第56話 ダイラ
「ダイラ~いつまでココにいんの~? 何か魚でも居た?」
「別に、そう言う訳じゃないけど」
自分でも何やってるんだろって思うけど、膝を抱えて流れる水路の水を眺めていた。
俺に付いて来たトトンが、ずっと後ろにくっ付いてる。
正直、意外だった。
こうして仲たがいをした時は、トトンは絶対クウリに付くと思っていたから。
でもトトンは、普段と変わらぬ様子で背中を預けて気軽な声を上げて来る。
「嫌じゃないの……? 俺、滅茶苦茶性格悪い事言ったし。クウリを困らせる様な発言ばっかりしたし、トトンとしては結構頭に来るんじゃないの? クウリと……その、一番仲良いし」
膝を抱きながらそんな言葉を放ってみれば、後ろの小さい仲間は「わはは~」と軽い声を洩らし。
振り返ったと思えば、俺の頭に後ろからガシッと抱き着いて来た。
そして。
「ダイラはさぁ、アレじゃない? “リアル”の方が結構キツくて、ゲームに逃げてた人じゃない?」
普段の緩い雰囲気では無く、でも真面目過ぎない声で。
トトンの声が響いてきた。
「……」
「あ、こういう質問って普通はご法度だし、答えなくても良いよ? でも俺はそうだったんだよねー。周りから、ていうか家族からも嫌味ばっか言われる環境でさ。なぁんで生まれて来たんだろう俺って、そう思っちゃうような。でもクウリは褒めてくれるんだよね。だから俺はこのゲームにハマった、俺はココに居て良いんだって思えた。だから、求められるままの“戦士”になった。ダイラは、どうなの? 何を求めて、このゲームをしてた?」
これまでに聞いた事の無かったトトンの“リアル”を聞いて。
軽めに語っているが、この子のログイン時間を見ていれば分かる。
物凄くクウリに依存していたんだ。
いつだって、俺たちのリーダーがログインする瞬間を待っていたんだ。
それくらいに、トトンは。
いつだって、“あの世界”に居たのだから。
「俺、結構裕福な家で生まれてさ……嫌味に思わないでほしいんだけど」
「ん、へーき。聞くよ」
「皆さ、優秀で。あっちもこっちも名を上げる様な環境で、俺だけ……駄目だったんだよね。記憶力にはそれなりに自信あるけど、それでもさ。新しい何かを生み出す力ってのが無くてさ」
「そればっかりは、仕方ないんじゃね? 0から1を作るって、何より大変だって聞くし」
「でもソレが必要な家だったんだよ。音楽とか、芸術とか。そういうので成果を上げろってずっと言われててさ、でも俺は全然だった。そのうち家族も、自分自身も諦めちゃって……いざ普通になろうとした瞬間、周りを見たら俺は全然“普通”じゃなくて」
「普通じゃない、ねぇ」
そう、普通じゃなかった。
大学まで出たけど、周りを見たら皆ちゃんと“大人”になって行ったのだ。
まだまだ遊び足りないみたいな事を言いながらも、しっかりと社会に適応していった友人達。
だというのに俺は、そんな歳になってやっと自分の道を決めたばかり。
これから何をしようかとか、どんな仕事をしたいかなんてさっぱりだった。
これまでバイトの一つもした事の無い様な甘ったれが、急にポンッと社会に放り出されてしまったのだ。
そこからは何をやっても上手く行かない転落人生。
その内周りの人の視線も怖くなって、ずっとビクビクしながらバイトとか始めて。
失敗して怒られて、辞めてまた次のバイトを探しての繰り返し。
どうしようもないフリーターが、裕福な家から生れ落ちてしまった訳だ。
「とまぁ、俺なんてホント。自他共に認める駄目なヤツって訳でさ」
「ふーん?」
「ふーんて」
「いや、普通に生きてるなぁって。すげぇって思ったけど」
コテッと首を傾げるトトンが、そんな事を言いだした。
えと、今の話……ちゃんと聞いてた?
「もっと酷い話を聞きたいなら、俺の話とかするけど。そういうの聞きたい訳じゃないっしょ? ダイラは、自分は情けないって思いながらも、これじゃ駄目だってずっとバイトとかしてたんでしょ? すげぇなぁって」
「でも、所謂ダメ人間だよ。俺はさ、俺のせいで誰かに迷惑かけるのが一番怖い……自分でもわかってるんだよ、結局迷惑かける駄目な奴だって。でも、このゲームなら。皆と一緒に居た時はちゃんと……かは、分からないけど、出来たからさ。だから、こう言う形で皆に迷惑かけるのが……一番辛い」
そう言いながら、再び膝を抱えて俯いてみれば。
トトンはケラケラと笑い、再び俺と背中合わせに座ってから。
「それねぇ~俺もいっつも思ってた。どうにか皆に失望されない様にしなきゃ~俺でも褒められる様に動かなきゃ~って。んで、そんな事やってると失敗した時にスゲェ怖いんだよね。怒られるんじゃないか、失望されるんじゃないかって」
ケッケッケと笑いつつ、トトンがそんな声を上げる。
でも、気持ちは分かる。
皆凄いし、俺全然役に立てないんじゃないかって、最初は凄く不安だった。
慣れて来ても、失敗しない様に失敗しない様にって。
ずぅっとビクビクしながらプレイして来た気がする。
でも。
「でもなんか失敗した時は、絶対笑うんだよ。クウリも、イズも。それにダイラだってそうじゃん? ドンマイって言ってくれて、お前ちゃんとやれよーふざけんなよー! みたいな事、一回も言われた事無いもん。お前にしちゃ珍しい、何か他とは違う特徴とかあったか? って、すぐに“次”に思考が向くんだよね、皆。だからさ、その失敗も楽しめるんだって……このゲームでは、俺はそう感じたけどなぁ」
「失敗を……楽しむ」
「そそっ。実際ダイラだって、皆から失敗で怒られた事ないっしょ? ダイラは何かやらかした時、めっちゃ謝るけど。皆ケラケラ笑ってるじゃん。ま、クウリは口悪いけど。本気でそういう事に対して怒ってる所、見た事無い」
確かに、ゲーム時代からずっとそうだ。
トトンはいつも通りのテンションで、何が起きても接してくれるし。
クウリやイズだって、失敗して全滅しちゃった時にも、俺に何か文句を言って来る事はなかった。
どう感じたか、他に何が必要なのかって質問が先行して。
次へ次へと作戦を考えていくタイプだった。
まるで誰かが失敗するのは当たり前、だったらその人に対しての負担をどう減らすかって方向に思考がシフトしていたんだと思う。
今回だって、多分クウリは俺に対して怒ってない。
だから謝れば、普通に許してくれると思う。
でも怖いんだ、役に立たない自分が。
皆の近くに居て良いのかと思ってしまう、特にこの街では。
俺だけ離れていた方が、皆に迷惑を掛けないんじゃないかって不安になるのだ。
そうすれば、周囲から嫌な視線だって向けられない訳だし。
などと、思考が絡まり始めた時。
「一個だけねぇ~、クウリがめっちゃ沸点下がるポイントがあるんだけど。知ってる?」
「え、そんなのあるの?」
トトンの言葉に、驚いて振り返ってしまった。
すると彼女は、なんかもう凄く幸せそうな微笑を此方に向けながら。
「俺達パーティメンバーを馬鹿にされた時、クウリは絶対キレる。ホラ、俺等の能力って尖ってて、万能型じゃないじゃん? だから、そこを笑う奴らも居たんだよ。ソイツ等に対して、クウリは全部PVPを申し込んだの。笑うなら、潰してみろって言って」
「対人戦がやけに多かったのって、そういう……」
「今回だってそうじゃないの?」
「え?」
いつもとは違って、ちょっとだけ大人な雰囲気で微笑むトトンは。
少しだけ首を傾げてから。
「クウリは、ダイラを馬鹿にした奴等が許せなかった。確かに行動はちょっと派手だったし、いつもなら言葉だけでどうにか出来るでしょーって場面だったけど。それでも、クウリは許せなかったんじゃないかな。ダイラを馬鹿にした人達に、俺の仲間を見くびるんじゃねぇ! って、いつも通り牙を剥いただけじゃない?」
「でもあれは……やり過ぎだよ。結局目立っちゃったし、他の人からも奇異の目で見られる。しかもこれじゃクウリに悪い目が向いちゃう……俺のせいでそうなるのが、一番嫌なんだよ……」
「だぁからさぁ。クウリにとっては、そここそが一番嫌なんじゃない? 目立つのは嫌だーなんて言ってるけど、それ以上に。例え目立ったり異物扱いされても、仲間を貶されるのが一番許せないんじゃない? そうなった場合は、目立たないって目標は二の次なんだよ、きっと。ダイラと拘ってるポイントが違うだけで、今回はクウリの逆鱗に触れた訳だ。それはダイラだって同じじゃない? 自分のせいで仲間に悪感情が向くの、許せなかったんでしょ?」
その言葉に、ズンッと心の奥底が重くなった気がした。
あの状況でも、クウリが考えていたのは俺の事で。
やっぱり俺のせいで、迷惑を掛けてしまう原因となってしまったのは事実。
でもそれ以上に……俺の為に怒ってくれた人に、此方は何と声を掛けた?
これだからコミュ力が低いんだよ、俺。
もしも俺があの場を上手く乗り切っていれば、俯いて黙ってしまわなければ。
クウリだってあんな真似はしなかっただろうに。
そうなっていれば、こんな目立つ状況にはならなかっただろうに。
その責任は、全て俺にある。
だというのに、俺はクウリを責めたのだ。
まるで、クウリが全部悪いみたいに。
「謝んなくちゃ……」
「だぁねぇ。でも、そこまで深く考える必要無いと思うけど。多分クウリも、今じゃイズに慰められてる所じゃない? あぁ見えて、打たれ弱いから。この身体になってからは、余計に」
トトンの声に、その場から立ち上がった。
謝ろう、クウリに。
結局リーダーは、俺を守る為にあんな行動にでたのだ。
なのに俺は、その相手を拒否してしまった。
全部俺の我儘で、甘えでしかなかった行為。
これまでもクウリに全部判断を任せていたのに、今更何を意地張っているんだと今なら思える。
俺だけだったら、絶対初日に死んでいたのに。
「元気出た? ダイラ」
「ありがと、トトン。俺、今は“ダイラ”なんだから。もう少し自信持つよ」
「だぁね。俺も“トトン”だからこそ、こんな事言えちゃう訳だし」
ニシシッと笑う彼女と拳をぶつけてから、今日泊まる予定の宿屋へと足を向けるのであった。
ちゃんと、仲直りするんだ。




