4.
「父さんは? まだ戻って来ないのかしら?」
「まださ。三日前の豪雨で堤防が決壊し、その後始末で忙しいんだ」
「すごい雨だったものね」
素振りをしながら、現場にいる父のことを思いやる。父のこともだけど、その地域に住んでいる人たちは、不安と不便を強いられている。そのことを考えると、胸が痛くなる。
「自分が役立たずだって、口惜しくて情けないよ。子どもだからじゃない。強くてなんでもできれば、おれも連れて行ってもらえたんだ。父さんやみんなの手伝いができたんだ」
「わたしもそうよ。せめて炊き出しの手伝いとかちいさな子たちのお守りとか、そんなことならできるんだけど」
「おまえは、いいよ」
「『おまえは、いいよ』ってどういう意味よ」
ふたりとも、素振りの手が止まっている。
兄とわたしは、毎朝と毎夕かならず練習用の剣を千回ずつ振っているのだ。
ケンカをするときのように、兄さんと対峙した。
「おまえの予知夢のお蔭で、すくなくとも死者はでなかったんだから」
「予知夢ですって? 父さん曰く、『子どもの戯言』よ? 今回のことだって、父さんたちが大雨で領地内を見まわっていたときに堤防が決壊しただけよ」
怖い夢を見たと父や母に告げると、笑われてしまったのだ。
「おれは、父さんのいう『子どもの戯言』とは思わないけどな。今回だけじゃない。土砂崩れや橋の決壊や盗賊の襲撃だってそうだ。それから、国境の向こうのライドン帝国の越境騒ぎだってそうだ。そのどれもが、おまえが見た夢の通りだった。偶然やそんな気がした、では片付けようがない」
兄は、いつになく真剣だ。バカにしたり揶揄ったりしない。
その彼のヤンチャ系だけど整った顔立ちに、なぜか胸騒ぎを覚えた。
「ちょっと、兄さん。いったいなにをたくらんでいるの? わたしを持ち上げまくって、なにかせしめようとでも? まさか、今年の競馬大会でわざと負けろっていうんじゃないでしょうね? 今年のローズの調子なら、兄さんのウィンディに負けないでしょうから」
「そんなわけはないだろう? おれのウィンディの調子だって、ローズに負けてやしない。なにより、騎手の腕が違いすぎる。だから、いかさまとか八百長なんて必要ない」
「そう。じゃあ、他のことね」
「だから、そんなことじゃないってば。リオ、おまえは……」
兄は、何か言いたいことがあるらしい。が、言いかけて口を閉じてしまった。
「なによ? いったいなんなの、兄さん?」
「なんでもない」
「はあ? 言いかけてなんでもないって、いったいなんなのよ?」
いつくらいからだろうか。兄は、ときどきこんなことがある。何かを言いたげなのに、結局何も言ってこない。
彼が何かを隠していることは間違いない。