第16話【セレスフィア視点】籠の中の鳥と、空への抜け道
「あのスライムに、グリフォンを私に従わせろと命じたのだがな。どうにも、言葉が通じている様子がない」
白亜宮の庭園で、リチャード王子は苛立ちを隠そうともせず、忌々しげに呟いた。グリフォンを日向ぼっこをしているポヨン様は、王子の言葉など意にも介さず、気持ちよさそうにしている。
「神獣は、王家の権威の象徴。ならば、その所有権は、次代の王たるこの私にあるべきだ」
王子はそう言い放つと、侍従に合図を送った。彼の目の前に運ばれてきたのは、いつもグリフォンが食べさせている最高級の肉。ただし、先日先日ポヨン様が食べたお菓子と同様の魔力が、さらに強力に、肉の一枚一枚にまで念入りに込められているのが分かった。
あのスライムに効いたのだ、神獣に効かぬはずがない。王子の金色の瞳は、傲慢なほどの自信に満ちていた。
だが、当のグリフォンは、その餌を一瞥しただけで食べようとせず、ポヨン様にその黄金の頭を擦り付けている。
王子の眉が、ぴくりと動いた。貴族社会の全てを意のままにしてきたであろう彼にとって、思うようにならない存在は、我慢ならないのだろう。
その時、私は呆気に取られた。
グリフォンが無視した肉を、ポヨン様が実に美味そうに、ぺろりと平らげてしまったのだ。そして、王子こそが最高の主人であるとでも言うように、その足元に駆け寄り、感謝を伝えるかのように体をすりすり、と擦り付け始めた。
一瞬、王子の口元に、満足げな笑みが浮かんだ。
だが、その表情はすぐに、深い苛立ちの色に変わった。
「このスライムは私に懐いているが、言葉が通じぬのでは何も命令できないではないか。 これでは、ただの食いしん坊な魔物を餌付けしたに過ぎん!」
その王子の葛藤を嘲笑うかのように、ポヨン様はグリフォンの背に飛び乗った。次の瞬間、グリフォンは翼を広げて天高く舞い上がったのだ。
「なっ…! 待て!」
王子の制止の声も虚しく、グリフォンは庭園の上を一度旋回すると、再び私たちの前にふわりと降り立った。そして、私とカシウスも乗せようとした。
「ふん。私を置いていくつもりか」
王子が、自らも乗ろうとグリフォンに一歩近づいた、その時だった。
「グルルルルァァッ!!」
グリフォンは、先ほどとは比べ物にならない、明確な敵意と拒絶を込めた唸り声を上げ、王子を睨みつけた。王子が差し出した不自然な魔力を纏う餌によって、完全に警戒心を抱いてしまったのだろう。
王子は、顔を屈辱に歪ませながらも、一歩後ずさった。神獣からこれ以上の拒絶があっては、王族としての威厳が失墜する。
「……よかろう。神獣の機嫌を損ねては元も子もない。好きに飛ばせるがいい」
王子は忌々しげに舌打ちをしながらも、それ以外の選択肢がないことを悟ったのだろう。
こうして、私たちは『賓客』という名の鳥かごから、堂々と飛び立つ権利を得た。




