21.
ホットチョコレートとクッキーを準備し、子どものときのように話をしようと誘ったのだ。
兄とわたしがまだ子どもの頃、両親に隠れてホットチョコレートとクッキーを準備し、あるときは寝台の上で毛布にくるまり、あるときは温室の中で、あるときは厩で馬たちと一緒にと、夜更かしをした。
もっとも、父も母も気がついていた。気がついていて、気がついていないふりをしてくれていた。
それでも、当時はワクワクどきどきが止まらなかった。
いまにして思えば、兄とのいい思い出である。
そんな子どもの頃の話で盛り上がった。
というか、ほんとうに話したい、というか話さなければならないことを切り出せない。
兄はときおり真剣な表情になり、口を開きかける。それもまた、あいかわらずである。
無邪気でのんきでやんちゃな時代を卒業した頃から、彼はときおりそんななにか言いたいのに結局は口を閉じてしまう。ときおり、そんな仕草をしていた。最初の頃は、問い詰めたかった。だけど、しだいに怖くなった。
問い詰めるのは簡単だ。しつこく問い詰めれば、兄は話してくれたかもしれない。怖いのは、その内容だ。
なぜかはわからないけれど、兄がわたしに話したがっていることは、わたしにとってよくないこと、あるいはショックなことだと想像しているからだ。
そんなふうに想像しているからこそ、問い詰める勇気を持てないでいた。
そしていままた、兄はなにかを言いたそうにしている。
いや。告げたいといった方がいいかもしれない。
これまで漠然とした不があったけれど、今夜にかぎっては尋ねたくなった。
いや。なぜか尋ねなければならないと思った。
兄の話を聞かなければならない。
そんな衝動にかられた。
「お兄様、なにか言いたいことがあるんじゃないの?」
そう尋ねた自分の声が、じゃっかん震えていることに気がついた。
兄も気がついたかもしれない。
「リオ。おまえこそ、おれに話しがあるんだろう?」
彼は、ローテーブルの向こうで両肩をすくめた。
病のために落ちてしまった筋肉は、じょじょに戻ってきている。
「わたしは……。わたしは、あとででいいわ。お兄様からさきにどうぞ」
「なんだって? いつだって妹ファーストのおまえが、こんなときだけおれに譲る?」
「失礼ね」
「それに、おれは妹想いの兄だ。いまも妹を想っているから、さきにおまえの話を聞くよ」
「ちょっと、だれが妹想いなの? 幼い頃から兄貴風吹かせて、ずっと威張っていたじゃない」
笑ってしまった。
口では可愛げのないことを言ったけれど、彼はちいさい頃からわたしの面倒をよくみてくれた。それから、助けてくれた。なにより、心の支えになってくれた。
だからこそ、彼にはしあわせになってもらいたい。お父様は、いずれは引退する。彼はラザフォード公爵家の当主になるとともに、公爵位を継ぐ。
兄は、お父様に負けず劣らず立派な当主であり公爵になる。そのことは、太陽と月がなくならないのと同様確実なこと。
わたしは、そんな彼の行く末を見届けることはできない。こうなってしまった以上、わたしはもうラザフォード公爵家に帰ることはできないのだから。
それだからこそ、やはり兄は王宮に行くべきではない。わたしについて来てはダメなのだ。
そう。いずれ彼は、かれにふさわしいレディを迎え、そのレディとの子どもたちといっしょに家族全員でしあわせになる。いや。しあわせにならなければならないのだ。
わたしは、そのことも見届けることはできない。
そう考えると、胸のあたりがチクリと痛んだ。
いままでそんなことを考えたことはなかったのに、ここにきて急にそんなことが頭に浮かぶなどとは……。
(もしかして、わたしって書物に出てくるブラコンだったの? 兄とか弟とか、兄弟を愛してしまうってパターンなの?)
自分の考えに愕然としてしまった。
が、いまそのことはどうでもいい。もしもそうだとしても、どうにもならないのだから。
そんなどうでもいい疑惑より、わたしがもっとはやく勇気を持っていたら、ずっと前に兄に一緒に来ないよう説得したのだ。兄が説得に応じる、あるいは納得するかどうかは別にして、お父様とお母様と三人で話しをしたのだ。
「おまえが話しだすのを待っていたら、夜が明けそうだよ。だったら、おれが話そうか?」
兄は、大きな溜息とともに言った。
「最初から素直にそうすべきだったわね」
またしても憎まれ口を叩いてしまったけれど、兄はそれをスルーした。
そして、真剣な表情で話し始めた。
兄だけではない。お父様とお母様、みんながずっと抱え込んでいた秘密を。ずっと黙っていた隠し事を……。




