第97話 旅立ち
「シスタークウリ、忘れ物はありませんか? お金はちゃんと足りますか? 足りないのであれば、やはり報酬を受け取って……」
「だから大丈夫ですって。シスター、心配性が過ぎますよ? これでも結構稼いでるんですから」
街を離れるという事で、お世話になった人に挨拶してくるかーって話になったのだが。
シスターオーキットがずっとこの調子。
旦那さんのイシュランさんも一緒になって、ずっと心配そうな表情を浮かべている。
「これから寒くなりますからね、野営の際の布団は厚めの物にしましたか? コートはありますか? 私が言う事では無いかも知れませんが、ご飯はしっかりと食べるんですよ? ホラ、コレを持って行きなさい。少々辛いですが、とても身体が温まる調味料です。辛い物が苦手でないのなら、沢山持って行きなさい」
他のメンバーの教官とかは「んじゃな! 元気でやれよ!」みたいな雰囲気だったのに。
この夫婦だけは最後まで残って、俺達の心配をしてくれている。
いや、とてもありがたいんだけどね?
有難いのだけど……恥ずかしいのよ。
「皆様、シスタークウリは思い立ったらすぐに行動する癖があります。どうか、その辺りもよく監視して下さいませ」
「よ、よく存じております……」
イズが苦笑いを溢しつつ、シスターの声に応えているが。
存じているって何だ、オイ。
オカンが二人になった気分だぞ。
「シスタークウリ、色々な事に首を突っ込むのは貴女の自由です。しかし、身に余る面倒事だってあるんですからね? ですから、程々に。仲間達の意見をちゃんと聞いて、自らの許容範囲を超えるのなら手を引くのだって、生きる為の術なのですからね?」
「あ、あはは……こっちからも、ちゃんと言い聞かせておきます」
ダイラの声に、非常に心配そうに声を続ける神父。
もぉぉぉ! なんなの!?
何か俺だけ滅茶苦茶問題児みたいな雰囲気になってるんですけど!?
などと思いつつ、ウガァ! と吠えてみれば。
シスターオーキットは此方を抱きしめ。
「辛くなった時は、ここに戻って来なさい。この街が、あの教会が、貴女の第二の故郷となる事を……私は、望んでいます。私にとって貴女は恩人であり、問題児であり。ソレでいて、一番教えがいのある聖職者でしたから。シスタークウリ、いってらっしゃい。貴女が望むその先に辿り着くまで、好きに進みなさい。でも……帰る場所はあるのだと、覚えておいて下さい」
「私達は、いつだって“おかえりなさい”と言ってあげますから。我々が生きている限り、君の帰還を待っていますよ、シスタークウリ。いってらっしゃい」
二人のその言葉を聞いた瞬間。
ストンッと、この二人がココまでしつこく見送りに来た理由が理解出来た気がした。
効率とか、利益とか関係なく。
そして逃げ場所を確保してくれるくらいに、二人は俺達の事を案じてくれている。
そんな心配ないって言ってやるのが、一番良いんだろうが。
でもこの好意に答えるのもアリなのかなって思える程に、二人は俺達の事を思ってくれているみたいだ。
面倒みてやるから、駄目だったら帰って来いって。
そう言ってくれている気がするのだ。
こんなの事、親でもないのに言うもんなのか?
思わずそんな事を思いながら、フフッと笑ってしまったが。
「コレと言って俺等には目的とかないんで、またフラッと戻って来るかもしんないです。その時は、またお邪魔しますね」
「えぇ、いつでも。そしたら今度は、研修だけではなくそのまま修行なさいな」
「そ、それはちょっと……」
なんて、いつも通りの会話をしつつ苦笑いを浮かべてしまった。
そのまま聖職者になるつもりはあんまり無いが。
もしも、本当にもしも。
旅を続けても何も成し遂げられず、目的さえもないまま、“こちら側”でずっと生きていく事になった場合。
ここに戻って、そういう生活を始めるのも悪くないのかもしれない。
「んじゃ、シスターオーキット、イシュランさん。いってきます」
それだけ言って、今度こそ俺達は街を出た。
御大層な目的も、目標も無いアテのない旅。
いつまでこんな事をするのかも分からないし、最終地点をどこにするのかなんて事も考えてはいないのだが。
「結局何も見つからなかった場合は、ココに戻って来るか? 今までに無い程、ココの人達は受け入れてくれたしな」
「随分と気に入られたみたいだねぇ、クウリ。何かもうあの二人、孫を見る目になってたよ」
イズとダイラから、そんな風に言われてしまった。
各々この街で過ごした時間は、結構有意義なモノだったらしく。
かなり気に入っている雰囲気は見られるのだが。
「でも実際の所、どうするよ? 俺等の目標。やっぱ“元の世界”への帰還ってのがありきたりだけど、お前等その辺どう考えてんの? 割と今まではそっちの話題避けて来たけどさ」
テクテクと歩きながら、そんな話題を上げてみた。
こんな雑談みたいに話す事ではないと分かっているのが、どうしたって個人の事情を聞き出す事になるので、のらりくらりと避けていた話題。
かといって、改まって真剣に話そうとすると……特にトトンが話題を避ける傾向にあったので、この程度で丁度良いんだろう。
なんて、思っていたのだが。
「皆が帰るっていうなら……諦めて俺も戻るけど。嫌だなぁ、俺は。あんまり帰りたくない」
トトンに関しては、やはり暗い顔をしながらそんな事を呟いた。
家庭の事情とやらを少しだけ聞き齧っているので、やっぱりかという感想になってしまう。
本来なら大人として、残された家族が心配してる~とか言うべきなのだろうが。
生憎と俺はそんな綺麗事を言うつもりは無いので。
「そか、それならそれで良いさ。イズとダイラはどうだ?」
軽く流してしまった訳だが、実際選択肢としてはソレも有りだと思っている。
周りの迷惑とか、心配とかもう完全に無視して。
こんなアバターを手に入れた以上、ソレを活用すればある種“特別”な存在になれるのは確か。
もしも“向こう側”が生き辛いというのなら、こっちを選ぶのだって本人の自由というものだ。
「俺は……そうだな。戻りたい気持ちは強い、かな? しかし実際に“戦闘”というものを味わえる世界、というのも捨てがたいとは思う。“向こう側”では、そう言う訳にもいかないからな」
「元々武闘派ってのは分かってるけど、ソレは結構アバターの影響受けてねぇかー? 戦闘狂みたいな発言だぞー?」
「フフッ、確かにな。だから俺としては、どちらでも有りかなとは思う。ただ親族には不義理を働いてしまうから、そこだけはどうしたものか。という所だ」
ということで、イズからは模範的な回答を頂いてしまった。
そんでもってダイラに関しては。
「俺はその……イズと一緒で親には申し訳ないなぁって気持ちはあるけど、出来れば“こっち側”が良いかなぁって。向こうに戻っても、ホント……何にも出来ないフリーターに戻るだけだし」
こっちもこっちで、若干影を落としたような表情を浮かべている。
トトンとダイラが戻りたくない側で、イズは中間って所なのか。
俺に関しては……どうなんだろう。
一般的な事を言えば、当然戻った方が良いのだろう。
だがしかし、皆と同じ様に俺だって“向こう側”では普通の人間。
特別でも何でもないただの一般市民。
だからこそ“何者かになりたい”という願望だって、抱いた事はあった筈だ。
そして今のこの状況は、間違いなく“特別な存在”というものを手に入れたのだろう。
それにアバターの影響なのか、こんな血生臭い世界でも普通に適応してきているのも確か。
だったら全部投げ出して、こっちに残るというのも悪い選択肢ではない気もして来るが……。
「俺は……どうしたいんだろうな」
ポツリと呟いて空を見上げてみれば、それはもう旅日和と言わんばかりの青い空。
コッチの世界ではネットも無いし、不便だし、娯楽も少ない。
環境だって、衛生面だって“向こう側”の方が断然上なのは分かっているのだが。
こちら側に来てから、そういう不便さに絶望する事の方が少なかった。
それは間違いなく、仲間達が居たから。
コイツ等と一緒に居れば娯楽に飢える事も無いし、環境だって自分達でどうにかしようって発想の方が先に出て来る。
つまり俺は、この四人で居る事が楽しいと感じているのは間違いない。
それを壊してまで元の世界へ帰りたいかと聞かれると……いや、そういう事じゃない筈だ。
俺に関しては、それこそどちらに転ぼうと“選択肢”を見つけないといけない立場にあった筈。
このパーティのリーダーであり、仲間達を導かなくてはいけない存在。
であれば、その選択肢を見つける所までは絶対にやるべきだ。
あるのかどうなのか分からない、で済ませる事は許されない。
少なくともイズは戻る事を拒否している訳ではない。
で、あるのなら……。
「また難しい顔してるよー? クウリ」
「まだ戻れるかどうかも分からないんだ。可能性を探す旅をするのも悪くないが、今決断する必要は無いさ」
「そもそも“向こう側”で俺達がどうなっているってのも分からない訳だし、今考え込まなくても良いって。向こうでは行方不明になってて、家賃やら税金が全部滞納されてた上に、仕事も無断欠勤、クビ。なんて事になっててもおかしくないよー」
ぐはっ!
最後のダイラの言葉で、ちょっと戻りたくなくなって来た。
ま、まぁそう言う可能性もあるって事で。
今後ゆっくり考えながらやって行けば良いか。
思わずため息を溢しつつ、俺達は次の街に向かって足を進めるのであった。




