第221話 蜘蛛の糸を垂らす
「サンキュ、エレーヌ。もう大丈夫だ」
「……いや、大丈夫だ、じゃなくて。一緒に戦うけど?」
「いんや、流石にこの状況で2対1は可哀想ってなもんだろ」
なんて、今更過ぎるんだけども。
間違い無く先程の一撃で、相手の勝利が確定した瞬間だっただろうに。
まさかの乱入者に攻撃を相殺され、その上急にチート武器を装備。
もっと言うのなら、ポーションの影響でMPも全回復。
そりゃもう、ふざけんなって言いたくなるだろうな。
『ふざけるな! さっきのは絶対俺の勝ちだろうが!』
ですよね、ごめんて。
アハハ……と、乾いた声を零してしまったが。
「何を言っているの? 実戦では何でも有り。それどころか……“魔王”だからこそ、“仲間”に頼るのだと教わったわよ? 魔王を名乗りたいのなら、貴女も仲間を呼べば良いじゃない」
シレッとそんな事を言い放つエレーヌに、グギギッとばかりに歯噛みしている2Pカラーの俺。
いやぁ、気持ちは分かる。
あの状況から、こんな逆転のされ方したら流石にイラつくわ。
しかも向こうはアイテム使用不可、つまりMP回復にはドレインのスキルが必須。
もっと言うのなら……先程サテライトレイを使用した事により、魔力はスッカラカンなんだろう。
正直悪いとは思うが。
ま、コレも“現実”だからこそって事で。
「存分に恨んでくれて良いぜ? 文句を言って、俺の悪評を広げてくれたって良い。そうすりゃ……“俺達”に挑んで来る奴等が増えるってもんだしな」
「……貴女がどうやって対人でランカーに上り詰めたのか、何となく想像出来るわね」
魔女からは呆れた様な瞳を向けられてしまったが。
ていうかコイツも、さっきから妙にプレイヤーみたいな言動を取っているな。
とはいえ、今は目の前の事から対処する必要があるので。
「“テレポート”」
『っ! このっ――』
此方が転移した瞬間、相手は遠くに視線を投げて俺の姿を探し始めたが。
「残念、“目の前”だよ」
いつもだったら、絶対に移動しない場所。
攻撃術師で、遠距離の範囲攻撃特化の俺が。
こんな所に転移するなんて、それこそ相手を舐め腐っている様な真似でしかない。
だが、今この手に握られている物は。
「うらぁぁっ!」
『ゥグッ! マジで……ざけんなよ……? お前は“術師”だろうが!』
貰ったばかりの剣の切っ先を、相手の腹に突き刺した。
その切れ味はこっちもビックリしてしまう程。
相手は俺と同じ防具を着ているのだ。
いくら本体が紙装甲でも、鎧はそんな事はない。
だというのに、熱したナイフをバターにぶっ刺すみたいに簡単に貫通した。
「悪いね。どんなに汚かろうと、今は“生き残らなきゃいけない”立場にあるんだわ」
『クウリィィィ!』
「おう、俺はクウリだ。覚えておけよ? これから、この世界で魔王を名乗るヤツの名前だよ。仲間に頼ってばっかりの、格好悪い雑魚プレイヤーだ」
そんな言葉を放ってから、突き刺した両手剣に魔力を通していく。
そして。
「ぶっ放せ! “黒百合”!」
此方の声に応えたかのように、剣に描かれた紫色の模様が強い光を放ったかと思えば。
刀身から、白く輝く攻撃魔法が“放射”された。
まるでエレーヌが、“血喰らい”の魔法を行使した時みたいに。
それこそサテライトレイの縮小版みたいな見た目の、俺好みの“ぶっぱ”。
この攻撃が相手を完全に呑み込み、数秒後には肉体を完全に消失させた。
「俺の勝ちだ」
「他人の手を借りて、頭のおかしい武器を貰って、最後にはこの態度。恐ろしいわね、魔王。面の皮の厚さが」
「うっせぇやい!」
なんて、魔女と一緒に漫才みたいな会話を繰り広げていれば。
やがてこの空間そのものが濃い霧に呑まれていき……。
「……これは、“夢”? トレックやシュウが、俺に見せたみたいな」
「えぇ、その通り。これの事前情報として、“北の門”の前には“龍の谷”のフィールドが設置されたそうよ。それじゃ、また“現実”の方で会いましょう?」
「ちょいちょいちょい! お前さっきから色々おかしな事知って――」
こっちの言葉を待たず、霧は俺達を包み込んだ。
あぁぁ、もう! 夢が終わる時、何かいつも会話が中途半端!
※※※
「やぁ、おはよう魔王。よく眠れたかい?」
目を開けると、すぐそこにシュウの顔があった。
「おわぁぁぁっ!?」
「だから、その反応は失礼だと前にも話しただろう? これでも昔は絶世の美女なんて言われていたんだよ? もしや時代が変わって美的感覚が変化したのかい?」
何故か黄龍に膝枕されていたらしく、慌てて逃げ出して後ずさってしまったが。
ドンッと背中が誰かにぶつかった。
振り返ってみると、そこにはムクリと上体を起こしたらしい魔女の姿が。
「おはよう」
「どわぁぁっ!? って、エレーヌか。おはよ、さっきはどーも」
「えぇ」
「ちょっとちょっと? 流石にその反応の違いには、古の龍だとしても傷付くんだが?」
何やらシュウから不満の声を貰ってしまったが、改めて室内へと視線をやれば。
とてもじゃないが、遊んでいて良い状況には見えなかった。
「トトン! ダイラ! イズ!」
皆が、ぐったりと横になったままピクリとも動かないのだ。
慌てて駆け寄り、一人ずつ肩を揺すってみるものの……誰も、目覚めない。
まさかこの部屋に踏み込んだ事で、俺の“夢が覚めた”って状況に陥ったんじゃ――
「安心して良いよ、魔王。皆君と同じさ、誰も死んではいない」
シュウの声に、ホッと胸を撫で下ろすのも束の間。
バッと振り返り、起きている二人に視線を向けた。
「二人には、影響が出ていない……? エレーヌは……ストーリーに関わるNPCだから、か? シュウに関しても、プレイヤーじゃないから巻き込まれなかった?」
だとすれば、ここはストーリー通りにエレーヌに頼むしかない。
一人ずつ夢に潜って貰い、さっきみたいに助けてもらいさえすれば……いや、そもそも。
「エレーヌ、さっきのは何なんだ? あの剣は? どうやって手に入れた? それにお前、やけに“向こう側”の事情に詳しくなってないか?」
矢継ぎ早に質問してみれば、相手は此方に掌を向け。
黄龍に関しては「落ち着け」と言わんばかりに、掌をヒラヒラ。
でも、この状況で落ち着いていられる訳が無い。
現実だからこその影響が、露骨にこのイベントを変化させてしまったのだから。
マジで自分自身との対面。
こうなって来ると、あんまり良い思い出が無さそうなトトンやダイラに関しては、マジで心配になって来るというもの。
それにイズだって安心だとは言えないのだ。
はっきり言って……想像以上に、自分自身ってのはやりにくい。
精神的な云々を別にしても、実力としても拮抗しているどころか、こっちでは到底決断出来ない事すら平気でやって来たのだから。
「落ち着いて、魔王。簡単に説明するから、質問は無し。今は時間が無い」
「お、おう……」
こちらに近寄って来た魔女が、俺の両肩に手を置いてから。
ジッとこっちを真っすぐ見つめて来て。
「私も、正式に“ログイン”したわ。だから、今は貴女達と同じ存在。けどストーリー上、このイベントに私は巻き込まれなかった」
「は?」
「けど夢は見た。そこで、トレックと会ったわ。様々な事を聞いて、“あの剣”を受け取った。貴女に渡してくれって、約束の品だと言ってね」
う、うーんと?
早くも理解不能な状況になってしまったのだが?
とはいえ、質問は無しってのは続行中らしく。
「そして今やるべきことは、皆の“夢”に干渉する事。貴女でも勝てなかったくらいだもの、皆だって苦戦していない筈がない」
「そ、そうだよ! 今回の敵ヤベェぞ! 早く助けに行かないと……って、あれ? これ、どうやって干渉すりゃ良いんだ? エレーヌなら、皆の夢に入れるのか? さっきみたいな装備は!? 他には何か渡されなかったか!? だったら“黒百合”を持って、順に皆の所に――」
「落ち着いて」
そんな事を言いながら、ムギュッと抱きしめられた。
思いっ切り相手の胸に顔を突っ込む形で。
その際、完全に思考が停止した気がしたが。
「聞いて、魔王。貴女でもあの状態なのよ? 一人ずつ助けに行っても、間に合わない可能性が高い。だから……貴女が命令して」
「ふ、ふが……命令って、何を……」
プハッ、とか言いながら顔面を相手の胸から引っこ抜いてみると。
エレーヌは、真剣な眼差しで此方を覗き込み。
「黄龍に協力してもらって、皆の夢に入る。でも、誰かの夢に踏み込めるのは一人が限界。だから、誰が誰を助けに行けば良い? 私と、貴女と、そしてシュウの三人で。全員いっぺんに救う」
急にそんな事を言われても……なんて、思ってしまいそうな場面。
でも、いち早く救助に向かうというのは大賛成だ。
もしも俺と同じ様な状況に陥っていれば、正直……洒落にならない程ヤバイ。
色々聞きたい事もあるし、情報共有してほしい内容も腐る程ある筈なのだが。
まずは、仲間達が優先だ。
エレーヌから一旦身体を離し、未だ眠っている三人を見回してから。
「シュウ、誰が誰の元に向かっても、問題無いんだな? 相性とか、条件とかも一緒なんだな?」
「あぁ、そこは問題無いよ。私の得意分野だからね、夢の中でもいつも通り戦える事を約束しよう」
その言葉を聞いてから、グッと拳を握った。
本当なら全員、俺が行ってやりたい。
けどそれじゃ、時間が掛かり過ぎる。
これは誰がやっても一緒だ、一人じゃ何をやろうとしても大した事は出来ない。
だかこそ、全員で役割を分担する。
本来俺達は全員一緒だからこそ実力を発揮するパーティ。
エレーヌとシュウなら、安心して任せられる力を持っているのは知っている。
けど俺は? たかが俺一人が参戦した所で、絶対安心だと言える保証はない。
例え誰と一緒になろうと、どうしてもこの不安は伴う。
でも……超個人的な理由と、少しでも全員生存の可能性を高くするのなら。
「シュウはイズ、エレーヌはダイラを助けに行ってくれ。俺は……トトンの所に行く」
「それで、良いのね? 理由は?」
「はっきり言ってシュウに関しては心配する内容の方が少ない、レイドボスだからな。だからこそ、一番上手くやりそうだと思われるイズを頼む。本来アイツはマジもんの剣士だ、お前の後衛火力があれば何も問題無い。だからこそ、“予想外”の事態が怖い。その為の保険だ」
「承知したよ、魔王。任せたまえ」
「次にエレーヌ。ダイラは後衛術師ではあるが、攻撃手段がほぼ無い。得意なのが“補助”である以上、視覚的に頼もしく戦ってくれる前衛が居れば、アイツも安心して本気を出せる筈だ。だからこそ、“頼れる前衛”が必要だ」
「了解、絶対に助けるわ」
二人が頷くのを確認した後、俺の近くで眠っていたちびっ子の頭にポスッと掌を置いて。
「そして俺がトトン。過去にはタッグを組んでいた事もあるからな、一番“慣れてる”と言える二人組だ。っていうのと……約束しちまったからな。顔さえ上げてれば、俺が迎えに行ってやるって」
まったく、手間のかかるちびっ子が居たものだ。
今でも苦しそうな寝顔しやがって……すぐに行ってやるから、ちょっと待ってろ。
という事で、今後の方針は決定。
なら後は……行動あるのみ。
「シュウ、頼む。コイツ等の“夢”に誘ってくれ」
「あぁ、良いだろう。それでは早速始めようか……今だけは夢食いに化けるとしようか。眠れる子供達の悪夢を、全て食らってしまう為に。さぁ、眠れや眠れ。夢の中でさえ、震える子供を抱きしめてあげる為に」
黄龍が筆を動かせば、室内は濃い霧に包まれていく。
行こうか、再び。
“夢の世界”へと。
散々振り回してくれた“夢”って言葉が、なんかもう嫌いになりそうだが。
けど、悪い夢ばかりじゃない筈だから。
全員揃って目を覚まして、おはようって挨拶してから、また皆で飯を食う為に。
本来のストーリーとはちょっと異なる進行にはなってしまうが、ちょっとくらいバグるのは覚悟の上だ。
だから。
「頼むぞ、お前等。絶対全員連れて帰る……そんでもって、今度こそ最高のハッピーエンドにしてやろうぜ」
その言葉を呟いた次の瞬間には、こちらの意識も闇の中へと呑まれていくのであった。




