第94話 お世話になりました
「どう思いますか? イシュラン」
研修が終わった者達を見送りながら、正門に視界を投げていれば。
そんなタイミングで、怪我をした子供が訪れてしまった。
相手が子供だからこそ、判断が難しい。
大人なら中へ案内し、治療。
その後お布施と言う名の治療費を頂く、それが普通。
今の教会の在り方というのは、そう言う物だ。
だというのに、真っ先に彼女の元へと走ったのは……あろうことか、問題児のシスタークウリ。
随分と丁寧に治療し、その後ローヒールを掛けている様だが……全く、あの子は。
その行動でご飯を食べている人が居るというのを、もう少し自覚するべきですね。
なんて、呆れたため息を溢してしまうが。
夫に関しては、また別の感想を抱いているらしく。
「あの子らしいじゃないか、困っている人が居た時に無意識に駆け寄ってしまう。それに見てごらん、転んでしまった影響なのか、服も随分と汚れている。でもあの子は普通に抱きかかえた、自らが汚れるなんて考えてもいないんだろうね。あぁいった行動は、普通なら出来ないよ」
などと言いながら笑っているが、正直教会の人間としては問題行動だ。
我々の治癒魔術だって、タダで行使してしまえば後々問題になる。
だからこそ、しっかりとお金を取る。
そうしないと、キリが無いから。
それが分かっている筈なのに、研修生を見送るイシュランの顔は晴れやかだった。
「良いんですか? あのままやらせて、ホラ……彼女は意外と人気者です。研修生達が集まってしまいましたよ?」
「ハハッ、若いというのは素晴らしいね。どんな立場であろうと、皆仲良くなれる。それをシスタークウリは証明した訳だ。今回の研修生、貴族の少年少女だっていたのだろう?」
「立場は隠していましたけどね。まぁ、居ました。皆シスタークウリの“夜遊び”で仲良くなってしまった様ですけど」
聖魔法の適性を得た者が、教会で教えを乞うのは当然の事だ。
しかしながら貴族出身の人間なら、こんな生活に満足出来る筈がない。
最初の一週間で脱落した者が殆ど、残ったのは本気で聖魔法を覚えたいと思っている若い貴族達。
だがしかし、教会の研修ではそう言った立場や権利を振りかざす事は禁止されている。
だからこそ、皆平等に研修生をやっていた訳だが……シスタークウリは誰も彼も平等に接し、巻き込んでみせた。
その結果生まれたのが、立場は違えど同じ服に身を包む修道院生が彼女を取り囲む光景。
何やっているんですか、貴女は。
なんて、思わず言いたくなってしまったが。
ふと、彼女の鼻歌が聞えた。
耳なじみが良く、あの子の声が心の中にまで響く様な不思議な音色。
普段はあんなにギャーギャー騒いでいるのに、この時だけは本当に良い声で歌う。
彼女の声の良い所だけを聞かせてもらっている様な、不思議な感覚。
「全く、まだ月は出ていないというのに」
「でも、効果はあるさ。弱い光だとしても、やはり月は彼女の味方をする。あの歌声に、何度も助けられた……というか、アレがあったからこそ。今の私が存在出来るんだからね」
そういって指さすイシュラン。
その先には、日の光とは別の輝きを授かるシスターの姿が。
私が見て来た中で、一ヶ月研修に入った生徒の中では最も劣等生。
というか、問題児も良い所だ。
本来の修道女なんて言えば、全てにおいて制限を掛けた生活を送る。
だというのに、彼女は。
やりたいように、やっていたのだから。
「全く、皮肉なモノですね。我々の教えに背く彼女が、あの中では誰よりもシスターという存在から遠い彼女が、“特別”な何かを手に入れるなんて」
「普通なんて、結局我々の尺度でしかないということなんだろう。実際彼女と共に“いたずら”をした生徒程、良く伸びている。やはり人間、ある程度の発散は必要という事だよ」
クククッと笑う彼は、未だ謳っている彼女の背中を眺めながら、優し気な視線を送っていた。
私だって、教会の教えが全て正しいとは思っていない。
だが現状、信仰者の段階……とでも言う様な仕組みさえ取り入れようとしているのは確かだ。
聖職者、というか聖魔法を行使する人間としての位の上下。
それは確かに明確になっていた方が、相手としてはありがたいのだろう。
しかし私が、彼女。
シスタークウリにランクを付けようとしたら、どんな結果になるのだろう?
普段は非常に不真面目、授業中の居眠りやサボりはいつもの事。
使えるのはローヒールのみ。
コレだけなら、最底辺の烙印を押す他無いのだろう。
だがしかし、彼女は月の加護とも言えるリジェネを使えるのだ。
そしてその実績は、そこら辺の聖職者など凌駕する事だろう。
更には、怪我をした少女に真っ先に駆け付けるシスター。
ではその彼女を、どう評価すれば良い?
実際、この位を偽って仕事を受けたり。
お金の力で高位のランクを手にした聖職者だって発生した、なんて噂だってあるくらいだ。
そう考えれば、この制度が穴だらけなのが目に見える。
だとすれば。
「やはり、個人を見る他無い。と言う事ですかね、直接的に」
「その通りだと、私は思うよ。実際ローヒールしか使えないのに、あの子供の元に駆け付けたのは彼女だ。それは、聖職者として何より素晴らしい行動だと……私は思うけどね」
「理想と現実、実績と行動力。それは他者からの評価に左右されるべきではない。と言う事ですかね。確かに、今この場で一番シスターらしい行動をしているのは……彼女です。全く、普段はあんなにお転婆娘だというのに」
「しかし怪我した女の子からすれば、彼女は間違いなく理想のシスターだろうね。困った時に、優しく微笑みながら助けてくれる存在だ」
「それでも本来は、お金が掛かります」
「きっと彼女は、理想の中に生きているんだろう」
そんな事を言いながら、二人して困った笑みを浮かべていれば。
彼女の詩が終わった後、シスタークウリは女の子を抱えて教会に戻って来てから。
「シスター、この子寝ちゃったから聖堂の長椅子で寝かせておいて良い? 街中のベンチじゃ流石に危ないっしょ?」
何てことを言いながら、問題児は聖堂の隅っこに女の子を横にするのであった。
本当にもう、この子は……。
最後の最後まで手間を掛けるのですから。
などと思いつつ、別れを済ませ。
いつも通りの仕事に戻ってみた……筈だったのだが。
「うひゃぁぁぁ!?」
そんな悲鳴が上がり、慌てて聖堂に戻った私達の前には。
「あ、あの……多分、あのシスターさんからの置手紙と……この、お金が……」
ずっと聖堂の椅子の上で眠っていた彼女が、掌に乗せている物。
そこにはそれなりの額の金貨と。
『この子の滞在費と、治療費。それから、もちっと研修生の飯の質向上を提案します』
という殴り書きが。
本当に、全く。
金銭と手紙を受け取り、緩く微笑んでから……その手紙を、思い切り握り潰した。
あの子は、本当に……!
「だから普通の教会の食事はこんなもんだって何度も言ったでしょうが! ココの研修だけが貧相だった訳じゃないとアレほどっ! ソレに慣らす為にやっていたというのに……というか私達からの報酬を受け取らなかったのに、何で更にお金を置いて行くんですかあの子は!」
「オーキット、落ち着いて……」
夫のイシュランに抑えられながら、あのお馬鹿シスターに文句を叫ぶのであった。
無いとは思うが、アレがまた修道女として登場したら絶対にしごいてやるんだ。
今度こそシスターらしい行動を取れる様、徹底的に調教してやる。
そんな事を思いながら地団駄を踏んだとて、あの子がシスターとして戻って来る未来は、全く想像出来ない。
旦那の呪いの元凶を討伐した時の様な、“攻撃魔術師”としての彼女の方がしっくりくるのだ。
我々では敵わないと感じる巨悪に対し、更なる力を持って圧倒する存在。
ニッと牙を見せる程の笑みを浮かべながら、強敵に仲間達と挑んでいく攻撃術師。
当時見た彼女の方が、ずっと活き活きしていたのは確かだ。
だがしかし、ココに居た彼女だってとても人間らしかったというか。
まるで彼女の二面性を見た様で、非常にムズムズするのだが。
「決めました。私は彼女を街中で見つけたらお説教します」
「オーキット……」
「それが私の勤めであり、彼女に対しての私の役目でもあります。きっと彼女は、真剣に学びに来ていた。その上で、限界を越えた時に逃げ出した。その後お説教されるのも覚悟の上で、シスタークウリは自由行動を取ったのです。つまり」
「つまり?」
「あの子には、まだまだ怒ってあげる大人が必要と言う事ですよ。立場の上下や恩がどうとかでは無く、コラッ! って言ってあげる大人が必要なんです。そうでないと、やり過ぎてしまう甘ったれの様なので。生きていくのは、難しい事だと教えてあげる大人が必要なのかと」
「確かに……彼女の行動は、少々衝動的過ぎるね。物凄い大富豪というのなら、話は別だけど。でも、善意を振り撒き過ぎだ」
そう言って、夫も今回受け取った麻袋に目を向けるのであった。
私が少女から受け取った袋の中には、それこそ普通のお布施では考えられない金額が入っている。
というかコレ、一ヶ月研修に掛かる金額そのものじゃないか……。
夫の退職金を報酬にしようとしても、突っ返されたのに。
最後までこんなお金を渡して来るのか? 普通に考えてあり無いでしょうが。
むしろ支払わなくてはいけないのは、此方の方だというのに。
旦那が聖騎士に戻る、というのなら彼女達の力になれるのかもしれないが。
とはいえもう結構な高齢、やはり以前の金銭を報酬として差し出すのが一番現実的なのだが……多分、受け取らないだろう。
思い切り溜息を溢してから、教会に預けられた子供を家まで送り。
二人してどうしたものかと悩みながらも、シスタークウリが置いて行ったお金を金庫にしまうのであった。
冒険者というのは、そんなに儲かるモノなのだろうか?
いや、そんな筈がない。多分あの子がおかしいだけだ。
ほんと、最終日に何やってくれてるの……あの子は。




