第224話 未熟な心は、宿り木を求める
腹に突き刺さった大盾の先っぽを、震える手で掴んだ。
『……は? なに? まだ抵抗すんの? 何も出来ない癖に』
ハンッと呆れた様な笑い声を洩らす、俺と同じ顔。
もう駄目だって、俺じゃ勝てないって、そう思ったけど。
それでも、さっき言われた事だけは……反論したかった。
既に身体の方も正常って訳にもいかなくて、相手の盾を掴んだ指先がガタガタと震えているけど。
でも。
「俯くのだけは……嫌だ」
『…………』
「俯くなって、顔を上げろって……クウリに言われた。そしたら、絶対見つけてくれるって。俺の名前を呼んでくれるって……約束、したもん」
血だらけの掌が滑って、どうしても腹に突き刺さった盾が抜けない。
痛く痛くて、ボロボロ泣きながら必死に押し返そうとしても、全然動かない。
けど、それでも。
「駄目だけど、俺は本当に駄目な奴だけど……でもっ、でも! それでも必要だって言ってくれたもん! 俺だから頼ってくれるんだって、そう言ってくれたもん!」
どうにかこうにか大盾を掴み、無理矢理腹から引き抜いて行く。
ブチブチブチってすげぇ嫌な音したし、もうヤダってくらいに痛いけど。
「だから絶対、俯きたくない……クウリが言ってくれた事は、大体みんな合ってるもん! 皆が言ってくれた事だけは、絶対信じられるもん! 俺は何も持ってないから、空っぽだから……でもせめて、皆が凄いって言ってくれた事だけは、嘘にしたくない! 俯かなければ、俺が皆を見つける事だって出来るかもしれないじゃん!」
気合いを入れろ、無茶でも何でも、とにかく“やれ”。
今は皆が居ないけど、俺一人じゃなんにも出来ないって分かってるけど。
それでも、ここで負けたらもう皆と会えなくなる。
これだけは、世界がどうとか自分がどうとかの前に、絶対に嫌だ!
「ぬあぁぁぁっ!」
『……物理特化だし、これくらいじゃ死なないって分かってたけど』
盾の切っ先が完全に抜けた瞬間、相手は少しだけ距離を取った。
多分、インスタントマジックを警戒したんだと思う。
個人戦になるって分かっていたから、だったら俺が皆に頼らない筈ないって、そう思って。
本当にその通りだよ、事前準備の段階で滅茶苦茶頼った。
戦闘能力的に一番ダイラが心配だったから、かなりの量を渡しちゃったけど。
けど俺だって、自分だけでどうにかなるなんて思ってないから。
皆から、ちゃんと“借りて”来た。
一瞬だけ目を閉じて、アクセサリーを全部の指に装備してから。
「“ヒール”、“ヒール”、“ヒール”!」
ダイラの回復魔法をひたすら使って、一個目の指輪が砕けた。
ただのヒールじゃない、“幸運の性女”が強化しまくったスキルなのだ。
能力値は当然高いけど、その分“付与”には向かなくなって来る。
けど……此方の身体は、全回復した。
「“フレイムボム”!」
起き上がってすぐにイズの魔法を発動されば、相手は大盾を構えてこれを防御。
反応されるのなんか最初から分かってた、俺の得意分野は“それ”しかないから。
だからこそそのまま走り出し、拳を振り上げる。
こっちの大盾はさっきの攻撃ラッシュでどっかに吹っ飛んだし、この距離じゃもう一度装備を変更している暇もない。
なら。
「“プレズマレイ”!」
向こうの盾を殴りつけると同時に、クウリのスキルを使った。
拳から放たれるのは、幾本ものレーザー。
流石攻撃力特化の魔術師、威力が半端じゃない。
でも使用者は俺という事もあり、マイナス補正は物凄い事になっているが。
それでも、俺は物理特化。
なのでここまで弱体化した魔法だって、同じ存在ならちゃんと防がないと不味いのは向こうも一緒。
というかマイナスを食らった所で、元々はクウリのスキルなのだ。
その攻撃力は計り知れない。
指輪が幾つも砕け散ったが、でもこのまま押し通す。
そうじゃないと、勝ち筋が無いから。
そんな風に、思っていたのに。
「……え?」
こっちの攻撃を受けたその盾が、盛大に吹っ飛んで行った。
まるで、まったく抵抗する力が加わっていないみたいに。
しかも飛んで行った盾がクルクルと回転しても……その向こう側に、敵の姿が無い。
『目くらましからの特大攻撃、悪くないけどさ……ソレ、お前にしか出来ない訳じゃないからね?』
サイドに回り込んだ相手が、残るもう一枚の大盾を振り上げている。
やばい、コレ。
正面に大盾を構えられたから、相手の姿が完全に見えなかった。
この低身長を生かした立ち回り、PVPなら自分でも結構活用してたのに。
まさか主力装備を“囮”に使って来るって発想は、俺には無かった。
『鎧までボロボロの状態で、ちゃんと防ぎきれる訳? ヨワヨワの雑魚タンク……“スマッシュ”』
「ふぎゅっ!?」
横から盾で顔面をぶん殴られ、今度はこっちが盛大に吹っ飛ばされる。
単純な攻撃力と、殴られた俺の体重のせいもあり。
これまたボールみたいに地面を転がされた訳だが……今度は、すぐに顔を上げた。
「プラズマ――」
『“パリィ”』
追撃して来た相手に対し、こちらは拳を向けてもう一度魔法を使おうとしたが。
向こうはソレを、というか俺の腕を。
空いた方の腕で簡単に“弾いて”来た。
結果、空に向かってクウリの魔法が放たれ、また指輪が砕ける。
そして相手は身体を回転させながら、もう一度大盾を振り上げ。
『終わりだよ、もうずっと地面しか見えなくしてあげる』
此方の頭に向かって、敵の攻撃が上から迫って来る。
あぁ、これは……駄目、かなぁ……。
なんて、心の何処かで諦めて、目を瞑りそうになった瞬間。
「“シューティングスター”! “プラズマレイ”! “アイシクルエッジ”!」
『っ!?』
こっちの周りには、超大火力の“雨”が降って来た。
俺の事を避けるみたいに降って来た大雨だったが、相手は大慌てで飛びのき防御の為に盾を構える。
回避行動を取った事で、逆に攻撃範囲に入ってしまったのか。
この火力と数に押されたまま、随分と距離が開いた。
そんな相手を、ポカンとした表情で見つめていると。
「そんな情けない泣きっ面晒しながらも、ちゃんと顔を上げてるじゃねぇか。偉いぞ、よくやった。約束通り、ちゃんと見つけてやったぜ?」
俺の目の前には、真っ黒い鎧を纏った背中が空から降って来た。
巨大な漆黒の鉄の翼を広げ、遅れてフワッと広がるのは白銀の長い髪。
長い魔法の杖を掴み、自信過剰な程胸を張るその姿は……忘れる筈も無い。
いつもなら、俺の後ろに居る筈のその人。
俺がタンクで、向こうはマジックキャスターだから。
だからこそ、初めて知った。
この人の背中は、こんなにも大きかったのかって。
「クウ、リ……」
「待たせたな、トトン。もう大丈夫だ……なんたって、“俺が”来たからな?」
牙を見せるみたいに、悪い顔でニッと微笑むその表情は。
今、世界で一番見たかった“魔王スマイル”だった。
こんな風に、自信を持って俺も笑えたらって。
この人みたいに、胸を張ってちゃんと言葉に出来たらって。
リーダーみたいに、皆から好かれる人になれたらって。
ずっとずっと、憧れて来たのだ。
そして何より……この人は。
「やっぱり、来てくれた……クウリィィィ……」
一人ぼっちの俺を、ちゃんと見つけてくれるのだ。
最初の街で、素人感丸出しで。
声も上げられずキョロキョロしていた、オドオドして俯いていた俺に対して。
声を掛けて、笑ってくれた人。
ずっとずっと、俺の隣に居てくれた人。
俺の事を認めてくれて、俺の願いをちゃんと聞いてくれる人。
依存だって、頼ってるだけだって笑われるかもしれないけど。
「うぅぅぅ、大好きぃぃぃ……」
「おうよ、後は任せて――って、おい何だよ急に。いきなり愛の告白かましてんじゃねぇよ」
後ろから引っ付いてみれば、クウリからは困った顔をされてしまったが。
でも、間違いない。
俺はこの人と出会ったその時からずっと……クウリの事が大好きだったんだ。
どうしようもなくなった時、俯いてしまいそうな時。
絶対に助けに来てくれる、ヒーローみたいな人だから。
人生で初めて、恋をしたのだと思う。




