第81話 生臭シスター×2
就寝時間がやって来た。
のだが……早い! 物凄く早い!
更に言うのなら、教会のご飯質素!
いやあえてそう言う食事を作らせて、俺達を慣れさせようとしているのは分かるよ?
でもパンとスープだけって!?
その後風呂に交代制で入り、そりゃもう忙しくベッドに飛び込んだ訳なのだが。
「ね、眠れねぇ……」
講義中はあんなに眠かったのに、ここに来てお目眼がパッチリしてしまった。
人間って不思議。
とか言いたくなるけど、絶対空腹も影響してる。
普段なら絶対もっと喰ってるし、小腹が空いた時はイズに言えば何か出してくれたし。
と言う事で、腹の虫が大合唱し始めた頃。
「よし、抜け出すか」
無理だ、このままでは眠れない。
しかも時間もソレなりだし、ちょっとそこらの居酒屋にでもお邪魔して軽食を頂こう。
そんな事を思い、俺に与えられた部屋から抜け出してみると。
(静かだぁぁぁ!)
と、心の中で叫んでおいた。
うん、物凄く静か。
宿屋の廊下なら、深夜でももう少し音がするぞ。
凄い、皆この環境にもう適応してるの?
もしかしてこんな我儘思考になってるの俺だけ?
あの食事で足りるのか若者達よ、俺には無理だぜ。
と言う事で、ソロリソロリと移動しながら教会を抜け出そうとしてみれば。
「シスタークウリ」
「うひぃぃっ!?」
裏口を開けた所で、目の前にはシスターオーキットが立っていた。
大きなため息を溢しつつ、その手には煙草。
あれ、もしかして結構生臭?
ソレを目撃しちゃった状況なのだろうか? などと冷や汗をかきながらソッと扉を閉めようとすると。
「逃げない逃げない、どうせ貴女の様な人が出て来るのは分かっていましたから」
そんな台詞と共に、ガッと扉を開けられてしまった。
やっば、これ絶対怒られるヤツ……いやまて、相手だって聖職者でありながら煙草を吸っていたのだ。
此方にも交渉する手札はある! とか何とか、思っていたのだが。
「ついて来なさい、シスタークウリ」
「え、あ、はい……」
携帯灰皿の様な物に煙草を押し込んでから、彼女は俺を連れて建物内へと戻っていくのであった。
これ、絶対お説教だってぇ……
※※※
連れて来られたのは厨房。
そして、そこにはふわりと甘い香りが漂っており。
「結局、この一週間は私達の様な存在がどういうものか知ってもらおうという期間です。なので、貴女の様な行動を取る人は少なくないんですよ」
そんな事を言いながら、オーブンを開いて何かを取り出して来るシスター。
その後目の前に並んだのは。
「クッキー?」
「今ミルクも温めますから、それでお腹を落ち着かせて今日はおやすみなさい」
などと言いつつ、俺の目の前には夜食……というか夜のオヤツが並んだ。
一口齧ってみれば、結構甘さ控えめ。
というかクルミとかの木の実が多いのか、割とお腹に溜まるイメージだった。
「教会というのは貧乏な所が多いです、奉仕団体ですからね。でも物がある所では、こうして夜食くらいは食べられる環境にあります」
「あ、はい」
昼間の続きかな? なんて思いながらも、モソモソとクッキーを口に運び、淹れてもらったホットミルクを口に運んでみれば。
ホッとする様な温かい息が零れる。
普段はあんまり菓子の類って食べないのだけれど、久し振りに食べると良いね。
しかも甘さ控えめとなると、俺でも普通に食べられる。
「正直、制限の多い仕事です。ですから、隠れて息抜きする事だって必要なんですよ。ですが、貴女はまだ若い。こんな事を私が言って良いのか分かりませんが、あまり聖職者はお勧めしませんよ? それこそこの訓練期間内、もしくは続く一ヶ月研修で聖魔法が行使出来る様になれば、他の事に挑戦してみても良いでしょう」
昼間とは違い、そんな事を言って来るシスターオーキット。
マジで昼間の人物と同一だとは思えない程、優しい瞳を此方に向けて来た。
「ちなみに、シスターオーキットは……何で聖職者に? しかも、教会直属の」
「あはは、私の様な老いぼれは使ってくれる所の方が少ないのですよ。それに……もう一つ、目的があるのです」
「目的?」
モクモクとクッキーを貪りながら聞き返してみれば、彼女の表情は少々曇りを見せ。
視線をテーブルに落としてから、重苦しい雰囲気で口を開いた。
「最高位の解呪を……習得したいと考えております」
「解呪、ですか。でもシスターは今、特に呪われている様な雰囲気はありませんけど……」
見た所、そう言った雰囲気は無い。
というか、普通に元気そうだ。
ちょっと失礼だが、“イロージョン”のスキルを軽く掛けてみたのだが……コレと言って、そう言った症状は無し。
であれば、自身以外。
身内にそういった状況の人がいるのだろうか?
「私の夫です。昔は、聖騎士として前線に立っている様な人でした。しかしながら、ある時呪いを受け……今では、満足な生活も送れない状況です」
「聖騎士……それに、動けなくなる程の呪いですか」
なんだろう? ソレ。
プレイヤースキルとして習得しているモノなら、結構呪いにも詳しいのだが。
エージングの様な“老化”などのデバフだった場合、それこそこんなにのんびり語っていられないだろうし。
カオスフィールドの様な、持続ダメージ系?
この人の旦那さんがどんな理由で動けないのか分からないと、どうしても判断はしかねるのだが。
しかし聖騎士というのが引っかかる。
そういう職の人って、基本的に聖魔法を得意としながら“戦闘方面”に能力を伸ばした人達だ。
本来聖属性は戦闘向きではない、しかしあえてそちらに向かう理由。
非常に簡単、自らを治療しながら戦うか、もしくはこの手の呪いなどから身を守りながら戦う為の選択肢。
もちろん突き抜けた才能というか、少ない聖魔法の攻撃スキルを取り続ければ特化したキャラクターを作れない事もないが。
だというのに、聖騎士とも呼ばれる程の相手が呪いに犯されているという。
何とも、妙な話だ。
「あの、シスター。その人に会わせてもらう事って出来ますか?」
「何を言っているんですか、貴女は。まだ聖魔法の一つも使えないヒヨッ子が、会った所でどうにもなりませんよ。冷やかしならお止めなさい、きっと後悔しますよ? 呪いとは、常人には理解出来ない程恐ろしいモノなのですから」
ため息を溢してから、彼女はもう一本煙草に火をつけた。
まぁ、そうだよね。
分かりやすく、今の俺では信用が足りてない。
ここで俺が何を言おうが、多分彼女は首を縦に振らないだろう。
でも、正直……興味がある。
こんな感情で接触するのは、相手にとっても非常に失礼だと分かっているのだが。
聖騎士を呪う程の呪術にも、そしてその人をダイラのスキルなら解呪出来るのではないかという可能性も。
両方とも、興味がある。
「シスター、ちょっと賭けをしませんか?」
「賭け、ですか? それはどのような?」
不思議そうに首を傾げる彼女に対して、コチラはニッと口元を吊り上げてから。
「この“お試し期間”の間に、俺が聖魔法を行使出来る様になったら……その人と合わせてくれませんか? こういっちゃなんだけど、聖騎士を呪う程の魔法に興味がありまして。そんでもって、俺の仲間の聖魔法使い。ソイツなら、その人を治せるかもしれない」
「フ、フフッ……ハハハッ。これはまた、大きく出ましたね? 攻撃術師だからこそ、呪いに興味がある。それは分かりますが……まさか貴女の仲間なら、夫を治せるかもしれない? フフッ、止めておきなさいな。彼の呪いは、高位の聖職者……それどころか、王家に勤める方達でも治せなかったのですよ? だからこそ、こんな訓練都市に移り住んだのですから。私自身を鍛え直す為にも」
若干諦めた雰囲気で、彼女は煙草の煙を吐き出しているが。
いいね、より一層興味が湧いた。
どんな状態なのか、どんな魔法なのか。
そして俺等は、そう言った呪いにも挑めるのか。
正直、闇属性の攻撃術師としては、黙ってスルー出来ない事例なのは確かだ。
この世界の人為的な“呪い”がどんなものなのか、俺達は未だに確認していないのだから。
俺の専門だというのに、現場を知らないんじゃ話にならない。
「その表情……全然諦めていませんね? わかりました、良いでしょう。この訓練期間、一週間の間に“ヒール”が使えるようになれば彼と会わせてあげます。ローヒールでも構いませんよ? コチラも藁にも縋る思いというヤツです、どうしますか?」
「ヒールで結構。あんなのスキルツリーの二段階目だ、出来ない未来が見えないね」
「スキルツ……何ですって? まぁ良いです。目標があるのと、自信があるのは良い事ですから。とにかく、明日からも頑張りなさい。さ、今日はおやすみなさい。明日も朝が早いんですから」
そう言ってから、彼女は俺が食べ終わったクッキーの皿やらミルクのコップやらを洗い始める。
あ、ありゃ? なんか全部やって貰っちゃってるんだけど。
いいのかな。




