第216話 狂気
「ここは……」
荒廃した街の光景。
俺が住んでいた地域は田舎だったから、都内の街並みが滅んだ様な光景を見せられても、正直あまり心は動かなかったが。
という事で、腰に差した二本の剣の柄を撫でながら周囲を見回していると。
『恩知らずめ、恥を知れ』
道路の向こう側に、一人の剣士が立っていた。
二本の長剣を掴み、静かに此方を睨んでいる。
あの鎧と剣、そして相手の姿はどう見ても……。
「なるほど、これが“試練”という訳か。てっきり“オマケ”である俺達は、部屋に踏み込んだ瞬間BANされたのかとも思ったが……どうやら、ここは地獄という訳では無いらしいな。まだ俺は生きているという事か、“アチラ側”で」
言葉にしながら、こちらも剣を抜いた。
俺とは“色”が違うものの、こちらと同様の存在の様で。
訳の分からない事態ではあるが、まぁ……とりあえずは一安心だ。
俺はまだ、“イズ”として終わりを迎えてはいないらしい。
『俺を育て、導いてくれた者達に対して。恩を返さないどころか、“戻る”という意思すら捨てるのか? それはあまりにも無責任であり、礼儀知らずの所業だ』
「確かにな。俺が一番懸念していたところは、間違いなくソコだ。だからこそ“戻る”という選択肢があるのなら、最後まで迷っていた事だろう。しかしソレは、俺達には存在しない選択肢だとクウリが言っていた」
『他者の言葉だけを鵜呑みにして、僅かな可能性すら捨てるのか? せめてその可能性を探し続け、義理を果たす努力を示し続けるのならまだしも』
まさに、仰る通り。
俺一人だったのなら、恐らくそうした事だろう。
僅かな可能性だったとしても、もしも世界から否定されようとも。
その一握りの希望に賭けて、世界中を歩き回ったかもしれない。
だが……今の俺には、別の“希望”を手にしているのでな。
「俺だけだったのなら、我が家の教えに沿い、“武”の体現者となる事を誇りに思ったかもしれないな。一人だったのなら、この命に代えても家族の元へ帰ろうと足掻いただろうな。例えそれが、無駄な努力であろうとも。それが“俺”という人間だと、そう言い聞かせながら」
『なら何故そうしない、何故“楽”な方へと逃げる決断をした。軟弱者め、恥を知れ。不義理を働いたその身、せめて武士の真似事として、腹でも斬ってみたらどうだ?』
ハハッ、なるほど確かに。
それくらいやれば、俺は本物の“剣士”ってヤツになれたのかもしれないな。
静かに剣を向けて来る相手に対し、こちらもまた……同じ構えと取った。
「生憎と俺は、“こちら側”にも家族同様“守りたいモノ”があるのでな。腹は斬らんさ、そんな事をしたら本気で怒る奴等だからな。それに俺は、“他者”の言葉を鵜呑みになどしていない……“仲間”の言葉だからこそ、心から信用したまでだ」
『言葉遊びに過ぎない、それは自分でも分かっているだろうに』
「その言葉遊びは、時に人を繋ぐ。そして俺達の様な“あぶれ組”さえも、一つにまとめる奴が居る」
『戯言を……』
それだけ言って、相手が一気に踏み込んで来る。
これを正面から受け止め、互いの刃が火花を上げた。
「戯言……そうだな、戯言だ。馬鹿みたいに笑って、馬鹿みたいな事を目的に掲げ、馬鹿みたいに本気で挑む。それが俺達であり、今の俺だ! いつまでも古臭い思考回路を捨てられないのに、アイツ等と共に居る事が“楽しい”と感じでいる親不孝者が俺だ!」
相手の剣を弾き、身体を捻りながら回し蹴りを腹に叩き込んだ。
敵はすぐに引き、改めて両手の剣を構える。
そう、俺の悪い癖だ。
予想外の一撃を受けると、一旦距離を取って敵を観察しようとする。
今は剣士同士だからまだ良いが、これで相手が遠距離攻撃を得意とする者ならどうだ?
まさに愚の骨頂、どうぞ攻撃してくれと言っている様なモノだろう。
こうして“自分”を相手にすると、本当によく分かる。
これまで目を逸らしていた事例が、嫌という程露骨に現れる。
だからこそ、牙を見せる程に口元を吊り上げた。
「自身と剣を交えるなど、本来は叶わない。だからこそ、このチャンスを逃すのは勿体ないと思わないか?」
『俗世に染まり過ぎたと、自覚している筈だろう? いつまでゲームなんていう子供の遊びに興じるつもりだ?』
「得るモノは多いさ。それに今は、これが俺の現実だ」
再び刃を交え、思い切り暴れ回った。
四本の剣がぶつかり合い、いくら攻め込んでも“ココだ”というタイミングが掴めない。
やり辛い、正直そう思うが。
それは相手も同じようで。
どちらも攻めきれず、そして守り切れない一対一の戦闘。
「俺が何故、キャラクターの名前に“大豆豆”なんて付けたか。俺自身なら当然覚えているんだろう?」
『自らの名など、どうでも良い。人間の意味は、行動と実績で生まれるものだから』
「その通りだ、今でもその思考は変わらん。しかしな……もっと原点、俺の根っこの部分で語るのなら」
クククッと、思わず笑い声が漏れてしまった。
あぁ、本当に。
皆には散々大人ぶった言動と態度を見せ、自分でもそうあろうと常々思っていたというのに。
駄目だな、俺は。
本当に“駄目な大人”だ。
だってこんなにも……自分自身と斬り合えるという、摩訶不思議で珍しい現象に。
心から“楽しい”と感じているのだから。
「俺はあぶれ組、社会不適合者とも言えるかもな。戦う事が楽しくて、強くなる事が楽しくて、それ以外はほとんど興味が無くて。そんな人間だからこそ、自分の名前さえこの有様だ。それくらいに俺は……元から“雑で適当”なんだよ。こんなのに説教を垂れたところで、何の意味がある?」
『何度でも言おう、“恩知らず”が』
「では言葉を返そう、“世間知らず”。俺の様な馬鹿で適当な人間でも、手綱を持ってくれる奴が居れば……周囲から認められる程の存在になり得るんだよ。その名を知らしめ、俺に挑まんとする者も多く居た。それにこの世界なら、気を許した仲間達と“命掛け”で戦う事が出来る。何故そんな楽しい事を、世間一般で“正しい”とされるつまらない義理の為に捨てる事が出来る?」
楽しい、楽しいのだ。
多分俺は、世間一般からすれば“おかしい”と評される人間だ。
戦う事が好きだ、本気の戦闘が好きだ。
そして境地に追いやられても、必死に足掻いて生き残った時の達成感が忘れられない。
この異常とも言える闘争本能と生存本能が、アバターと混じり合う事でタガが外れたんだと思う。
あのパーティの中で、俺は多分一番の異常者だ。
だがそんな俺にも、アイツ等はいつだって手を差し伸べてくれるのだ。
ならその手を振り払ってまで、何故“帰ろう”なんて思える?
俺は人生で一番、“今”が楽しいのに。
『人間は獣とは違う。だからこそ常に思考し、人としての責任を果たす。そして武を志すのなら、義理人情には重きを置くべき』
「祖父の教えだな。しかし同時に、“恩人には一生を掛けてでも礼を尽くせ”とも教わった筈だ。だから俺は、アイツ等と共に居る未来を選ぶ」
ニィッと口元を吊り上げながらも、相手に向かって切っ先を向けた。
ほら、どうした? お前はここに何をしに来たんだ?
こんなお喋りをする為だけに、俺の目の前に現れたのか?
そんなものが“最後の試練”?
……ふざけるなよ?
ユートピアオンラインは、楽しみ方さえ覚えれば常に俺の予想を超えて来た。
導いてくれる仲間達と一緒に居れば、常に刺激に満ち溢れていたのだ。
だというのに、こんな生ぬるい“最後”など許さない。
もっともっと、俺を楽しませろ。
『“人の道”を捨てるか、外道』
「生憎と“魔王”の仲間なんでな? そう呼ばれる行いくらい、平気で出来る様にならなければ。これ以上の言葉は不要、とっとと掛かって来い。剣士たるもの、剣で語らなくてどうする。貴様のソレは、ただの飾りか?」
『言わせておけば……』
再び挑んで来た相手の刃が、鋭く此方に迫って来るが。
まだだ、まだ脇が甘い。
もっともっと、詰めるべき個所が存在する。
俺の剣術にも、まだまだ無駄が多い。
傍から見れば、それが本当によく分かる。
自分の欠点が、未熟な点がどんどんと浮き彫りになっていく。
だからこそ……楽しい。
俺はまだまだ、強くなれるという証明なのだから。
「クハハハハッ! どうした、こんなものか未熟者! 俺の剣では、俺の首さえも落とせないか!?」
『チッ!』
四本の剣がぶつかり合い、戦闘の激しさは目に見えて増していく。
あぁ、楽しいな……。
皆にはちょっと悪いが、これは少々時間が掛かりそうだ。
俺はコイツを観察して、もっともっと俺の悪い所を見つけ出そう。
それ等を修正し、更なる高みへと昇ってから、皆の元へ戻るとしよう。
この一戦で、その全てを読み取る必要がある。
こんな美味しい機会、もう一度訪れるとは思えないのだから。
だから少し、待っていてくれ。
ゲームというのは楽しむモノだ、それを徹底的に教えられてしまった身としては……こんな楽しいイベント、すぐ終わらせてしまっては勿体ないだろう?




