第54話 聞き覚えのある名前
受付さんに教えてもらった教会へと足を運び、そこに居たシスターと神父からセイレーンの事を聞いてみた訳だが。
結果から言おう、良く分からん。
抽象的な文脈が多く、過去この地に存在していたとされるセイレーン。
美しい女の姿をしており、下半身は魚。
それマーメイドじゃね? とか思ってしまったが、この地ではソレがセイレーンとされているらしく、その石像も中央広場に設置されているとか何とか。
セイレーンって名前の守り神は、この地に流れ着く水を管理しており、悪い魔物や魔獣を寄せ付けない役割を担っているのだそうで。
まぁその辺は昔ばなしと言うか、御伽噺の類だとは思うが。
しかしながら、少々気になるワードもいくつか。
“海の怪物”とやらから、この地を守ってくれた存在でもあるらしい。
そしてその怪物は未だ存在しており、今でもなおセイレーンは戦い続けているとかなんとか。
ほーん、海の怪物ねぇ。
居たねぇ、そんな通称で語られてたイベントボスが。
名前も無く、登場しても読めない変な文字で名前が表示されるバカ強いのが。
そんでもって、そのイベントボスの一角としてセイレーンも登場したねぇ。
気のせいだって思いたいなぁ。
て言っても、敵として認識されていないのなら、ワンチャン戦う必要とか無いのかもしれないが。
と言う事で、長い長いお話を聞き終え。
既に居眠りをかましているトトンを担いで、さて宿でも探そうかと思った所で。
「せっかくですから、お祈りもしていくと良いでしょう。ココは水の祝福が与えられた土地。旅人なら余計に、水の重要性を理解していらっしゃるはず。貴女方に、セイレーンと“水の女神、テティス様”のご加護があらん事を」
神父様からそんな事を言われてしまい、俺達は聖堂に立っている女神像の前に誘導されてしまった。
こっちは人魚ではなく、普通の女の人の像。
この女の人は水の神様、セイレーンは守り神、みたいな?
とはいえ水の女神ねぇ……俺は、嫌いです。
アイツ戦い辛いので。
セイレーンと“海の怪物”。
それとは別物のレイドボス、水の女神テティス。
わっはっは、妙に聞き覚えのある単語が揃っていくぜ。
などと思いつつ、トトンを除く三人で祈りを捧げた訳だが。
「あの、ちなみに。この街で嫌われる魔法の種類とかありますか? なんか信仰が強そうな街なので、早めに聞いておきたくて」
最後に一つ質問を投げてみれば。
彼はハハハッと軽快に笑いながら。
「今時そう煩く言う人間もあまりいませんが、まぁ強いて言うのなら……死霊術や闇魔法でしょうか? アレ等は、水を汚す魔法も多いですから」
はい、ドンピシャ。
俺、ソレどっちも得意です!
なんて言えるはずも無く、苦笑いを浮かべてから教会を去ったのであった。
はぁ~やべぇ、もう早速街を出たくなって来た。
こんな綺麗な街並みなのにね、これはちょっと不安が残るわ。
※※※
「温泉は無かったが、風呂は広いしサウナも充実。なかなか良い街だな」
「俺に対しての当てつけかぁー? イズ。どう考えても、俺が戦闘に参加したら腫物扱いじゃねぇか」
サウナでのんびりしながら、そんな会話を繰り広げてみれば。
暑さでヒーヒーいってるトトンが、真っ赤な顔で出口へと向かって行った。
「ゴメン皆ぁ、俺もう無理ぃ……先出るねぇ」
ちびっ子、脱落。
さては中身も若いだけあって、サウナに慣れていないな?
歳を取ればとる程、こういう施設の有難さが分かって来るというものなのだが。
なんておっさん臭い事を言っても、俺も二十代だけど。
後半ではあったので、おっさんと言う事にしておこう。
「とは言っても、確かにあまり長居して良い雰囲気はないよねぇ。クウリの得意魔法が嫌悪されるって意味でも、俺の存在感ゼロな所も」
少々ふてくされた様子で、ダイラがそんな事を言いだした。
いったい何を言っているのかと首を傾げそうになったが、あぁ~そうか。
この街には補助や回復が得意な人物が溢れている。
だからこそ、この街の人間は攻撃職の三人にばかり目を向ける傾向があった。
その為、ダイラは少々周りから重要視され辛いという訳だ。
つまり、拗ねている。
シスター大好きっ子の癖に、最初は一番興味を示していた癖に。
「拗ねるな拗ねるな。職分が被りまくってる場所じゃ、どうしても仕方ねぇって」
「そうは言っても……なんか俺だけいらない子扱いを自然にされると、流石に傷付くよ。しかもギルド職員ですら、俺の事見向きもしないし」
どうやらそういう意味でも、ダイラは意外と繊細な心の持ち主だったらしい。
まぁそれならそれで、この街を早く出る言い訳にも繋がるから別に構わないんだが。
「しかしセイレーンに海の怪物、テティスと来たからな……前回同様の結果にならなければ良いが」
「マジそれなぁ……そんなのが出て来る前に、とっとと逃げちまった方が良いのかもなぁ」
「クウリ、お前はもう少し人の心を持て」
イズからは呆れられてしまったが……とは言ってもねぇ。
全部俺等が救う義理とか無いし、この街ではまだ仲良くなった人とかも居ないし。
関係ないなら放り出してしまいたい、ってのが正直な所なんだけど。
「でも今の所名前が出てるだけで、悪印象持たれてるのって“海の怪物”だけだよね? それにセイレーンも俺達の知ってる形とは違うみたいだし。戦うとは限らないんじゃない? というかそう願いたい」
それはもう大きな大きなため息を溢しながら、適当にタオルを巻きつけただけのダイラが項垂れるのであった。
もうマーメイドだかセイレーンだか分からない彫像なんぞ片付けて、今のコイツの姿を飾ろうぜ。
多分その方が皆喜ぶって。
などと思ってしまう程、随分とセクシーな憂鬱女子に成り下がったダイラ。
本人は色々とマイナス方面に考えているんだろうけど……多分コイツが戦場に立ったら周りの意見など掌ドリルになることだろう。
今日見た限り、というかこれまで見た人達を思い出す限り。
コイツ程の回復、補助術師は存在しないのだから。
更に言うなら、“奥義”を使わせたら……下手すりゃマジで信仰の対象に変わるんじゃないか? なんて思ってしまう。
リザレクションだって、アレほど驚かれていたのだ。
コイツの“絶対防御”を惜しみなく披露したら、聖女だ女神だと騒がれそうなもんだけどな。
しかしコイツはプレイヤーなだけであり、性女であっても聖女ではない。
それだけは、確かだ。
「ま、何はともあれしばらく様子を見ようぜ。魚は豊富みたいだし、観光としちゃ上々だろ」
「確かにな。この地方の料理にも、興味がある」
「海が近いとなると……どうなんだろうね? 今から仕入れておきたいモノとか、売れそうな物とかあるかな?」
そんな相談をしながらも、今しばらくサウナを堪能するのであった。
ちなみに、トトンの次にバテたのは俺だった。
この身体、やっぱり色んな所で弱い。




