第47話 レベル差
「あっちぃなぁ……他の所よりも酷くねぇか?」
「ここ最近じゃ、人も増えたしな。汗臭くて敵わねぇよ」
なんて、そこら辺を採掘している冒険者達が口にしている。
私の仕事は、何かが起こった際の避難誘導。
それがクウリさんからお願いされた事。
正直、“共に戦って欲しい”と言って欲しかった。
彼女達だけでは力が足りないという状況なら、戦力として頼って欲しかった。
しかしながら、私程度の実力ではあの四人の足元にも及ばないと分かっている。
だからこそ悔しくても、こうして言いつけを守る他無い事態に陥っている訳だ。
「噴火だ! 噴火が起きた! それにグランドベヒモスが出たぞぉぉ!」
もっと先に進んでいた冒険者が、叫びながら此方に向かって走って来た。
その声に反応し、誰もが採掘道具を放り出して逃げ出していくが。
「馬鹿っ! そんな大声を上げながら人の多い所に走って来たら――」
注意を促そうと此方も大声を上げてしまったが……遅かった。
岩の向こうから姿を現したグランドベヒモスが、物凄い勢いでコチラに走り込んで来るではないか。
ヤバイ、本当に不味い。
このままじゃ溶岩神ペレがどうとかの前に全滅してしまう。
「リーン! 皆に補助魔法を掛けて! ミルキーとシーシャは皆の避難を促して! まだ周囲に残っている人が居るかもしれない!」
「リーダーは!?」
悲痛な声を上げるリーンだったが……彼女の言葉に対し、ニッと口元を吊り上げた。
「これでも彼女達から武器まで授かっている身の上ですからね。ココで逃げ出す様な弱者では、顔向けが出来ないでしょう?」
そんな事を言い放ってから、彼女達から譲渡された長剣を抜き放った。
古代の武器の完全修復が終わった物。
今まで以上に戦いやすくなったし、この武器は異常な程の切れ味と攻撃力を発揮してくれる。
確かに前より強くなったと感じられる、以前よりずっと戦える様になったと実感出来る。
だがしかし、グランドベヒモスまで討伐できるのかと言われると……正直、自信はない。
「いくら何でも無茶ですよリーダー!」
「いいから、早く行きなさい! これは、命令よ!」
それだけ言って飛び出し、蛇腹状になった長剣を振り回す。
鞭の様に動かし、遠心力を最大に使って相手の顔面を引っ叩いてみれば。
「ハ、ハハ……まぁ、そうよね」
相手に、傷を負わせる事は出来た。
グランドベヒモスの硬い甲殻に傷をつけたというのは、凄い事だ。
でも、それだけじゃ当然この化け物は止まらない。
少しだけ怯んだ様子を見せただけ、本当にソレだけなのだ。
イズさんの様に切り裂く事も出来なければ、トトンさんの様に弾き返す事も出来ない。
ダイラさんみたいに防壁で守る事も出来ず、この距離ではもはや突進は防げないだろう。
そして、当然だけど。
クウリさんみたいに、コイツを殺す事なんて……私には出来る訳が無い。
「悔しいなぁ……こんな武器を貰って、浮かれていたのに。これでも、私じゃ勝てないんだから……」
目と鼻の先に、相手の甲殻が迫っている。
こんな巨体に勢いよく轢かれれば、無事では済まない。
ごめんなさい、皆さん。
私は結局、最後まで役に立てず――
「“シャドウバインド”、動くじゃねぇよトカゲ」
相手の足元が黒く染まったかと思えば、グランドベヒモスはその場でビタッと停止した。
いったい何が……などと思いつつ、周囲を見回していれば。
私の隣を小さな影が飛び出して行き。
「“スマッシュ”! ミラさんすぐ回避! クウリのこのスキル3秒しか保たない!」
「は、はいっ!」
グランドベヒモスの頭を盾で引っ叩いたトトンさんと共に、すぐさまその場から離れた。
するとバランスを崩しながらも、再び走りだす魔獣。
そして、その先に待ち受けていたのは。
「“乱舞”」
深紅の鎧に包まれたイズさん。
彼女が両手に持って長剣を振り回してみれば、振りかざした斬撃以上の傷跡が魔獣には刻まれていく。
しかもそれはあの硬い甲殻など容易く切断し、簡単に輪切りにしてしまったでは無いか。
あの切れ味には前回も驚かされたが、今回は訳が違う。
たった一人で、正面から討伐まで達成してしまったのだから。
「なっ、なっ!?」
「うっへぇ、リアルだと威力エッグいねぇホント。スキル“乱舞”、10秒間だけ攻撃に追加攻撃を乗せる魔法スキルだよ。攻撃すればするほど発生すんの。中級スキルだけど、イズの連撃を考えるとヤバイ威力になるんだよね。ステの影響で、追加の斬撃も80%くらいは叩き出してるんじゃないかな」
今しがた到着してくれたらしい皆。
その内の一人であるトトンさんが呑気な声を洩らしている訳だが、あり得ない光景を目撃してしまった。
たった一人の人間が、突進してくる巨体に挑み。
死ななかったどころか、逆に切り刻んだのだ。
人間離れしているどころじゃない、あり得ない光景だった。
クウリさんだったら、魔法だったからまだ納得出来たのだ。
でも彼女は私と同じ魔法剣士。
これほどまでに、差があるのか? 私と彼女の間には。
というか、クウリさんが“俺達みたいなのが”と一括りにしている意味が分かった。
この人達、全員ヤバいんだ。
彼女の攻撃が派手だから勘違いしていたが……クウリさん以外も、十分にヤバい。
などと思っていれば、物凄い勢いでクウリさんが空を舞いながら火山の方へと飛んで行った。
その際、「ヒヤァァァァ!」と悲鳴が聞こえた気がしたけど。
あの声は……ダイラさん?
「さて、噴火も始まった様だが……クウリとダイラはどう動くかな?」
「初手は煽って煽って煽りまくって、“本体”を引っ張り出すって言ってたしねぇ。ま、何とかするでしょ」
なんて、余裕の顔で二人は言葉にしているのだが。
えっと……コレ、どうすれば。
「すまない、ミラさん。まだ発掘している冒険者が居ないとも限らない。噴火が起こったと警告しながら、皆を逃がしてくれ」
長剣を鞘に納めつつ、イズさんはそんな事を言って来る。
「あ、あのっ! 皆さんは……これから、どのように?」
何やら彼女達には計画があるらしく、二人は当然の様にクウリさんが向かった先へと歩き出してしまったが。
このままで良いのだろうか?
というか、私は本当に避難誘導だけで良いのだろうか?
そんな事を思いつつ、彼女達を引き留めてしまったのだが。
「仲間の二人が突っ込んで行っちゃったからねぇ、合流しないと不味いでしょ」
クックックと笑うトトンさん。
幼いながらも頼もしい彼女の表情には、不安の一つも感じさせない自信を持っているようだった。
そして、もう一人は。
「俺達は、クウリの指示の下ここまでやって来た。だからアイツが“やれ”と言う事は、全てこなす。そうすれば、勝てるんだ。だから、自分の出来る事をやる。それはミラさんも同じだ、協力してくれ」
なんだ、ソレ。
この二人は、これから先行した二人同様に危険地帯に挑むのだろう。
だというのに、不安など無いという程に微笑んでいる。
これが、リーダーに対する信頼。
例え私が同じような行動をとっても、仲間の皆は不安を覚える事だろう。
しかしながら、彼女達はどうだ?
クウリというリーダーの少女の言葉を、ほんの少しも疑う事無く行動を起こしている。
コレが、本当のパーティというものなのだろう。
本当の、リーダーというものなのだろう。
「敵いませんね……本当に」
小さな声を洩らしてから、グッと拳を握り。
そして。
「避難誘導、お任せ下さい。だから皆様は……思う存分、本気で戦って来て下さい。待っていますから。勝って帰って来て、祝杯をあげましょう。誰にも知られる事の無い偉業だったとしても、私は……私達のパーティだけは、知っていますから。だから、ちゃんと皆で帰って来て下さい」
「「上等」」
ニッと口元を吊り上げた彼女達は、そのまま発掘エリアを走り出していくのであった。
きっと、前に訪れた最深部まで走っていくのだろう。
強いなぁ、ホント。
私もいつか、彼女達の様になりたいものだ。
そんな事を思いながらも、私は私で出来る事をこなす為に逆側に走り出す。
今はこれくらいしか出来ないですが、いつかきっと。
貴方達と肩を並べる様な存在になって見せますからね!




