第46話 適材適所
「クウリさん、悪い報告が幾つかあります」
「そこは良い報告も織り交ぜてくれませんかねぇ……」
風呂の後、俺達が帰って来たという報告を受けたらしいミラさんがこっちの部屋にやって来た。
そして、差し出される書類に目を通してみれば。
「少し前にペレの分身体の増加と、最近では見かけなくなったって報告。周囲の魔獣の更なる活性化……それから俺達が行ってた火山に入場者増加、ねぇ?」
「こればかりは……ギルドだけでは食い止められませんでした。だってあんな装備が見つかった後ですし、何より炎の人影を空から襲撃して回る人物の登場。それがあの火山では確認されていない。だからこそ、せめて魔獣相手で済む場所に人が流れた結果ですね……すみません」
やばい、また俺のせいだったらしい。
ひたすら頭を下げる彼女を止めてから、もう一度報告書を読んでみるが。
駄目だ、ため息しか出てこない。
溶岩神ペレの出現場所に、多くの人が集まってしまっている上に、他の火山地帯は放置に近い状態。
これじゃ駄目だ、焼け石に水も良い所。
しかもこの段階に入ったって事は、ペレが牙を向く時期はすぐそこまで来ているって事だ。
とてもじゃないが、守り切れない。
「この場所に向かっている人達に、避難指示は出せないのか?」
「すみませんクウリさん、どうしても“理由”が必要なんです。貴女達を疑っている訳ではありませんが、現状を見るとどうしても古代の装備を見つけたあの場所が、“一番安全”になってしまっているのです」
ペレが出現するフィールドに、分身体は発生しない。
その上、俺が上空から強襲しまくっていたから、そっちも警戒されちまったって事だ。
あーもう、マジで最悪。
「お願いですクウリさん、そろそろしっかり教えてください。アレは何だったんですか? マグマから現れた女性、あれの正体さえ正確に判明するのならどうにか出来るかもしれません。でも今のままでは、どうしても貴女達の発言に力がないんですよ。だからこそ、ギルドも制御出来ない」
そんな事を言いながら、ミラさんが真剣な表情を此方に向けて来た。
まぁ、そうだよね。
あまり目立つ存在になっては不味いから、こんな事を繰り返しているのだが。
今回に関しては、かえってソレが悪手になってしまった。
あぁ~ちくしょう、上手く行かないもんだな。
「今回の相手は溶岩神ペレ。炎やら火山やらを司る神様を謳ってる、レイドボスだ」
「前から思っていたんですけど……その、レイドボス? って何なんですか?」
ほんと、こればかりは仕方ないんだけどさ。
こういう世界に入り込んだ場合、なんて説明したら良いんだろうね。
思わず何度もため息が零れてしまうよ。
「俺達みたいな奴等が何十人、下手すりゃ百に近い数が集まってやっと倒せる相手って事。相手は、それくらいに強い。そんなのが、この街の近くに来てる」
「……は?」
「信じなくても良い、俺達も今後どうなるかなんて分からない。俺達の知っている状況とは異なるかもしれない。でもこっちの知識で言うなら……溶岩神ペレが復活すれば、この街は平気で無くなるだろうな。なんたって世界を火の海に変えるって言われている様な存在だ」
「ちょ、ちょっと待ってください。流石に話が飛躍し過ぎて、理解が追い付きません……」
彼女は頭を抱えながら、俺の言葉を呑み込めない御様子だが。
本当にシナリオ通りに進んだ場合、それは最悪の結果に終わると言う事に他ならない。
しかも俺達が知っているエネミーとほとんど被っている上に、フレーバーテキストまで意味を持っているというのなら。
流石に見過ごせない事態なのは間違いない。
「つまり相手は……クウリさん達の様な実力者が数十、もしくは百人程度集まって倒す様な相手と言う事ですか? というか、それが最低条件みたいに聞こえるんですけど……」
「そういう事になるな。ま、そこは人それぞれだけど。普通ならそんな感じ」
「絶望的じゃないですか! この街の冒険者を全員集めても数が足りない上に、皆さん同様の実力者なんて居ませんよ!? 私程度の実力なら……集めて十人程度、でしょうか?」
だろうね、ミラさんも五本指に入るって言われてるんだから。
しかも俺達は本当に、“ズルい”と言われてもおかしくない状況まで上り詰めた身体を使っているのだ。
こんなのが世界中に居るのなら、是非力を貸してもらいたいものだね。
「だからこそ、俺達四人で対処する」
「無理じゃないですかそんなの! だって今自分で言ったんですよ!? 何十人も必要だって! たった四人で、どうするつもりなんですか!? もうこうなったら、冒険者や兵士達を犠牲覚悟で突っ込ませて――」
やけに恐ろしい事を言いだした彼女に掌を向け、首を横に振った。
俺達はソレを求めていないからこそ、この作戦に踏み出したのだ。
だったら、無駄に犠牲を増やす様な事はしたくない。
「でもそれじゃ、クウリさん達が!」
「俺達は、基本的に四人でソレ等を乗り越えて来た。他の奴等が何十、百人程度揃えて犠牲覚悟で戦う中。俺達はたった四人で、常にギリギリだとしても、乗り越えて来たんだ」
そう宣言してみれば、ミラさんはポカンとした表情になってしまったが。
もう、良いか。
納得させられるだけの情報が語れない以上、無心で聞いてもらおう。
「数を揃えれば、確かに総合ダメージ数は上がる。しかしユートピアオンラインではストーリー性が大きく関係していて、事前に出来る事が多かったのもデカイ。更にはキャラの育成方針だ、適当に育てれば凡才が生れる。しかし最初から“極振り”で育てていけば、どこまでも特化したキャラが作れるんだ。そして俺達は突き抜けたキャラクターの特技を、とことん追求した。更には馬鹿みたいな金を使って、ソレを更に尖らせた。それが俺達であり、たった四人でレイドをクリアして来たパーティなんだ。つまり俺達の実績は、既にその不条理を覆している」
リアルでも上手く行けば、という言葉は付いて来てしまうが。
しかしながら、やるしかない。
この街全てを諦めるという決断が出来るのなら、苦労はしないのだが。
どうにも、そこまで冷血になれる奴等ではなかったらしいので。
「えぇと、言っている事が半分も理解出来なかったんですが……」
「つまり、俺等はこういうピンチを何度も経験してる。その都度頭と仲間を使って生き延びて来たプレイヤーだって事だ」
「ぷ、ぷれいやー……?」
理解されない事は分かっている、俺達がどこまでも異常な存在って事も分かっている。
だからこそ、対処出来る問題だってあるってもんだろ。
「誰にも評価されないかもしれない、逆に評価され過ぎて今後が生き辛くなるかもしれない。でも、それでも。俺達は溶岩神ペレを殺すよ。降って湧いた程度の驚異と認識されても、ミラさん達とか、ギルドの受付嬢さんとか、鍛冶師の皆とも仲良くなったし。そういう人を救う為に、俺達は“現実”でもレイドに挑戦する。見捨てるって判断が出来ない、大馬鹿者が揃ってるからさ」
ハハッと乾いた笑い声を洩らしながら仲間達を見てみれば。
どいつもコイツも満足そうな顔をしながら頷いて来やがった。
ホント、分かってんのかね?
これから俺等、リアルレイドボスに挑むんだけど。
「クウリさん、私達に出来る事は……ありますか?」
物凄く真剣な顔で、ミラさんが声を上げた。
正直、戦闘では邪魔になる。
グランドベヒモスすら討伐出来ない人間では、レイドなど間違いなく生き残れない。
で、あるのなら。
「このままじゃ人を遠ざける事は出来ないのは分かった。だからこそ、状況が動き出した時……現場にいる人間を、出来る限り速やかに避難誘導して欲しい。正直、近くに居られても邪魔になる」
「っ! わかり、ました……」
すまんね、ホント。
こういう言葉を使いたくはないんだけど。
皆を殺したくはないのよ。




