第96話 魔王の微笑
この街に来てから、基本的に出費だけになってしまっている様な状態だが。
ではこの街でお仕事しようかと考えると、どうにも仕事を受ける競争率が高いらしい。
そうだよね、教える人がいっぱい居るのなら、現地の人も強くなるしね。
と言う事でギルドの様子を見てから、すぐに出発の準備を始める俺達。
うん、無理。
俺等の体格で、人混みに突入して仕事が取れる訳がない。
イズなら何とかなるかもしれないが、アバター状態の俺達が人を押しのけたりしたらどうなるか分からないし。
残り物の仕事じゃロクなのが無さそうだし。
そんな訳で、とっとと宿に戻って来てしまった。
「いいのか? 稼がなくて」
「ま、幸いまだ貯蓄はかなりあるしな。あとあの“魔女”の遭遇場所から、もっと離れたい気持ちもある」
「そ、それは確かに……ヤバいでしょあの人……」
なんて会話をしていれば、トトンだけはギリッと奥歯を噛みしめた。
普段は見ない様な態度に、驚いて視線を向けてみれば。
「次に会ったら、絶対俺中心の動きにして……むしろイズがサポートに回って。アイツだけは、絶対に許さない。次は絶対に捕らえる」
何やらトトンに関しても思う所があるらしく、ビリビリと感じる程の敵意を放っているが。
「くぉら、トトン。そんな頭に血が上ってると、また痛い目見るぞ」
ベシッと相手の脳天にチョップを叩き込んでみたが、流石は物理前衛。
全く効いている雰囲気も無く、此方を振り返ってから。
「全部俺が受ける、少しだけだけど前よりも強くなったし。それにやり方を変えれば前みたいにはならない、だからクウリは前よりも距離を取って戦って」
「いや、んな事言っても……俺等のやり方だと、どうしたって仕方な――」
「怪我するのなんて、本来前衛の役目なんだよ。後衛に攻撃を届かせちゃうタンクとか、意味ないから。今度は、絶対止める。全部俺が受けるよ」
あの時、俺に攻撃が向かってしまった事を気にしているのはイズだけだと思っていた。
妙に“強くなる”事に固着した雰囲気があったし、本人も“この世界”の剣術を覚えようと躍起になっている様にも思えた。
しかしながら、それはタンクであるコイツも同じだったらしく。
ギリギリと拳と奥歯を鳴らしながら、復讐心に燃えているのが分かった。
なるほど、ね。
感情的になるとアバターの影響を受けやすいのかもって、イズはそう言っていたが。
確かに、その通りなのかもしれない。
今のトトンからは、普段のコイツでは想像出来ない程の“殺意”を感じる。
こんな小さい身体で、見た目だって可愛らしいと感じられる程の外見なのに。
コイツから放たれている気配は、どこまでも鋭い。
それこそ、肌に刺さるかって程に。
と言う事で。
「そぉい!」
「ふぎゃぁっ!」
とりあえず、相手の頭に全力でチョップを叩き込んだ。
今回は結構な勢いで叩き込んだ影響か、悲鳴を上げながら頭を押さえて此方を見上げて来たが。
ったく、コイツは。
「悪かったよ、トトン。俺が軽はずみな行動を取ったから、怖くなってんだろ? でも次は大丈夫だ。検証も済んだし、前回みたいな結果にはならない」
「でも……」
「でもじゃねぇ、アイツはアレくらいやらないと勝てない相手だっただろうが。だから次も無茶するかもしれねぇ、だがそれは……お前等が居るから出来る事なんだよ。マジで助かってるよ、頼りにしてる。でも前衛だけが無茶をすりゃいい訳じゃない、無茶するのなら全員で、だろ?」
そういってガシガシと頭を撫でてみれば、トトンは俯いてしまい。
「嫌だよ、もう。あの時クウリが死んじゃったんじゃないかって、本気で怖かった。だって奥義に呑み込まれたんだよ? 跡形も残らない攻撃に呑み込まれて、復活も出来ないかもって。そんな事になったら、俺は……」
悪かったって、あの時はアレしか無かったんだよ。
細々とした技を使うより、大火力を相手に叩き込んで様子を見る。
ゲーム時代なら、それで済んだのだが。
リアルでやると、流石にトラウマ級になってしまったらしい。
とはいえ、ココで適当な言い訳とか慰めの言葉なんか紡いだところで、トトンは納得しないだろう。
だからこそ。
「ハッ! あの程度で俺が死ぬ? 馬鹿言ってんじゃねぇよ、舐めてんのか? 俺は“魔王”と呼ばれたプレイヤーだぞ? お前がいくら心配しようが、不安になろうが、最後まで高笑いを浮かべてんのが魔王ってもんだ。だから下らない心配なんぞしてないで自分の仕事をしろ、トトン。お前の出来る事は何だ?」
「皆を、守る事……」
「ならソレに集中しろ、頼りにしてるぜ? そうすりゃ、俺達は絶対に死なねぇ」
バシッと肩を叩いてみれば、トトンはブンブンと首を縦に振ってくれた。
先程までの刺々しい雰囲気は、今は無い。
だったら、もう大丈夫かな。
「旅の準備しろ、トトン。俺等は今生きてる訳だからな、生活面だって色々必要になって来るぞ」
「うい! 了解!」
そんな返事を返してから、トトンもまた旅支度を始めるのであった。
確かに俺達は、かなり優遇されていると言って良いだろう。
アバターにスキル、そして能力面だって。
しかしながら、そんな俺達より強い相手が見つかったのだ。
だったら、油断は出来ない。
それ相応の準備をして、普段の事も考えながら備えておくしかない。
だがしかし、俺達が警戒している相手に今度会った時は。
「初見ほど上手く行くと思うんじゃねぇぞ? ゲーマーってのは、繰り返す度に効率を上げる存在なんだよ」
クククッと笑い声を洩らしながら、暗い微笑みを溢すのであった。
トトンとイズを圧倒する剣士? 上等だ。
次は俺だって最適解を求めて指示を出す上に、最初からダイラが居るのなら手の打ちようはある。
覚悟しろよ、魔女。
お前の実力がアレで限界だってんなら、次回は俺等の圧勝になっちまうぞ?
正直、俺達にだって色々な戦い方がある。
手を変え策を変え、二回目ならお前をもっと苦しませてみせよう。
それが、俺達プレイヤーって奴だ。
一度目より二度目、二度目よりも三度目。
その都度、格段に強くなる相手に……お前は、何処まで対抗出来る?
なんて、皆が旅の準備をしている中、一人暗い笑みを溢していれば。
「おいクウリ、さっさと準備しろ」
「あっはい、すみません」
イズから、スリッパを投げられてしまった。
まずは目の前の事っすよね、すみませんでした。




