第31話 協力者
あり得ないものを見た。
盾を持った小さな少女が岩竜の突進を物ともせず、弾き返す光景。
相手は何倍もの質量があるだろうに、ソレを平然と打ち返している姿。
何がどうなったらそんな事が起きるんだと、何度も思った。
そう、何度もだ。
だからこそ見間違えか何かじゃないし、事実起きた事なのだ。
何度繰り返そうとも、信じられない光景だったのだが……小さなその身体が相手に押し負ける事態は、最後まで発生しなかった。
更には岩をも切断する剣士。
彼女はグランドベヒモスに対し、あの硬い皮膚と甲殻に刃を突き立てた。
尻尾は一刀両断され、翼さえも切り落とされた。
本当にあり得ない光景。
いったいどんな刃物を使えば、アレ等が切断できるのか。
剣士としての能力? それとも特別な魔法を使っているのか?
全くもって答えが見つからないが、彼女の剣は次々に部位を切り落とした。
更に言うなら、相手が奥の手を使った時。
体内の熱を一挙に敵に向けて吐き出すという行為。
アレは、そこらの魔術師では防ぎきれない程のブレス。
だというのに。
「無理無理無理! クウリィィ!」
「角度と属性を工夫しろ! 毎度も言ってるだろうが! お前ならこの程度余裕な筈だ! 信じろ!」
彼等を守る聖職者は、平然とソレを防いでみせたのだ。
“逸らす”と言う形で。
しかも、相手が口を開いているのを良い事に。
「弱点露出しながら、なぁに呆けてんだ岩トカゲが。ほら、耐えてみろよ。“プラズマレイ”」
あの子達のリーダー。
攻撃術師であり、あり得ない攻撃を放つ魔法使い。
彼女が青い光を放つと同時に、各部位を失ったグランドベヒモスが動かなくなったのだ。
口から切断された尻尾に向けて、細く眩い光が抜けると同時に、完全に沈黙した。
そして、そのまま。
「グランドベヒモスが、死んだ。と?」
「……はい」
ギルドに戻って、依頼に対しての報告をする私達。
しかし、仲間達は皆視線を伏せたまま。
あの光景を、未だに受け入れられていないのだろう。
無理もない、あんな事をする冒険者をこれまでに見た事が無いのだから。
彼女達は、いったい何なんだ?
まるで夢でも見たのかという光景ではあったが……間違いなく、解体場にはグランドベヒモスの死骸が転がっている。
あれは、間違いなく現実だったのだ。
「とてもではないが……信じられないな」
呆れたため息を溢すこのギルドの支部長だったが、グランドベヒモスの死体に関する書類に目を通しながら、息を吐き出した。
後退した前髪を撫でつつ。
そして。
「君達に重大な任務をお願いしても良いだろうか?」
「……はい」
何を言われるかなど、分かっている。
彼女達から口留めされているから、あの子達の装備などは誤魔化してあるが。
「彼女達を、見張れ。同じ宿に泊まっているのだろう? であれば、徹底的に。いいな?」
「了解、しました……」
そんな訳で、私達には新しい仕事が課せられるのであった。
あぁもう、何なんだあの子達。
とてもじゃないが、私達の手におえる存在じゃない気がするのだが……。
※※※
「あぁぁ~溶ける」
「クウリィ……俺このまま細胞分解して居なくなるかも……」
本日も、温泉に浸かりながらクラゲになっていた。
イズとダイラは、ミラさんの助言に従って髪をまとめているが。
俺とトトンに関しては、完全に自由。
髪なんぞまとめた所で、温泉で浮かぶ以上意味がない。
と言う事で、存分に漂っていれば。
「皆、御一緒して良いかしら?」
タイミングを見計らったかの様に、ミラさんのパーティが風呂に突入してくるのであった。
「よし皆、出るぞ」
「「「了解」」」
それだけ言って温泉を後にしようとした俺達を、彼女がガシッと止めるどころか。
可愛い名前のゴツイ双子が完全に入口をブロックしているではないか。
これは、何だ?
「髪、洗わないと痛むって言いましたよね?」
「も、もう洗いましたぁ……」
「ですから、湯につけては駄目です。特に温泉は。成分によって違うという話ですが、熱すぎる湯に付ければ、その銀髪が痛みます」
「いやぁ……あはは、俺等あんまりそう言うの気にしないというか」
「こっちへ、どうぞ? 私が洗ってあげますから」
ひえぇぇ……こういう事に関して、女の人怖すぎじゃないか?
なんかもう、拒否権とか無い感じで椅子に座らされたんだが。
そんな訳で、俺とトトンだけ洗い場に運ばれ。
イズとダイラは温泉に戻された。
ひぃん。
「こんなに綺麗な銀髪なのに、勿体ない。どこの出身ですか?」
「えぇと……その」
「あぁ、無理矢理聞き出すつもりはないですから。羨ましいと思っただけです、こんなにも手触りが良いのに……」
「何かもう邪魔だし、ばっさり切っちゃおうかなって」
「それこそ勿体ないですよ! コレだけ綺麗に長くしたのに、短くしてしまうなんて勿体ないです!」
なんか、良く分からないけど。
タオル姿の美女に怒られながら頭を洗われてしまった。
いやぁ、気まずい。
隣に座るトトンも、置物みたいになってリーンさんに洗われているし。
分かる、どう反応して良いか分かんないよな。
ついでに言うと、ゴツイ双子はササッと身体を洗い終わったのか。
今ではイズとダイラの話し相手をしていた。
あの見た目で、コミュ力高いのな。
いや、こう言う感想も失礼なのかもしれないけど。
しかもあの二人、慣れると普通に話しやすいから余計に質が悪いんだよ。
アイツ等、余計な事言ってなければ良いけど。
そんな事を思いながらシャワーで髪の毛を流して貰っていると。
「本当に、貴方達は何処から来て、何処を目指すんでしょうか」
「ミラさん? それはどういう……」
ふと、鏡に映る彼女が暗い表情を浮かべて視線を逸らしていた。
ヤバイ、もしかしてココでも不信感を抱かせてしまっただろうか?
そんな事を思いながら、アワアワと慌てていれば。
「貴方程の術師、初めて見ました。それに魔法剣士としても……イズさんの足元にも及ばないと、理解しました。これでも、この地ではベテランを名乗っているのに」
「あぁ~それは、まぁ。アレです。俺等が特殊というか、色々ありまして……」
またやるか? 強い魔物と戦って記憶混濁作戦。
などと、思っていたのだが。
彼女は首を横に振って見せた。
「言わないで下さい、聞いてしまえば私達はギルドに報告しなくてはなりません。そういう依頼を受けました。だからこそ……私達に提示して良い内容だけ教えて頂ければ、それで構いません」
おやまぁこれは、随分とあけすけに公開してくれるもので。
そういうのって普通は隠すものなのに。
つまり俺達は、今回のギルドでも目を付けられたって事で良いのだろう。
しかしながら、その調査を彼女達が行っている状態。
であるのなら、彼女達に変な情報を洩らさなければ大きな問題にはならないと言う事。
「俺達は大したモンじゃない、そういう体で生きていきたい。そう伝えたら、ミラさんは協力してくれますか?」
「これでも、命を救われた面々ですからね。私達だけでは、グランドベヒモスなど相手には出来なかった。だからこそ、最大限貴女達が有利になる状況を作りましょう。いいんですよ? クウリさん。失言をしても、皆様に不利益になるのなら報告しませんから。例え貴女が……魔人だったとしても」
「魔人じゃないが!? あんなのと一緒にするな!? アイアムヒューマン! アレ等は全部装飾! OK!? お願いだから俺のキャラをあんな羊頭と一緒にするの止めて!?」
「ま、魔人とも遭遇した事があるんですか?」
それだけは断固として拒否してしまうのであった。
頼むから、あの羊と同じに見ないでくれ。
俺のキャラ可愛いだろう? 愛でるなら構わないが、奇天烈な物体と同じにしないでくれ。
クエックエッ! みたいな変な笑い声を上げていたアイツと同一視されるのだけは、どうしても納得いかない。
此方としては、魔人はキショイというイメージしかないのだから。




