第80話 ポンコツシスター
「おはようございます、皆様。今回貴方達の教育担当となりました、オーキットと申します。そして貴方達も、仮とはいえ本日から修道士、修道女になるのです。私の事はシスターオーキットと呼ぶように」
「「「はいっ! よろしくお願いします!」」」
なんて、周りの方々が元気に挨拶を交わしている中。
俺だけは、ボケッとしながら今しがた挨拶した教育担当、シスターオーキットに視線を投げていた。
結構ご高齢な様で、お婆ちゃんシスターだ。
そして俺達が着ている黒っぽい服とは違い、何か装飾が付いている。
こういうのも、立場の違いを示す様なアレなのかな?
ダイラの場合は結構白ベースの服に、金色の装飾って感じだったのだが。
今俺が着ている物はホント黒、ふっつうのモブシスターって感じ。
袖口とか襟とか、そういう部分が白いだけで割烹着みたいであんまり格好良くない。
いや、シスターに恰好良さを求めるなって話なのかもしれないが、武装としては格好良さが欲しいのだ。
などと思いつつ、ずっと喋っているお婆ちゃんを見つめていると。
「皆様も様々な場所からこの地に足を運んだ事でしょう。その地で崇められている神様や、守り神。恐らく様々だと思われます。ですから、それらを原因とした争いは一切禁止。つまり相手が信じている神を否定する事は許さない、という事です。コレも多様性、みなそれぞれ信じているモノに祈りを捧げて構いません」
へぇ、こりゃまた意外だ。
“向こう側”で言えば、場所によって結構大筋は決まっていたというか。
何とか教、みたいなに当て嵌めて来るのかと思ったのだが。
そういうのも場所によってはあるのかもしれないが、ココではソコを煩く言ったりはしない様だ。
だがしかし、俺は無宗教なモノで。
さて、どうしたものか。
「そして聖魔法に関しての何たるかを教えていく前に、我々の様な存在がどういうものであるか、ソレをまず皆様には認識して頂きます。これによって授かる力は大きく変わって来る事でしょう。祈り、奉仕し、そして信じる。それこそ我々の役目であり――」
やばい、修道女としての教育が始まってしまった。
俺としては聖魔法に関して情報と、コッチの世界の魔法の使い方が分かればそれで良いんだが……そして、話が長い。
大半の人達はとても真剣に聞いているのだが。
俺と同じく訓練生~って恰好をした若い子達数名が、ウツラウツラとし始めているのが見える。
分かる、超気持ちわかる。
きっと彼等も、俺と同じ様に適性があったから試しに来てみたって人達なのだろう。
そんな彼等に対して演説を続けるシスターオーキットが、歩きながら丸めた書類でポコポコと相手の頭を叩いて起こしていく。
わぁ、思っていた以上に学校っぽい。
更に言うなら、俺の眠気も結構限界に達しそうな勢いなので。
「やるか……俺の奥義」
ボソッと小さく呟いてから、呼吸を整え、姿勢を正した。
そして。
秘儀、会議中に寝てもあんまり気づかれない睡眠法。
薄っすらと目を開けつつ、手元の資料に手を添え。
体のバランスを一定に保つ。
こうする事で、一見資料を読み込んでいる体で居眠りが出来るのだ。
但し、長時間眠ってしまうと瞳が乾いてえらい事になるが。
と言う事で、おやすみなさい。
「スー……スー……」
と、呼吸が安定してきて、半分以上夢の世界へと旅立ち始めた頃。
ポコッ! と俺の頭には軽い衝撃が襲って来た。
驚いて目をカッと開いてみると。
「器用な寝方をしない、一瞬判断に困ってしまいました。えぇと、クウリさん? 貴女も今日から、シスタークウリなのですからね? しっかりと聞きなさい」
「りょ、了解……」
バ、バレた……だと!?
そんな馬鹿な、この奥義で幾多の無駄な会議を睡眠時間に代えて来たというのに。
「聖職者というより、戦闘員の様な返事の仕方ですね? 今後は控えなさい」
「も、元々攻撃術師なんで……すみません、気を付けます」
「おや、多才な様で何より。でも、ちゃんと聞きなさい」
と言う事で、居眠りは許されないらしい。
いやぁ……なんというか。
こういう心意気みたいな話って、聞いてて眠くなるんですよね。
※※※
それからも長々とお話しを聞いた後、やっと聖魔法に関してちょこっと齧ったかと思えば、本日の授業は終了。
やっと終わったぁぁ! 飯じゃぁ! 風呂じゃぁぁ! などと思っていれば。
我々の様な存在は、基本的に全て自分達でこなす必要があります。
だそうで……。
「な、慣れねぇ……」
人を分け、料理、風呂掃除。
そして寝床の準備に取り掛かった俺達見習いシスターズ。
いやまぁ男子も居るが。
しかも俺は料理班に振り分けられてしまい、慣れない包丁を片手にジャガイモの皮を剥いていた。
せめて、ピーラーをくれ……。
「クウリさんは、あんまり料理は得意じゃないんですか? あ、でも攻撃術師だって言ってましたもんね」
「え、あ、そうね……」
隣では、俺より若そうなシスターがスルスルと皮むきを済ませていくではないか。
く、くそっ……こんな事なら、もっとイズに教わっておくべきだった。
下手すりゃトトンより若そうな子に、余裕な顔でマウントを取られてしまった。
なんて事を思いながらも、四苦八苦していれば。
「むしろ羨ましいです、そんなにいっぱい才能があって。私は宿屋の娘ですから、こういう事に慣れているってだけで……それ以外は、本当に何もありませんから」
「宿屋? え、じゃぁ何で修道女に? その場合、宿屋の跡継ぎとか……」
「あはは、クウリさんは結構古風な考え方なんですね。今時跡継ぎがどうとか、あまり煩くないですし。それにココに来たのだって、聖魔法が使えるようになれば色々便利だから。ただそれだけです」
え、そんな気楽な感じで良いの?
何か昼間の講義を受けた感じ、神様の教えに沿ってしっかりやれー! って感じだったのだが。
「冒険者でも聖魔法使いがいますよね? それと同じです。教会専属のシスターにならなくとも、その力だけを求めて教えを乞う人は少なくありません。教会で使い方を教わって、その後街で治療師になる人だって少なくないんですよ? 認められさえすれば、その人はどこに属していようと回復術師になる訳ですから」
「あ、あぁ~? なるほど? となると、ココは本格的に訓練施設というか。その後に関してはあんまり煩くない?」
「そうですね、この街自体がそういう方針ですし。クウリさんだって、本格的なシスターになる為に来た。という訳ではありませんよね?」
「そりゃもちろん」
まぁ確かに。
俺の場合“使えるようになれば良いなぁ”くらいな感覚と、そもそも聖魔法ってどう使うの? っていうのを調べに来た感覚が強いからな。
そういう意味では、この街は調べ事にはベストなのだろう。
とはいえ教える側としては、そのまま教会専属になって欲しいというのが本音なのだろうが。
そんな会話をしながらも、調理を進めていく訳だが。
俺が皮むきしたじゃがいもは、サイコロの様なサイズに変わってしまい。
「ぐ、ぐぬぬ……」
「まぁまぁ、こういうのも慣れですから」
随分と年下の女の子に、初日から物凄く慰められてしまった。
俺、ココでやっていけるのかねぇ……。




