶やかに輝くイチゴも魅力的だし、いろいろなフルーツも食べてみたい。だがチョコも外せない。……
「……いくつまでなら食べられると思う? 」
「は? 」
「だから! これまで少ししか食べたことがないから、一度にどれくらい食べられるものなのか見当がつかないんだよ! 普通はいくつくらいなら腹に入るものなんだ? 」
ミルが哀れな生き物を見るような目になった。
「……俺は五個はいけるけど、ミルなら……頑張って三個? まあ、好きなだけ選べ! 俺とミルを合わせたら八個は選べるだろう? 全種類少しずつ食っていいぞ。残りを俺が食うから」
「! そんなことをしてもいいのか? 行儀が悪く……ああ、もういいのか。よし! 全種類頼もう! 」
速攻でマナーを捨てることにした俺を、シルが笑う。
「余ったら持ち帰ればいい。もう『嫡男としてふさわしく』はいいんだろ? 好きなだけ買って帰ろうぜ! 」
「シル、俺を甘やかしすぎだ。でも、乗った! 」
ああ、なんて最高の日なんだ!
俺はこの日を一生忘れない、そう思った。




