第89話 ノーライフキング
ノーライフキング。
不死者の王、私はそう呼ばれた存在。
今では呪いその物となり、完全なる不死を手に入れた存在。
そう思っていたのだが。
「クハハハッ! どうしたどうした!? 肉体を奪ってみろよ! お前の呪いの方が強いと、そう証明してみろ!」
コイツは、何だ?
黒い鎧を纏い、大きな翼を広げ、頭には大きな角。
魔人? そう疑ったが即座に否定した。
この女に憑りついた瞬間に、コイツの基礎情報は把握している。
間違い無く、普通の人族。
だというのに、それ以外が“全て異常”なのだ。
闇魔法の耐性、闇魔法への才能、そしてこの呪いの渦。
それらに巻き込まれながらも、彼女は高笑いを浮かべていた。
普通の人間なら狂ってしまうであろう程の、暴力的な呪い。
呪いとは本来、相手を苦しめるものだ。
こんな風に、目的の人物を即死させてしまう程重ねるものではない。
だというのに、コイツは笑っている。
生前の私より、明らかに優秀。
それどころか、ノーライフキングとして生まれ変わった私より、ずっと……。
『あり得ない……あり得ないだろうが小娘ぇぇ!』
「残念ながらあり得るんだよ、ノーライフキング! 俺は何処までも“コレ”に才能を振り切った。つまりお前に劣っている項目と言えば、あり得ない特殊条件とあり得ないHP。プレイヤーには覆せないソレを除けば、お前等は俺より“下位”になるって訳だ。あぁ、楽しいなぁ不死の王様! 俺と比べ合おうぜ!? ホラホラ“呪い”の追加だ!」
その少女は、美しい銀髪を揺らしながら墓地で笑っていた。
とても楽しそうに、とても嬉しそうに。
まるで私に挑戦する事が生き甲斐と言わんばかりに……いや、違うな。
新たな可能性を試している、ただそれだけに過ぎない。
コイツと同化しているからこそ分かる。
この小娘は、私に全力で立ち向かおうとしているが。
しかし、この娘は私を見ていない。
ただの踏み台としか見ていない、そういう存在だ。
そんなのが、今回の相手。
私が憑りついてしまった“器”。
今からでも他の人間に移るべきだ、そう直感が叫ぶが。
ココは広大な墓地、しかも先程まで居た他の面々は遠くへ行ってしまった。
転移は不可能、であればこの少女を堕とすしかない。
それは、分かっているのだが。
「どうした? ノーライフキング。お前の呪いは、そんなもんか?」
ニィっと笑う少女の笑顔が、とにかく恐ろしかった。
だからこそ、“逃げた”。
彼女の外へと。
幸いココは墓地だ、しかもこの少女が召喚したアンデットも大量に居る。
だったらそれら全て支配下に置き、このまま実体化して物量で攻めてしまえば――
「はい出て来たぁ……第二形態確認っと。イズ、やってくれ」
「全く、あまりヒヤヒヤさせるな」
そんな声が聞こえた瞬間、此方の身体が炎に包まれるのであった。
いや、待て。
何が起きた? コレは何だ?
などと考えている内に、歪んだ笑みを浮かべていた少女がキッと表情を引き締め。
「トトン、ダイラは戦闘準備! 残った二人は敷地外に待機! っしゃぁ! 行くぜ!」
彼女はニッと口元を吊り上げながら、此方に向かって杖を構えた。
おいおいおい、待ってくれ。
ここまで此方の行動を予測して勝負を挑んで来たのか?
どんな知識と、予測能力があればこんな事が出来る?
思わず骨になった掌を周囲に向け、彼女が出現させたアンデット達に指令を出してみたが。
コレが大きな間違いだったと、この時気付いた。
コイツ等は彼女が用意した駒だ、そして私の能力を把握している様な言動。
だったら此方の支配下に置かれる事など、承知の上。
というかこんな“餌”があったからこそ、私は“もしかしたら”に賭けて彼女から離れてしまったのだ。
あの少女が、自らに向かって耐えがたい程の“呪い”を掛けるから。
呪いとは、別の呪いで上書きが可能だ。
しかし同じ術師からいくつもの呪いを掛けられた場合、それは全て重複する。
だからこそ、アレが使った呪いは全てこの身に襲い掛かったというのに。
本人は、何でもない顔をしながら杖を構え。
「イズは直接攻撃、トトンが雑魚殲滅! 攻撃の手を止めるな。んで、ダイラ。お前は全体防御ならぬ……全体解呪だ。全部包み込め、閉じ込めてやれ」
「了っ解! “テオドシウスの城壁”!」
集まって来た奴らの一人、聖職者の様な恰好をした相手が叫ぶと同時に。
周囲は金色の光と幻影に包まれた。
そこに包まれたアンデット達は浄化されていき、一人、また一人と消えて行く。
それでも抗うモノに対しては、盾を振るう女児が呆気なく粉砕していく。
いやはや、コレは参った
自らを囮として此方を煽り、直接勝負に出た瞬間……こんなに派手な総戦力と来たものだ。
思わず、笑ってしまった。
間違い無く、私はあぶり出された。
更には挑発に乗った結果、このザマだ。
視界に映る彼女の姿を、言葉にして表現するとしたら。
『魔王……』
「残念だったな、ノーライフキング。お前の呪いは、ココで終焉だ」
月光を背に浴びながら、ニッと微笑み翼を広げる魔王。
その瞳は怪しく紫に輝き、誰も彼もを服従させる威厳を保ちながら。
此方には、赤い鎧の剣士が刃を突き立てて来た。
「終わりだ、ノーライフキング。ココで死ね」
突き刺さった刃からは炎が溢れ出し、この身を焦がしていく。
あぁ、なるほど。
上には上が居る、まさにその通りだ。
こんな骨の身体になっても、更なる闇魔法使いに出会い。
もっと言うなら、この身を殺す炎の使い手とも出会った。
やはり人生とは、面白いモノだ。
そんな事を思いながら、相手の炎に焼かれている間。
『魔王、貴女の名は? せめて、手向けとして教えて欲しい』
全身をあり得ない火力の炎に焼かれながらも、目の前の呪術師に手を伸ばしてみれば。
彼女は笑いながら翼を広げ、月光を背後に口元を吊り上げて見せた。
「クウリだ。覚えておけ、ノーライフキング。次に仕える相手は、俺かもしれねぇぞ? もしもこのスキルが上手く発動していれば、お前はもう俺の物だ」
クククッと笑う彼女。
黒い鎧、大きな翼、そして角。
輝く紫色の瞳は、今も何かの魔術を使っているのだろう……そして。
『前に呪った男に行使した、月光の加護を……私にも』
「あぁ~アレか? リジェネか? アレで祓われたいって事? 別に良いけど。俺の魔力が乗ってるから、悪霊と相性良い……とかなのかな」
『有難き、お言葉』
そう告げて、燃えカスの様になってしまった身体で跪いてみせれば。
彼女は、月の光に照らされながら歌声を響かせた。
これこそ、祝福。
神から与えられるギフト。
そんな物を、死ぬ間際に受け取ってしまうのであった。
この人こそ、魔王だ。
誰よりも優しい、癒す為の魔王。
もしも次に生まれ変わる事があれば、この人の為に全てを使おう。
そうすればきっと、満足の行く人生が送れる筈だから。
『感謝、致します』
「よく分かんねぇけど……お疲れ、ノーライフキング。お前の物語は、一旦コレで終わりだよ」
そう言って彼女が杖を振った瞬間、意識が霧の様に擦れていくのが分かった。
あぁ、終わった。
憎しみも、苦しみも。
全てこの胸に抱いたままだったが、それでも……この人が祓ってくれた。
もう、どうでも良いかって。
今だったら思える。
そんな感想を胸に抱きながら、風と共に私の身体は崩れていくのであった。
あぁ、心地良い。
恨みを忘れた心とは、こう言うモノだったか。
次に行く場所が、良い所だと良いな。
そんな事を思いながら、今では存在しない筈の瞼を心の中で閉じるのであった。
最後に、我が主君の微笑を瞳に焼き付けて。




