5.
「とにかく、おまえのは予知夢さ。レディとしては失格のおまえだ。このままゆけば、たとえ七十歳や八十歳のおじいちゃんにだってもらってもらえないだろう? ということは、ラザフォード公爵家令嬢として、何の役にも立てないわけだ。夢で予知ができるというスキルがあれば、父さんの役に立てるぞ」
「いくらなんでも、七十歳や八十歳のおじいちゃんと縁談があるわけはないわ。それこそ、ラザフォード公爵家がバカにされているじゃない。それに、嫁ぐだけが父さんの役に立てるわけじゃない。剣や馬術や軍事学を学んで完璧になれば、父さんの側近になれる。兄さんだって、それを目指しているんでしょう? わたしだって、母さんみたいに平民のレディなのに、のし上がって東部方面司令長官の側近になって父さんの役に立てるはずよ」
母は、平民の出身だ。母の両親、わたしにとって母方の祖父母は、母が幼い頃に戦争で死んでしまった。母は戦時中に父と知り合い、当時の東部方面司令長官だった父の父、つまりわたしにとって父方の祖父の援助で、軍の幼年学校に入学した。そして、母はあらゆる差別や偏見にめげず、上流階級の子弟よりも倍の歳月をかけて卒業した。しかし、母は卒業後、本来なら少尉なのに一兵卒と、さらなる差別や偏見に晒された。母は、それにもかかわらずほんとうに底辺から出世し、父さんの側近にのひとりにまでのぼりつめたのだ。
もっとも、すでに佐官まで昇進していた父が陰ながら助けていたからでもあるけど。それでも、母の努力や苦労は計り知れない。
わたしは、そんな母を尊敬している。もちろん、父のこともだけど。父は、すごすぎて目指せないけれど、母の背中を追いかけるということはできるかもしれない。
というわけで、物心ついたときから将来の夢は「父さんの側近」になって母を越えるということ。そのために、剣や馬術やさまざまな勉強をがんばっている。
「まっ、母さんを越えられるレディはいないだろうけどね。もちろん、おまえだっていまのままじゃぜったいにムリだ。それに、母さんみたいになったら、ぜったいに嫁の貰い手がなくなるぞ」
「そこは、同意するわ。父さんは、ラザフォード公爵家の当主として身近な母さんを妻に迎えたのに違いないわね。というか、父さんはレディが苦手だもの。子どもの頃からの友人である母さん以外のレディは、ムリだったのよ」
「いえてる」
いまのは、兄とわたしの共通の認識だ。いつもそう言って笑っている。
いまもそう。大笑いしてしまった。
「こらっ、あなたたちっ!」
母の怒鳴り声で兄といっしょに飛びあがった。
「父さんはね、だれでもいいというわけじゃなかったの。母さんのことを、ほんとうに愛しているの。父さんは、母さん以外のレディはすべてイモかカボチャに見えるのよ」
いつの間にか母がやって来ていた。
気配や気を感じさせず、悟らせないところは、さすがといえる。
「母さんのことを悪く言った罰として、今日は父さんのところに行って手伝ってきなさい。そうしたいんでしょう?」
「ほんとに?」
「ほんとうに?」
母の罰に、兄と顔を見合わせた。
ちゃっかりしているわたしたちは、すぐにやることをすませ、父のもとへと向かった。
それぞれの愛馬を駆って。