第230話 これからも、ずっと
「はぁぁぁ……本当に終わっちゃうんだぁ……」
そこら辺の、背の高い建物によじ登ってから。
一人で膝を抱えたまま、街中の光景を見下ろしていた。
今日で、“トトン”は終わりなんだ。
明日からは、また現実が待っている。
どんなに苦しくなっても、どんなに自分が嫌いでも。
この世界に来て、トトンを演じている間だけは凄く楽しかったのだ。
現実の俺も、こんな風に明るく振舞えたら良いのに。
自信を持って、胸を張って、堂々と言葉を放って。
それこそ、俺の中では“たった一人”になれたのだと思う。
でもそれは、あまりにも自分自身とかけ離れ過ぎていて。
ある意味、キャラクターが独り歩きしてしまった状態に近いのかもしれない。
いつも元気で、馬鹿な事ばっかりやって。
構ってちゃんだとしても、皆なら相手してくれる。
俺の事を、ちゃんと認めてくれる。
だから、この世界が大好きだった。
自分自身と同じ顔にキャラを設定しても、ゲームの中でなら好きになれた。
けど、この世界が無くなったら……。
思わず顔を伏せながら、メッセージ通知をチラ見した。
「……まぁ、普通こうだよね。他の人と、ちゃんと関わって無かったもん」
フレンドリストに登録してある人達に、端からメールを送ってみた。
PVPで一戦しただけの人とかも居るから、誰だっけ? なんてプレイヤーも居たけど。
全員に、「お世話になりました」って。
ちゃんと言葉にして、ありがとうって伝えたのだ。
俺の繋がりなんて、本当にこれだけ。
少しの間メールを送る時間を作れば、関わった人全てに連絡が取り終わってしまう程度。
ずっと、クウリと一緒に居たから。
四人組になってからは、もうずっとパーティの面々としか関わってないし。
だからメールも、ポツポツと相手から返事が返って来る程度。
そして相手も、凄く形式ばった文章というか……まぁ、こっちも他人の事は言えないんだけど。
お世話になりました、楽しかったです。とか。
また何処かで会えたら、PVPやりましょう! みたいに言ってくれる人もいたけど。
皆、これだけで会話が終わってしまう。
本当に、形だけの別れ。
当たり前だよね、ゲームだもん。
サービス終了するからって、人生が終わる訳じゃない。
他の楽しみを見つければ、娯楽を見つければ誰もが“次”に移っていく。
それが普通で、オンラインゲームのサービス終了なんて珍しい話でも何でもない。
けど……俺にとっては。
「嫌だなぁ……終わりたくないよぉ……」
どことも分からない建物の屋根の上、そこに蹲った小さいプレイヤー。
多分他の人から見たら、こんな時にひとりで何やってるんだ? って思われるだろう。
でも俺には、これしか出来ないんだよ。
別れを惜しんで声を掛ける人は、誰もいない。
仲間達に関しては、別れを告げるなんてしたくない。
たった三人だけなんだけど、その三人が俺にとっては凄く大きな存在だったのだ。
いつだって手を差し伸べてくれる、どこまでも楽しい事を一緒にやらせてくれるリーダー。
一番大人っぽくて、困った時は誰よりも頼りになる前衛。
ちょっと俺と似ていて、それでもしっかりと年上って感じのする補助術師。
皆に囲まれている空間こそが、俺にとっての“ユートピアオンライン”だったのだ。
無くならないでよ、もっともっと続いてよ。
だってこんなにプレイヤーが居るんだよ? 楽しいって思ってた人達がこんなにいっぱい。
周りを見ても、誰も彼もがこのゲームの事が好きだったんだと一目で分かる程に。
なのに、本当に終わっちゃうの? 今日で、本当に最後なの?
明日からは、いくらログインしてもこの場所に来られないの?
皆と……もう、会えないの?
「ヤダ……嫌だよぉ……」
情けなく泣き声を洩らしながら、膝を抱えたままジッとしていれば。
再び、ポンッと音を立てて通知音が聞こえてきた。
きっと、また誰かがお疲れ様の挨拶を送ってくれたのだろう。
そんな事を思いつつ、グズグズと鼻を啜りながらシステムウィンドウを開いてみると。
「……クウリ?」
パーティの、お誘いが来ていた。
え、と?
これから狩りに行くとか、PVPするって訳じゃないだろうに。
今、このタイミングで?
不思議に思いながらタップし、内容を確認してみると。
『どっかで拗ねてんのか? 顔上げろ。んで、俺ん所に来い。助けてくれると、めっちゃ助かる。頼めるか?』
この文章を見た瞬間、迷わずパーティ加入のボタンを指で叩いた。
そしてその場ですぐに立ち上がり……顔を、上げた。
「トトンにお任せ! ってね! すぐ行くっ!」
元気良く声を上げて、建物の屋根から飛び降りた。
クウリが呼んでる、だったら行かなきゃ。
今何をしようとしているのか、どうしたいのかなんて全然分からないけど。
でも、クウリが“来い”と言ってくれたんだ。
なら、迷う事なんて何も無い。
俺はトトンだ、少なくともこの世界に居る間は。
助けてくれって言うのなら、ちゃんと助ける。
協力してくれって言うのなら、一緒に頑張って頭を捻る。
遊ぼうって言われたら滅茶苦茶喜んで、すっ飛んで行ってしまう様なガキンチョだから。
「秒で行く! 待っててクウリ!」
プレイヤー達で賑わっている街中を、姿勢を落としながら全力ダッシュをかますのであった。
まだ終わってない。
全部諦めて、無かった事になんかしない。
ウチのリーダーが止めろって言わない限り、俺は“トトン”であり続けよう。
だって、頼めるかって言われちゃったし。
まだ俺は、トトンで居て良いんだ。
ちゃんと皆から、頼って貰えるんだ。




