第87話 呪いを喰う呪い
「それでは皆様……その、お見せしますが……出来れば、取り乱したりはしないようお願いします。病気とは違って、移ったりはしませんから……」
そんな事を言いながら、扉を開けるシスター。
建物自体は教会のすぐ近くにある一軒家。
ごく普通な見た目のソレだったのだが、その扉を開いた瞬間に「ウッ」と声を洩らしてしまいそうになる程の禍々しい雰囲気が漂って来た。
そして、視線の先に居たのは。
「オーキット……帰って来たのかい?」
黒い物体が、ベッドで上体を起こしていた。
え、いやいやいや。
待ってくれ、本当に。
呪いとは聞いていたが、こんなに酷いのか?
俺の呪術だって、これ程まで視覚的影響を及ぼすものは無いぞ?
そんな事を思いながら、声のした方向に居る黒い影……多分シスターオーキットと同じくらいに高齢だと思われる、男性の声が聞こえた方に視線を向けてみる訳だが。
これは、酷い……顔なんか見えたもんじゃない。
思わず顔を顰めて、室内に漂う黒い霧の様なモノを見ていれば。
「クウリ? どうしたの?」
ダイラが、不思議そうな顔を此方に向けて来た。
え? いやどうしたのも何も。
今の光景に、コイツは動揺しないのだろうか。
困惑しつつも、周囲の者達にも視線を配ったが。
誰もが、不思議そうに俺の事を見つめていた。
いや、何だコレ。
「えぇと、すまないね……銀髪のお嬢さん。やはり呪われた者に近付くなんて、気味が悪かったかい?」
黒い影は、随分と此方を心配していそうな声を上げて来る。
しかし、やはり見ている光景は変わらず。
どういうことだ?
俺達はアバター、だからこそ見ている光景は基本的に変わらないはず。
だというのに、この黒い霧が見えているのは俺だけなのか?
ソレは何故? これまで周囲との差異は散々感じて来たが、仲間達との間にこんな変化を感じた事は無かった。
あるとすれば、“こちら側”の魔法に触れた事。
もっと言うのなら、俺が習ったのは聖魔法だ。
その辺りが関係しているのか?
なんて事を思いつつ、深く深呼吸して気持ちを落ち着けていれば。
「どうした、クウリ。流石にその態度は失礼だぞ?」
「クウリ、平気? 顔色悪いけど……」
イズとトトンに声を掛けられ、何とか頭が冷静になって来た。
やはりこの光景が見えているのは、俺だけっぽい。
なら、可能性が増えたと考えろ。
出来る事が広がったと無理矢理にでも考えるんだ。
「失礼しました。俺はクウリ、シスターオーキットにお世話になった攻撃術師です。本日は……貴方の呪いを、調べに来ました」
そう言ってから、冷や汗を拭って頭を下げるのであった。
こりゃまた、凄い事になって来たな。
※※※
相手の事情を聞いた結果、どうやらこの聖騎士さんはダンジョンで“ノーライフキング”に呪いを掛けられたらしい。
ゲームでも登場したストーリークエストのボス、不死の王。
レイドボスの様に強くは無いが、コイツの呪いは結構厄介というか、面倒くさい。
戦闘における呪いであれば、正直大した事は無いが。
ストーリークエストとして発生する“エピックシナリオ”としては、あっちに行ってこっちに行って。
アレをやって、こっちを処理してとやる事が多いのだ。
そんでもって問題なのが、この呪いを掛けた相手を媒体としてノーライフキングは復活する。
つまり、現状ではシスターの旦那さん……“イシュラン”さんの身体を使って、骨ボスが復活するという訳だ。
「どうする、クウリ」
「うぅ~ん……コレがエピックにあった呪いなのかも分からない状態だし、あんまり警戒し過ぎるのもなぁ……もしかしたら、普通に解呪出来る程度かもしれないし」
「あ、だったら一回試してみようか」
えらく軽い声を上げながら、ダイラが解呪のスキルを行使してみれば。
お、おぉ?
部屋の中に広がっていた黒い霧が、一気に消失したぞ?
「ダイラ、もう一回頼む」
「え? うん、わかった」
それだけ言って、もう一度解呪を試みるが……本人に纏わりついている黒い霧には変化なし。
溢れ出した呪いは解呪出来ても、呪われた当人には影響を及ぼさない。
つまりこれは、エピックシナリオにあった特殊な呪いと見て間違いないかぁ?
条件を満たさないと解呪出来ない、みたいな?
「クウリのリジェネはどうなの? 吟遊詩人のスキルって、人によっては解呪も出来るよね?」
というトトンの言葉により、俺の新しい魔法も試す結果に。
真っ黒に染まった相手の前で鼻歌を歌うという、非常に変な光景になったが。
だがしかし、輝かしい月の光に触れた瞬間。
「あぐっ、ウッ!」
「イシュランっ!?」
相手は苦しみ始め、シスターに支えられながら胸を押さえて蹲った……様に見えたのだが。
コレは、どういう反応だ?
若干とはいえ霧が晴れた、そのお陰でイシュランさんの顔が一瞬見えた気がしたのだが。
すぐさま元通り、真っ黒な姿に戻って行く。
効いてはいる、しかし解呪までは至らない。という所か?
ふむ、と口元に手を当てて考え込んでしまった。
もしもゲームシナリオ通りの手順を踏まないと解呪出来ないとなれば、正直諦めるしかない。
今一瞬見えた相手の顔、ガリガリだったし。
順当にクエストをこなそうとしても、そもそもクエスト自体が無い。
更には土地も違えば、同じような事を手順通りに進めるのも不可能。
とはいえリジェネがちょっとでも効いたし、ダイラの解呪でも周囲に溢れ出している呪いは解除出来た。
なら、多少無理矢理な解決法でも何とかなるかもしれないが……あんまり無理をさせて良い身体じゃないっぽいしな。
ほんと、どうしたものか。
なんて事を思っていれば。
「やっぱり、無理なのかな……ハハッ、ごめんね。こんな若い子達まで巻き込んで……アイツより強い回復術師か、呪術師を探すなんて……やはり、無理か」
彼が、ポツリとそんな事を呟いたでは無いか。
しかしちょっと待て、今なんかすんごい気になる事言ってた。
「呪術師? 何故ですか?」
「は、ははは……明確な情報ではないんだけどね。呪いは呪いを喰う、そんな話があるんだよ。強い呪いは、弱い呪いを喰って更に強くなる。だからもしも、アイツより強い呪術師が居れば……そう、思ったんだけどね。結局、試してみる事も出来なかったよ」
そう言って笑う……多分笑っているんだろう黒い物体が、俺の方に視線を向けて来たのが分かった。
つまり相手より強い呪いを掛け、ノーライフキングの呪いを殺す。
その後呪術師が解呪すれば終わりって事?
えっと、そっちなら得意分野です。




