第42話 覚悟と決意
「支部長、私達に全ての情報を公開して下さい。グランドベヒモスさえ余裕の顔で討伐する、あのクウリさんが急いで逃げ帰った程です。本格的に不味い事態ですよ」
「待てミラ……もう少し詳しい情報をだな……。それに此方でも一度調査に向かわないと、流石に信じられる訳が……」
「そんな猶予はないと言っているんです! クウリさん達があんなに慌てて、しかも恐れていたんですよ!? しかも相手の事を“溶岩神”って言っていました! とんでもない事が起きていますよ!」
ダンッ! とテーブルを殴りつけてみれば、相手は一つ溜息を溢してから。
諦めた様な顔をして、書類の束を取り出して来た。
「コレは?」
「お前達が普段向かっていない場所も含めての報告書だ、確かに不可思議な事が発生している様だ。本来は他の冒険者の情報など公開出来る訳が無い、絶対に口外するなよ? それから……クウリ達のパーティも一度報告に来る様に言ってくれ。流石に、意味が分からない。溶岩から女が出て来て、急に攻撃して来た? ソレを彼女達は何故か知っていて、更には恐れている? 意味が分からな過ぎて禿げそうだ……」
そんな事を言いながら、後退した前髪を撫でる支部長。
この人も、なかなか気苦労が多いのだろう。
そこは同情するが、けど今は頭皮を置き去りに前進してしまった彼の事より、クウリさん達にこの情報を渡す方が先だ。
「頂いて行きます!」
「おいミラ! くれぐれも他の人物に見せたりするんじゃないぞ!? 絶対だからな!」
彼の声を置き去りに、すぐさまギルドから駆け出すのであった。
何かを知っているらしいあの人達に対処してもらわないと、本気で不味い事になる気がする。
※※※
「どぉぉぉ~すっか」
「見捨てるのは、ちょっと忍びないというか。可哀想だよねぇ~」
本日も、温泉に浮かんでいる俺とトトン。
イズとダイラに関しても、湯には浸かっているがため息が多い。
だよねぇ、分かる分かる。
レイドボスって、普通複数パーティで喧嘩を売る存在だし。
というか本当に普通のプレイヤーなら、あんな相手にはクランで挑むのが常。
それを四人でどうにかしてみようぜ! 的な挑戦はこれまでも腐る程経験したが。
流石にリアルでソレをやろうって気分にはならない。
というか、無理でしょ。
コレ、ゲームじゃないし。
「しかしこのまま放置すれば……おそらく」
「レイドイベントのストーリーとしては、討伐が完了しなければ世界が炎に包まれる~的な触れ込みだったしね。それが本当に発生するのなら、そこら中で噴火が起きたりするのかな?」
はっきり言おう、無視してしまうのが一番良い。
不味そうなら早めに撤退する形で、この地から離れてしまうのが吉。という所だろう。
しかしこの地に居た人々を、皆見捨てる形になる事は間違いない。
ただあの場にペレが居ただけで、特に害はないというのなら別に良いのだが。
流石にないだろうな、そんな都合の良い事。
今からこの話をそこらで話しても、信じてくれる人の方が少ないだろうし、動くとしたらやはり四人だけ。
だが“アレ”が出て来たって事は、間違いなく第二、第三形態もあの火山に存在するのだろう。
各地の火山地帯が活性化し、ドロップは旨いがエネミーも強化。
更にはアイツの分身とも言える炎の人影が、そこら中を闊歩する様になる。
それさえも討伐出来ていないのなら、どんどんと“溶岩神ペレ”は強化され、とてもじゃないが手に負えない状況に発展するだろう。
ゲーム知識なので、リアルとはまた違った形になるかもしれないが。
とは言え、放置すればするほど最悪な事態になるのは目に見えている。
「はぁぁぁ……マジかよぉ。よりにもよって、こんな所でレイドボスと接敵とか。まだ前回みたいな魔人とやらが出て来てくれる方がマシだっつの……」
「確かに~……全然知らない変な奴の方がまだ安心ってのも意味分かんないけど。今回の相手は、普通なら四人じゃ絶対勝てないボスって分かり切ってるだけにねぇ」
俺と一緒にクラゲ状態を満喫しているトトンが、そんな事を言って来る。
ホント、それなのよね。
ゲームでもレイドはキツイのに、リアルでやれってか?
さぁすがに死ぬでしょ、無理無理。
「とはいえ、この街を見捨てるか? 確かにそこまで思い入れはないが、それでも友人と呼べる人達は居る」
「友達だけ連れて逃げるってのも、後味悪いしねぇ……とはいえ、俺達だけで解決出来るかと聞かれると……正直自信無いけど」
イズとダイラの声に、思わず大きなため息を溢してしまった。
それなぁ、それなんだよな。
この環境がリアルになってから、現実的な現象も含めて“弱体化”していると言っても良いエネミー達。
しかしながら、相手の扱いは精霊っていうか……名前としては神様に近い存在。
だとすればゲーム通りの可能性だってある上に、最終形態のちゃんとした肉体が出て来るまでは、弱体化は望めない可能性が高い。
そんなのに、勝てるか? 俺達が。
敵の事ばかり考えているが、こっちだって生物である以上弱体化していると言って良いだろう。
何かの大怪我を負えば、戦闘続行は不可能だし。
誰かが死ぬような事態に陥れば、落ち着いて対処出来るかも分からない。
更に言うなら、マグマに飲まれる様な状況になった場合。
ゲームでは復活の魔法を掛ければプレイヤーは安全な場所にリポップされるが、リアルでは間違いなくそんな事は無いだろう。
つまり溶岩の中で蘇生され、また死ぬ。
蘇生スキルがあろうと確実に蘇れる保証はないのだ。
コレはアイテムでも同様だろう。
もっと言うなら俺達はまだ、戦闘に使用するアイテムの検証が殆ど出来ていない。
「危険過ぎるんだよなぁ……こんなの、ゲームシステムを理解してない初心者が装備だけ固めて、ラスボスに初挑戦する様なもんだ。ギミックだって知っているモノとは違う可能性の方が高い」
「間違いなく初回は負けるねぇ~」
「だけども、その場合俺達に“次回”はねぇ」
ある意味、この世界で生きている人達の気持ちを初めて理解した瞬間かもしれない。
こんな恐怖を覚えている以上、無理矢理戦闘に挑む人間の方が少ないだろう。
現地人にレベルってものがあるのかどうなのかは分からないが、確かに強くなろうと突き詰める人間の方が少ないのは確かだ。
「どうする、クウリ」
静かに、だが確かな答えを求めてイズが言葉を放つが。
此方としては、答えられる訳が無い。
仲間達の安全が最優先である以上、戦うべきではない。
しかしこのまま放置するというのも、多分今後に関わるのだろう。
他の全てを犠牲にするリーダーでは、これからも今の様な関係を続ける事は出来ないかもしれない。
普通というか、環境に合わせるのであれば全く問題ない決断だったとしても。
俺達は、正直普通じゃない。
だからこそ希望論だったとしても、“もしかしたら”を想像してしまう。
そして元々人々の死というものが身近に無かった環境で育ったからこそ、綺麗事を並べてしまう。
甘えだって分かっていても、その綺麗事を夢見てしまう。
この世界において俺達は、非常に不安定で歪な存在って訳だ。
「戦うのは嫌だけど……放置するのも、ねぇ? でもその場合、何か作戦とか思い付く?」
もはやソレは、選択肢がある様で選択肢が無いのよ。
なんて言いたくなる台詞を溢すダイラに、思わず溜息が零れた。
やるのか? マジで?
リアルで、しかもたった四人でレイドボスの討伐を?
ステータスも確認出来ないし、仲間達のHPやMPも確認出来ない。
自身の魔力量だって目視出来ないのだ。
こんな状況でレイドをやれって、どんな縛りプレイだよ。
そう、思うのだが。
「クウリなら絶対出来るー! とかは、言わないけどさ。でもなんか嫌だな、こういう事から逃げるの……らしくないって言うか。無理だろって思う戦闘だって、絶対なんかしらの活路を見出して来たパーティだし。でも逃げるなら、指示に従うよ俺は。絶対恨んだりしないから、そこは安心して」
安心出来るかブワァァカ! このちびっ子!
温泉に浮かびながら真面目な台詞を吐くんじゃねぇ。
しかしトトンの言葉を聞いて、ある意味決心が付いたのかもしれない。
俺等らしくない、確かにその通りだ。
やり込めばやり込む程キャラクターが尖っていくゲームをしていたのだ。
当然大規模クランの様な存在が生れ、初心者はそこに依存していく形となる。
プレイスキルを伸ばそうとするクランだったら良いが、そうじゃない所ではゲームの中でも雑用の様な事をさせられていたプレイヤーも数多くいた。
コレも“ユートピアオンライン”の衰退に繋がった理由の一つだと、俺は考えている。
だからこそ、俺達はクランを作らなかった。
たった四人のパーティで、たったこれだけの人数でもこんな事が出来るんだ。
それを証明したくて、大規模クランの連中にも喧嘩を売れるだけの実力を付けた。
その努力の結晶が、俺のアバター“クウリ”。
今では俺自身となってしまったが、このキャラクターは何百という相手に笑いながら魔法をぶっぱする様な“魔王”的存在だった筈だ。
だったら……たかが一体のレイドボスから逃げるって、滅茶苦茶格好悪いよな。
「はぁ……どいつもコイツも。相談してる様な事を言いながら、心は決まってるってか?」
もう一度ため息を溢しながらも、クラゲを止めて温泉の中で立ち上がる。
あーちくしょう、やりたくねぇ。
やりたくねぇけど。
「これだけ言われて、これだけ環境を用意されて。逃げ出したとあっちゃ、俺等パーティはクソ雑魚だって認めるようなもんだもんなぁ」
クククッと笑いつつ、自らの掌を見つめた。
真っ白くて、男の時では想像も出来ない程小さな掌。
しかしこの手は、このアバターは。
これまで何千何万というプレイヤーの血を啜って来たのだ。
その影響を受けているのなら、今度は俺が覚悟を決めろ。
戦う準備は出来ている、そして決断するのは……俺だ。
「“溶岩神ペレ”を討伐する。全員、攻略の手順をもう一回頭に叩き込め。相手はレイドボスだ、マジでキツイ戦闘になるぞ?」
ニィッと口元を吊り上げて宣言すれば、皆どこか安心した様な笑みを浮かべていた。
ったく、結局戦う気満々じゃねぇか。
しかもゲームみたいに“倒したい”ではなく、この街の人達を“救いたい”って方向で。
俺達は、英雄でも勇者でもねぇんだぞ。
なんて、文句の一つでも言おうかと口を開いた瞬間。
「クウリさん! 此方ですか!? ギルドから重要情報を貰って来ました!」
ズバンッ! と音を立てながら、ミラさんが温泉へと侵入してくるのであった。
「お願いだから急に開けないでくれますかね!? 勢いが凄い!」
普通に驚いて、無意識に身体を隠してしまう俺。
おかしいな、こう言う所でも乙女心に目覚め始めたのだろうか?
ちょっと、何か嫌なんだけど。




