第219話 愉悦 決意
「ほぉ……これはまた、なかなかどうして。世界とは不思議なモノだねぇ」
ハッハッハと笑いながら、不思議な建物が立ち並ぶ廃都市で。
急に一人になったかと思えば、随分と不思議な存在と出会ってしまった。
『やぁ、こんにちは』
「あぁ、こんにちは。君は“私”で良いのかな? 少々毛色が違う様だが」
『そうだね、私はシュウ。“夢の黄龍”と呼ばれる、古の存在だ』
「これはまた、摩訶不思議だね。生き別れの双子にでも出会ったのかと思えば、まさか名前や存在まで同一という訳だ。コレが最終試練とは、人間もなかなかどうして、粋な事を考えるじゃないか」
ケラケラと声を上げながらも、酒の入ったひょうたんを取り出してみれば。
向こうは、“筆”を取り出したではないか。
「おや、一献付き合ってもらえたりはしないのかい?」
『君が死ねば、私は私になるのだよ。こんなチャンス、逃すと思うかい?』
「ほぉ~ソレはまた。随分と悪趣味な物語だ――」
此方の言葉が終わる前に、相手の魔法が此方のひょうたんを砕いた。
あ~ぁ~……旨い酒だというのに、地面にまき散らしてくれまして。
勿体ないという他無い。
まぁ私が“描いた”物だから、また作れば良いだけなのだけれども。
『“黄龍”は二人もいらない、そう思わないかい?』
「あぁ、確かにその通りだね。私の様な怠け者は、世界に二人も必要無いだろう」
そう言ってから……此方は、巻物を取り出した。
すてーたす? を真似する相手には、アイテム? らしいからね。
装備したまま戦を始めれば、これすら真似されるかもしれないという事で。
戦闘が始まるまでは、収納魔法に仕舞っておけと魔王が言っていた代物。
『ほぉ? 見たことが無いね。ソレは?』
「ハッハッハ、それは僥倖。これは魔王と愉快な仲間達が拵えてくれた恋文……だったら面白いのだが。残念な事に、私も中身を知らないんだ。なんたって、“知っている状態”で踏み込むのは不味いかもしれないという事でね。しかしこれは、魔王が警戒し過ぎだったという事かな? この存在すら知らないとは……所詮、ある程度の“過去”を読み取るだけの紛い物か」
これは、勝ったかな?
まぁ、元々負けるつもりなど無いが。
という事で、皆に作って貰った巻物に目を通してみれば。
『敵の前で読物とは、余裕だね?』
そんな言葉と共に、相手は随分と見覚えのある魔法を放って来る。
それは周囲の物全てを飲み込み、当然此方もその渦に呑み込もうとするが。
「ほぉ……なるほど。こんな風にして、皆は私に“勝った”という事か」
『……うん? お前、何をしている?』
「別に? ただ“書いてある通りに”、散歩しているだけさね」
散歩というには、少々忙しいが。
それでも相手の大技の間を、スルリスルリと抜けていく。
私が得意とするのは、“弾幕”とも言える全体攻撃。
特に人の姿をしている時は、それこそ周囲の人間に見られても恥ずかしくない様に、色々と気にして戦う癖があるのは自覚しているが……。
フフッ、本当に面白いね。
私が手にしている巻物には、私の“攻略法”が書かれているのだから。
そしてその通りに動けば、これだけ派手にまき散らしている魔法ですら……この通り、掠りもしない。
『……なかなかどうして、珍妙な――』
「ここで攻撃、と。ホラ、今度は君が避ける番だよ?」
同じような攻撃を繰り出せば、相手はあっさりと此方の弾幕に呑まれてしまったではないか。
ほほぉ……これはまた。
自らの弱点は知っているつもりでいたが、まさかこれ程までに隙だらけだったとは。
なかなかどうして、珍妙な事もあるものだね。
更に言うのなら……私以外の誰かが、より私の事を理解しているというのは妙な気分だ。
何度も繰り返し挑み、全てを観察し。
そして私を何度も“討伐”したという魔王の言葉は……どうやら、本当だったらしい。
いやはや恐ろしいね、人間とは。
確かに才能溢れる若人達だとは見ていたが、まさかここまでとは。
人の身で、何度も“龍”を打ち負かしたとなれば……それはもはや、英雄の所業。
既に人ならざるモノと言って良い程の存在だというのに、彼女達は人のまま。
この事実に、思わず口元が吊り上がる。
“魔王”の名は伊達ではない、という事か。
「さて、それで次は……おや? もう人の身体が消し飛んでしまったのかい? コレによれば、もう少し苦戦しそうなモノだが」
『この姿を見せるという意味、それは――』
「人の領域から外れた先にある境地。我を龍足らしめん理由を、その身をもって味わってみると良い。だろう? 私をそこまで追い詰めた相手には、絶対に言ってやろうと思っていた台詞を、私の紛い物に先に言われてしまうとは……まぁ、良いさね。他の台詞を考えておくとしよう」
もらった手紙には“第二形態”、と表現されているソレ。
随分な物言いだとは思ってしまうものの、形態変化とは言い得て妙だ。
実際には力を徐々に見せ、相手の全力を見せて欲しいが為に演じている段階に過ぎないのだが……この“攻略法”には、その先まで書かれているのだ。
私が“黄龍”として本当の姿を見せる、その時の戦い方まで。
本当に恐ろしいよ、魔王一行。
君達は……私が“本気”を出す程の存在だと、この文字列が証明しているのだから。
「さぁ、楽しもうか。我と同じく、“夢の黄龍”よ。皆はどうやら、本気の私すら退ける程の実力者の様だ。そんな者達が書き綴った、私の“攻略法”。こんな物を手にしている同格の存在に……貴様程度が、勝利を収められると思うてか?」
『戯言を!』
歌えや踊れ、ここは宴の会場なり。
龍と龍が混じり合う、狂乱の宴なり。
しかしながら、我等は対等とはいかない様で。
「遅い、無駄が多い。はははっ、こうも自分の駄目な所を文字にされると、流石に悔しくなってしまうねぇ? やはり人の子とは、どこまでも強くなる。楽しい、楽しいよ。我々“龍”とは根本から違う。“上限”など無いのだよ、先を求める者達には。進化を求める若い翼は、どこまでも高い空を目指す。我々の住む天空などよりずっと先へと、成長しながら羽ばたいて行く。我々龍でも“憧れ”を抱く程楽しそうに、仲間と共に、友と肩を並べて。そんな者達が残した軌跡の一頁、私などたったこれだけの情報で手も足も出なくなってしまうのだから……若いというのは、素晴らしいねぇ?」
深い微笑みを零しながらも“人型”のまま、龍は龍に挑むのであった。
その手に、仲間から貰った“必勝法”を掴んだまま。
これはなかなかどうして……世界には、まだこれ程楽しい事が残っていたのか。
※※※
「魔王……ねぇ、魔王。起きて……皆も、どうして眠っているの?」
部屋に踏み込んだ瞬間、皆が倒れ込んでしまった。
急な事に思考が追い付かず、ひたすら皆の身体を揺すってみたのだが。
誰一人として、反応が返って来ない。
まさか死んで……なんて、ゾッと背筋が冷えたが。
脈もあるし、呼吸もしている。
なのに、声を掛けようが、いくら揺らそうが誰も目を覚まさない。
これが“最後の試練”?
いったい何が起きているのか、皆がどうなったのか。
何かが起きているというのは分かるのに、今自分には何も出来ないという現実が……とても、怖い。
もしもこのまま、誰も目を覚まさなかったら?
いつまで待ち続けても、この先皆の声すら聞く事が出来なくなってしまったら?
それらを想像すると、どんどんと身体から熱が奪われていく様だ。
私は知っている、大事な人と会えなくなってしまう恐怖を。
ずっと隣に居た筈の人が、ある時から何も言わぬ冷たい屍に変わってしまう瞬間を。
例えそれが、“作られた記憶”であったとしても……。
この身に、この心に。
あの時刻まれた恐怖が、再び襲い掛かって来る。
「大丈夫、大丈夫な筈……皆、強い。もしも何が起ころうとも、負ける事なんか無い。死ぬ訳がない……」
自分に言い聞かせるみたいに言葉にしてみるものの、身体の震えは収まらなかった。
何も出来ない、何も手を貸してあげられない。
自分は蚊帳の外で、でも仲間達は戦っているのだと思うと……悔しくて、堪らない。
だからこそ。
「お願い……お願い“トレック”。私に、皆を助ける力を頂戴……私はもう、失いたくない……」
部屋中央に浮かぶ不思議なオブジェにフラフラと近付いてから、迷うことなく手を触れた。
その瞬間、目の前にはいつか見た……半透明な板と、半分も読めない文字列。
そこに書かれていた内容は。
「なん、で……どうして! どうして私には“権限が無い”なんて言うの!? 私は何もするなとでも言うの!? ふざけないで! 私は、私はっ! 皆の……仲間なのよ? なのに、何もせず指を咥えて大人しく待っていろとでも言うの!? お願いだから……お願いだから手伝わせてよ!」
いくら触れても、同じ文章しか表示されない。
これに苛立ちオブジェを殴りつけてみても、結果は何も変わらない。
悔しい、こんなに悔しいと思ったのは本当に久しぶりだ。
「私は……魔女なのよ? 誰からも恐れられ、誰にも好かれない筈の存在。なのに……こんなにもいっぱい。多くの人が“仲間”だと言ってくれたのよ……? それなのに、何も……出来ないの? 貴方が作った世界なんでしょう? 本来は、皆と共に私が戦える場面なんでしょう? だったら、戦わせてよ……私には、それしか出来ない。戦えない私に、意味なんて無い……」
言葉を紡ぐごとに、感情が零れる。
無表情で、何を考えているのかも分からない魔女。
“無情”なのだと、心が無いのだと噂される事もあったというのに。
今だけは、何も考えずとも頬を濡らすソレが伝っていく。
“私に、意味を頂戴”。
そうすれば、誰かに認めてもらえるかもしれないから。
何処かの誰かは、私の事を恐れず共に居てくれるかもしれないから。
そうしてくれた、たった一人の存在を知っているからこそ、私は生き続けた。
でもそれは空想だと、作り物だと教えられた。
けど今目の前に居る皆は、間違いなくココに居るのだ、作り物なんかじゃない。
その上で、私を認めてくれたのだ。
魔女でも、化け物みたいな存在でも。
仲間だって、そう言ってくれたのだ。
だから、力になりたい。
もう“意味”は貰っているから。
私が戦う“理由”には、十分すぎる程のモノを貰っているから。
「だから……だからっ! お願いだから、私を皆と一緒に戦わせて! “トレック”!」
ガツンッと。
それはもうオブジェを破壊する勢いで殴りつけてみれば。
さっきから何も変わらなかった、半透明の板から。
ピコンッと、不思議な音がした。
「……え?」
文字が、変わった。
でも読めない、私には。
知らない文字だから、知らない言葉だから。
でも。
『please log in』
不思議な声と共に、空欄だった筈の場所へ勝手に文字列が追加されていく。
なんて書いてあるのかなど分からないけど、二列あった空欄には文字が刻まれ。
その下にある表示が……まるで待っているかのように、点滅し始めた。
『please log in』
再び、その声が響く。
何を言っているのか、よく分からないけど。
「これを……押せば、良いの?」
『please log in』
何度も繰り返される声は、それ以上の事は何も言わなかった。
コレに触れたら、何が起こるのか分からない。
けどこのままでは、何も変わらないと分かる。
だからこそ。
「お願い……私の願いを、叶えて。もう……置いて行かれるのは、御免だから」
そう呟いてから、点滅しているソレに対し。
静かに、そして覚悟決めてから。
ソッと指先を触れるのであった。
もう、待っているだけは嫌だ。
私は魔女、“無情の魔女”と呼ばれた化け物。
けど、今では。
皆と一緒に旅をする、魔王一行の一人でもあるのだから。
だから、皆が困っているのなら……私自身が、皆の元に駆け付けたいのだ。




