第55話 初めての内輪揉め
翌日、ギルドに向かってみると。
「ねぇ貴方達、攻撃職なのよね!? 良かったら私達と組まない!? お願い!」
「全く慎みも無い態度で……おはようございます、皆様。私は教会の検定で上位まで上り詰めた回復術師で――」
なんか、えらい事になった。
ギルドに入った瞬間、シスターというか……明らかに回復職って方々が押し寄せて来たのだ。
というか教会の検定って何、何それ。
凄い聖職者選手権みたいな事やっているのだろうか?
などと思いつつ、周りの勢いに慌てていれば。
この状況を一番満喫出来そうな奴は、後ろで頬を膨らませていた。
だから、拗ねるなと言っているだろうに。
「えぇと、すみません……ウチにはもう専属の補助、回復職が居ますので……」
適当な事を言って断ろうとしてみたのだが、相手も金が絡んでいる影響なのか。
幾分かしつこい方々もいらっしゃる様でして。
「しかし、そちらの女性……資格も持っていなければ、検定も受けていない様ですが。間違いなく私達の方が、有能な魔法で支援できると思います。如何でしょう? この際、パーティの入れ替えなど考えてみては」
おーおーおー、すげぇ事言い出す子もいるもんだな。
やけに自信満々に、そんな事を言い放って来た気の強そうなシスター。
コレが攻撃魔術師だったら「よし、今から勝負しようぜ」って吹っ掛ける所だが。
相手は回復職。
いくらなんでも俺が喧嘩する訳にもいかない。
と言う事で、チラッとダイラの方へと振り返ってみれば。
「資格……? 検定? そんなのあるの? ランクとかレベルは無いって話じゃ……」
ダイラが呟いた瞬間、目の前のシスターがクスクスと笑い始めた。
ついでに、その取り巻きみたいなのも。
他の方々に関しては、少々気まずそうに視線を逸らしているが。
「貴女……この街に来て、そんな事も知りませんの? この地では我々の様な存在を区分するために、明らかな線引きがされております。それさえも突破していない、資格さえ持っていない回復術師や補助術師は、ほぼ無能と評されて当然。他の地域の教会でも、この制度が徐々に採用され始めていますが。普段教会に行かないのかしら? 聖職者なのに」
クスクスと意地悪く笑うシスターが、襟元にぶら下がっている綺麗なロザリオを見せて来た。
あんなものゲームでは無かったし、ダイラはこの地に来てから二日目だ。
当然、そんな物を持っているはずも無く。
相手の取り巻きからケラケラと笑い声を溢されてしまう始末。
実力差で考えるのならこんな相手屁でもねぇだろ、とか思ってしまったのだが。
ダイラは真っ赤な顔をしたまま下を向き、口を噤んでしまった。
コイツとは、あんまりリアルの話をした事は無かったが。
まぁ、“そういう性格”なんだろう。
だからこそ散々言いたい放題言って来る相手に対し、少々イラついたため息を吐いた。
すると、流石に仲間達が間に入り。
「そういう制度が流行り始めているのを知らなかったのは事実だ。しかし、あまりにも不躾ではないか? 此方の事を知りもせず、パーティの入れ替えを提案するなど」
「ちょっと感じ悪いよねぇ。そもそもローカルルールでマウント取られても、気分悪いだけし」
イズとトトンが、そんな風に反論したのだが。
相手の勢いは止まらなかった。
随分とまぁ自信があるのだろう。
なかなかどうして、本人は良い性格をしている様で。
随分と見下した様な態度でダイラの事を見つめている。
「きっと他の者達の実力を知らないからですよ。ですから私が参加して、聖属性魔法とは何なのか。その“本物”をお見せいたしましょう。そちらの資格なしの方より、間違いなくお助けできるかと思いますよ?」
派手にやらかさない様にしようと、普段から何度も言っている訳だが。
正直、俺の仲間を馬鹿にされるのは納得いかない。
コレがゲームなら速攻PVPを申し込んでいた所だが、そう言う訳にもいかず。
チッと舌打ちを溢してから、杖を振り上げた。
「ダイラ、“聖域”だ。俺の魔法に続けてスキルを使え、俺の魔法を“殺して”みせろ」
「……え? いや、あの、クウリ? 大丈夫だから、変な事しないで!」
「嫌だね。仲間を馬鹿にされて笑っていられるなら、俺はリーダーなんかやってない。“リビングデッド”」
振り上げた杖の先から、紫色の波紋が広がり。
俺の周囲には、数多くのゾンビとスケルトンが出現した。
こんなモノ、雑魚を大量に発生させるだけの足止めスキルに過ぎない。
しかも出現させただけで、動かす命令を出していない。
だが、周りの人間は慌てふためき。
「キャァァァ! コイツ等、どこから!?」
「落ち着いて! ここには聖職者が多いのよ!? こんなの、慌てる状況じゃ――」
「危ないっ! すぐ隣から現れましたわ!」
もはや、パニックに陥っていた。
前衛職が居れば、それこそ大いに活躍していた事だろう。
実際数少ない前衛が剣を構え、周囲の人間の安全確保をしているようだが。
遅いなぁ、本当に。
聖職者が多いなら、連携してすぐ殲滅する事だって出来るだろうに。
攻撃指示も出していない以上、本当にただ“出現した”だけなのだ。
なのに、この慌てっぷりだ。
だからこそ。
「ダイラ、やれ」
「本当に……何やってるのさ!」
それだけ言ってから解呪の範囲スキルを準備するダイラ。
周囲の地面に魔法陣が現れ、ソレはこの地全てを包む光を発生させていく。
闇属性魔法とは違い、聖属性の範囲魔法というのはほとんど攻撃スキルではない。
俺みたいな攻撃術師とは違う、どこまでも“神様の加護”ってヤツを得る職業。
だからこそ、使い所が難しい場面も多い。
しかしダイラは、欲しい所には絶対手の届くスキルを多く持っているのだ。
というか、錬金術師に関してもそうだが。
とにかく覚える事が多いし、特殊条件なんかも多く設定されている職業。
だがソレを当たり前の様に、周りに不便さを感じさせない程に正確にこなして来たプレイヤー。
それが、ダイラという聖職者だ。
「聖域発動! “聖者の丘”!」
彼女が魔法スキルを使えば、ギルド内は完全に光に包まれ。
俺が召喚した雑魚アンデットなど、すぐさま浄化され姿を消していく。
この程度の死者に怯えていた聖職者ども、ウチの術師の力はどうだ?
お前等に、これ以上の行動が出来るか?
「“上位”と呼ばれる聖職者さん達さぁ……ウチのダイラ以上の成果が残せる自信があるなら、仲間に入れてやるよ。さっきまでの勢いはどうした? ホラ、立候補したらどうなんだ?」
ハハッ! と笑い声を上げてみれば、周りからは完全に怯えた瞳を向けられてしまった。
更には受付の人達も腰を抜かしたらしく、パクパクと口を開閉しているが。
……やり過ぎた?
いやでも、イジメっ子の腐った性根を叩き直すなら、これくらい必要じゃない?
とかなんとか、ため息を溢しながら杖を肩に担いでみると。
「死霊術師……闇魔法の使い手……」
おっと、此方にヘイトが向かってしまったか。
まぁ、こういう地域だったら仕方ないのかもしれないが。
それでも、ニィッと口元を吊り上げてから相手に顔を近付け。
「その通りだ、覚えておけ。俺はクウリ、闇魔法使いのクウリだ。攻撃術師だぞ? お前等に足りない部分を補うには十分だろう? いつでも呼んでくれよ、ウチのダイラ以上の実力を持っているならな」
クハハッ! と、いつもの魔王テンションで脅しを掛けていれば。
不意に、首元を掴まれて後ろに引っ張られてしまった。
「クウリ、それは違う」
「何がだよ、ダイラ。コイツ等お前の事を舐めてるとしか思えない態度で――」
「そんなのどうでも良いんだよ! クウリが悪役になる必要無いでしょ!? 流石にやり過ぎだよ! これじゃさっきの子達を悪く言う資格ないよ!?」
それだけ言って、ダイラは涙目でコチラを睨んで来た。
えっと……コイツのこんな顔、初めて見た。
やべ、イラッと来て調子に乗り過ぎた。
いやまぁ、目立つなって事で怒られたなら分かるんだが。
「えっと……いや、でも」
「いい、もう今日はいい。このまま宿に帰ろう、これ以上やる必要無いよ」
そのまま、ダイラに引っ張られてギルドを後にするのであった。
えっと、やべぇ……流石にやり過ぎた。
なんて事を思いながら慌てていれば。
「違うんだよ、嬉しかったんだよ。皆が庇ってくれた事も、俺の為に怒ってくれた事も。でも、違うんじゃん。俺は、有能だって示して周りに威張りたい訳じゃないし、周りから称されたいわけじゃないんだ」
「分かってる……つもりだったんだが、でも違うじゃんか! お前はあんな風に笑われて良い存在じゃない! ダイラの方が間違いなく格上なのに、アイツ等――」
「だったらなんであんな事したの!? あんな事して目立つより、俺が我慢していれば良いだけじゃん! なのに……また。アバターと同化してから、ちょっとクウリ直情型になってるよ! らしくないよ!」
俺の手を引いて外に出たダイラは、そんな事を言いながら両目に涙を溜めていた。
多分俺の行動は、コイツの中では間違っていたのだろう。
鬱陶しい事を言って来る人間を、実力差を見せつけて叩き潰す様な解決法を。
ダイラは求めていなかったのだろう。
「すまん……ダイラ。もう少し大人しい方法の方が良かったのは分かるけど……けどさ、お前が舐められたままなのは――」
「そんなの後からいくらでも証明出来るでしょ!? あの場で無茶苦茶な事をしなくても、後からいくらでも……クウリはいつもそうだもんね。いつだって全力で、気に入らない事には正面からぶつかって来た。ソレで良いよ、それで良いんだけど……俺なんかの為に、危ない橋を渡らないで。俺が少し我慢すれば良いだけだったでしょ?」
何やら本人の中では答えが決まっているらしく、そんな宣言をされてしまったが。
俺としては、やはり納得出来ない部分も多い訳で。
「え、えっと……俺は、お前の有能性を示したくて……だって実際アイツ等、動いてもいないアンデットに怯えまくってたし――」
「だから、その“やり方”が問題なんだってば! 相手は普通の人間だし、戦闘職でもないんだよ!? 最初の街で模擬戦した結果を覚えてないの!? それにクウリが悪目立ちしたら意味無いでしょう!? 俺のせいで、結局クウリの立場を悪くするんじゃ意味無いよ!」
ダイラはそんな言葉を放ちながら、引っ張っていた手を勢い良く放した。
そして、グッと耐える様な悲しい瞳を向けられ。
「クウリは、根本から勘違いしてるよ。俺等全員をいつだって“快適”に過ごさせる必要なんかない、そこまで責任を取ろうとする必要なんかない」
「そう、かもしんないけど……でも」
「クウリだって“巻き込まれた側”なんだよ? 俺達の事ばっかり気にする必要なんかない! ……もっと考えてよ、お願いだから。俺は……俺のせいで皆に悪い印象を与えちゃうのが、一番辛いよ……クウリが全部背負う必要なんて、無いんだよ。俺等のコレは、もうゲームじゃないんだよ? 何でいつも全部自分にヘイトを向けようとするの?」
それだけ言って、ダイラは涙を溢しながら俯いてしまった。
何だ、何だコレ。
これまでは、転生だとか自キャラになっちゃったとか。
色々テンパっても、どこか気軽に考えていたり。
戦闘に関しても、現実とゲームの差異ばかり考えていたのに。
今の状況の方が、滅茶苦茶怖い。
俺、リーダーなのに。
仲間を傷付ける選択をしちゃった。
失敗した、コレは間違いだったと実感した瞬間。
ズキッと、これまでに感じた事の無い痛みが胸の奥に走るのであった。
「あ、あの……ダイラ。俺、別に……その、お前を傷つけようとか、そういうつもりじゃなくて……」
口から零れたのは、本当に良い訳。
だからこそ、次に何を喋って良いのか分からなくなってしまうが。
「そこまでだ、二人共」
イズが声を上げ、俺達の口論の仲裁に入った。
そして、俺に方に向かって微笑みかけ。
「クウリ、ちょっと俺と話をしよう。トトン、ダイラを頼んで良いか?」
「ういよ~。多分、ダイラは“俺に近い”から。大丈夫だよ、俺が話する」
そんな事を言いつつ、俺達のパーティは二つに分断されるのであった。
え、あれ?
こんな事で、俺等のパーティってバラバラになっちゃうの?
だって、これまで数えきれない程の難所を乗り越えて来たし、“こっち側”に来てからもずっと協力して……。
「クウリ、一旦落ち着け。現実であれば、共に生きていれば……こういう事だってあるさ」
それだけ言って、イズに肩を抱かれて他二人から離れていくのであった。
え、待ってくれよ。
嫌だ、こんな形でダイラと別れるのは嫌だ。
ゲームの時なら、冗談とか適当な言葉を紡げば済んだのだ。
変な空気になっても、メールを送れば話が出来たのだ。
でも今は、その機能がない。
今の俺達は、ちゃんと生きている。
ちゃんと顔を合わせて話さないと、伝わらないんだ。
だから、このままアイツと別れるのが非常に怖かった。
「イズ、待って。俺、ダイラと……」
「トトンに任せろ、大丈夫だ。今はお互いに落ち着く必要がある」
そんな言葉を貰いながら、ダイラに背を向けて離れていく。
この状態が他のなにより、凄く怖く感じたのだ。
嫌だ、嫌だよ。
俺達は、この四人で居ないと、生き残れないよ。
お前は、このパーティに絶対必要なんだよ。
だから。
「ダ、ダイラ……」
「クウリ、今はダイラも落ち着かせてやれ。結局お前達は、互いの為に怒っているだけだ。それに……アイツもそうだが、確かに“らしくない”。感情が高ぶるとアバターの影響をより強く受けるのかもしれない、一度冷静になろう」
イズの声によって、差し向けた手を下ろしてしまったが。
コレ、一番駄目な状況だって。
生存とか、ゲーム知識とか。
そういうものとは別に。
これまで以上の焦りを感じている俺が居るのであった。




