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追放聖女は偽りの平民騎士に溺愛される

作者: 住処
掲載日:2025/11/02

 辺境の村に流れ着いて三ヶ月が経った。


 リディアは今日も小さな露店で薬草を売っていた。王都にいた頃の華やかな聖女の衣装は、今やすり切れた麻の服に変わっている。


「あの、この薬草をください」


 声をかけてきたのは、見慣れない青年だった。黒い髪に深い青の瞳。整った顔立ちだが、着ている服は安物の騎士見習いの制服だ。


「これは傷薬に効く薬草ですよ。どうぞ」


 リディアが薬草を手渡すと、青年はほっとした表情を浮かべた。


「助かります。実は昨日、魔物に襲われて……あの、もしよければ手当てをお願いできませんか」


 青年の脇腹から血が滲んでいた。


 リディアは慌てて店を閉め、青年を自分の小屋へ連れて行った。狭くて粗末な部屋だが、薬草を調合する道具だけは揃っている。


「失礼します」


 リディアが青年の服をめくると、深い裂傷が目に入った。普通の薬草では治らない。


 どうしよう。私の聖女の力は、あの日失われたはず――。


「王都の聖女様は、光で傷を癒すことができるそうですね」


 青年が苦しそうに笑った。


「でも、あの方は最近追放されたと聞きました。『偽物の聖女』だったとか」


 リディアの手が止まった。


 偽物――そう、私は元婚約者である第一王子エドワードと、新しい聖女として現れたセリーナに、そう罵られた。


『お前の力は本物の聖女の足元にも及ばない』


『偽物のくせに聖女を名乗るな』


 婚約破棄の上、王宮から追放された。慰謝料として持っていた財産の全てを没収され、着の身着のままで放り出された。


「……私は、ただの薬草売りです」


 リディアは震える手で薬草の調合を始めた。でも、この傷では――。


 青年の呼吸が荒くなってきた。顔色が悪い。このままでは命に関わる。


 リディアは決意した。


 もう一度だけ。もう一度だけ、あの力を――。


 手を傷口にかざすと、かすかな光が灯った。弱々しい光だったが、確かに傷が塞がっていく。


「これは……」


 青年が驚いた目でリディアを見つめた。


「あなた、もしかして――」


「違います」


 リディアは慌てて手を引っ込めた。


「私は聖女なんかじゃありません。ただの……偽物です」


 涙が溢れた。自分でも驚くほど、涙が止まらなかった。


 青年は何も言わずに、リディアの頭をそっと抱き寄せた。


「泣かないでください。あなたが偽物なんかじゃないことは、僕が一番よく知っています」


 その優しい声に、リディアはさらに泣いた。


 それから、青年――アレクと名乗った彼は、リディアの小屋に通うようになった。


「今日も魔物退治ですか」


「ええ。辺境は魔物が多くて大変です」


 アレクは爽やかに笑う。騎士見習いとして、村の警備をしているらしい。


 リディアは彼のために傷薬を調合し、時々こっそりと治癒の光を使った。


「リディア様は優しいですね」


「様なんて、やめてください。私はただの平民です」


「それは僕も同じです」


 アレクが微笑んだ。その笑顔が、リディアの凍りついた心を少しずつ溶かしていった。


 ある日、アレクが言った。


「リディア、僕と一緒に来てくれませんか」


「え?」


「僕の故郷に。あなたのような優しい治癒師が必要なんです」


 リディアは迷った。でも、アレクの真剣な眼差しに、頷いていた。


「はい。私でよければ」


 二人で村を出ようとした時、それは起きた。


「見つけたぞ、偽物聖女!」


 エドワードとセリーナが、大勢の兵士を引き連れて現れたのだ。


「リディア、お前を連れ戻しに来た」


 エドワードが傲慢に言った。


「セリーナの聖女の力が思ったより弱くてな。お前の力が必要だ。戻って王宮で聖女の真似事を続けろ」


「な、何を……」


「無論、報酬は出す。月に銀貨十枚でどうだ」


 リディアは呆れた。自分を追放しておいて、今更戻れと?しかも銀貨十枚?王宮にいた頃の百分の一以下じゃないか。


「お断りします」


 リディアがきっぱりと言うと、エドワードの顔が歪んだ。


「偽物の分際で生意気な!ならば力ずくで――」


 その時、アレクがリディアの前に立ちはだかった。


「彼女に手を出すな」


「騎士見習いの分際で王子に逆らうか!」


 エドワードが剣を抜いた瞬間、アレクの周りの空気が変わった。


 圧倒的な威圧感。


 兵士たちが一斉に膝をついた。


「ア、アレクシス様!?」


 エドワードが青ざめた。


「隣国第一王子、アレクシス・レオンハート。リディア・エルフィードは我が国の客人だ。手を出せば、それは我が国への宣戦布告と見なす」


 アレクの――いや、アレクシスの声は、凛として揺るがなかった。


「き、貴様、正体を隠して――」


「互いに身分を隠していただけだ。彼女は追放された身。僕は敵国の王子。それが何か問題でも?」


 アレクシスはリディアの手を取った。


「リディア。君が望むなら、僕の国へ来てくれ。そこで、本物の聖女として――いや、僕の妃として迎えたい」


 リディアは驚いて目を見開いた。


「で、でも私は……」


「君は偽物なんかじゃない。僕の傷を癒してくれた。僕の心を癒してくれた。それが何よりの証拠だ」


 アレクシスの青い瞳が、真っ直ぐにリディアを見つめていた。


「僕は君を愛している。身分も過去も関係ない。ただ、リディアという一人の女性を愛している」


 涙が溢れた。でも今度は、悲しみの涙じゃなかった。


「私も……私もアレク様を……」


「アレクでいい。僕たちは対等だ」


 アレクシスはリディアを優しく抱きしめた。


 エドワードとセリーナは、何も言えずに立ち尽くしていた。


 ---


 それから半年後。


 リディアは隣国の王太子妃として、盛大な結婚式を挙げた。


 彼女の治癒の力は、アレクシスの国で「奇跡の聖女妃」として称賛された。


 式には、エドワードとセリーナも「招待された」。


「まさか、あの偽物が……」


 セリーナが悔しそうに呟いた。彼女の聖女の力は、結局大したことがなく、今ではただの貴族令嬢に戻っていた。


 エドワードは、リディアを見つめていた。今更ながら、自分が何を失ったのか理解したようだった。


 でも、もう遅い。


 リディアの隣には、彼女を世界で一番愛してくれる王太子がいる。


「リディア、幸せか?」


 アレクシスが優しく微笑んだ。


「はい。こんなに幸せでいいのかと思うくらい」


「なら、もっと幸せにしてみせる。君が笑っていてくれるなら、僕は何でもする」


 アレクシスはリディアの手に口づけた。


 その光景を見て、エドワードとセリーナは顔を歪めた。


 追放した聖女が、自分たちよりも遥かに高い地位と、真実の愛を手に入れた。


 その事実が、何よりも彼らを苦しめた。


 リディアは、もう振り返らなかった。


 過去の痛みは、アレクシスの愛で全て癒された。


「愛しています、アレクシス」


「僕も愛している、リディア。永遠に」


 二人は深く口づけを交わした。


 辺境の村で出会った二人は、互いに身分を隠していたからこそ、真実の愛を見つけることができた。


 そして今、彼らの未来には、幸せしか待っていなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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