第212話 特別で、何でもない“脇役”
「やぁ、来たね。昨日は“繋がらなかった”が……またシュウの霧にでも包まれていたのかい?」
「…………まぁ、はい」
本日の夜も、夢の中に出現したソイツ。
一時期はひたすらに急ぎ、どうにか情報共有しようと焦っていた雰囲気ばかりだったが。
ある程度は伝え終わった影響なのか、今では余裕を感じる態度で俺の分の珈琲を淹れている。
「…………」
「どうしたんだい? なにやら不機嫌な様子だが」
「別に」
ムッスーとした態度のまま、差し出された珈琲を受け取って一口。
うん、自分でも思うけど……ガキか!
一旦落ち着け、アレは子供の頃の話だ。
今じゃ何とも思っちゃいないし、元のエレーヌがどうとか、今のアイツがどうとかも関係ない。
というかそれこそ俺が昔出会ったのは、こっちにとっては第三の存在と言える状態だろう。
なので、コイツに当たっても仕方ない。
というか、当たるな、頼むから。
このガキ臭い思考回路、夢の中くらいはどうにかなりませんかね……。
なんて思って、思わず大きなため息を零してから。
「なぁ、アンタは“ココ”で話した内容、リアルの方にも持ち込めるのか?」
「ん? 急だね……まぁ、そうだね。君と殆ど同じだと思って良い。しかし私の場合は、ゲームとしての世界に手を加える事で“過去にあった出来事にしている”状態に近い。私の感覚だと、記憶のみの過去改変でもしている様なものかな。とはいえ、強すぎる影響はちゃんと現実にも現れるよ」
だ、そうです。なら問題無いか。
という事で、テーブルの上にあったメモ帳とボールペンをお借りして。
サラサラと、俺が昔住んでいた家の住所を書いておいた。
ついでに、当時通っていた小学校の名前も。
「これは?」
「お前が俺に聞いて来た、何故“あの詩”を知っているのかってヤツの答え」
ぶっきらぼうに答えてから、相手にメモ用紙を渡し。
もう一つ溜息を零してから、脱力したように椅子の背もたれに体重を預けた。
「廃校になってたり、住所地も他の何かになってたら知らん、自分で調べてくれ。んでその住所から学校に向かうまでの間、でっけぇ和風のお屋敷みてぇな家があんの。そっちも今じゃどうなってるか分かんないけど……そこに、答えがあるよ」
「えぇ、と?」
「何が彼女は“こっちの世界”には居なかった、だよ。アイツはずっと……そこでお前を待ってたよ。“白薔薇”は、他の花から仲間外れにされても一凛だけ咲いてた。ちと色は変わってたけど、行けば分かるさ」
吐き捨てるに呟いてみると、メモを受け取った相手の顔は……見る見る内に驚愕の表情へ変わっていき。
「私が“そっちの世界”、というか君との記憶を保有できるのは……ユートピアオンラインが終わってしまう、あと僅かな時間しかないのかもしれない」
「だったら、急げよ。それにアンタは、あのゲームをアイツの為に……ていうか、エレーヌが幸せに終わるストーリーを作りたくて、世界そのものを拵えたんだろ? だったら、さ。まだ全然終わってねぇじゃん。今度はちゃんと、見つけてやれよ」
自分でもクッサイ台詞を吐いている自覚はあるし、失恋組の俺が何で仲人みたいな真似してんのかって話だけど。
“あの人”を救えるのは、多分コイツだけなんだろう。
だったら……いいかって。
どうせ俺は“普通”の人間で、この人達が特別だったってだけの話。
ちょっとだけ関わったからこそ、その一片に触れただけの存在。
それに偶然が重なって、極僅かな可能性を引き合わせた。
だからまぁ、彼等の人生のキーパーソンって言うか。
ちょっとしたお役立ちNPCみたいな立ち位置、物語の脇役くらいにはなれたのだろう。
なんて思いつつ、ニッと口元を吊り上げてみれば。
「ありがとう……ありがとう、クウリ。私は……あの世界を作って良かった、今……本当にそう思った。私の世界に、君が来てくれて……本当に、良かった」
「ハッ、そういう台詞は全部上手くいってから相手に伝えるんだな。俺にはそこまで責任が取り切れないからな。後は全部お前等次第ってのと……正直、結構時間が経ってるからな。そこら辺は、運任せだ」
「だとしても、ありがとう……あの世界が本当の意味で幕を閉じるその時まで、君の力になると誓おう。魔王クウリ、君にあの世界を。私という存在が作り上げた、その全てを捧げよう……」
「大袈裟な奴め。ま、どうせ運営管理から外れるフィールドで好き勝手出来るってんなら。せっかくならチートの一つでも用意しておいてくれよ? そしたら、“特別であり続ける”ってのも、少しくらい楽になんだろ?」
カカッと無理矢理にでも笑って見せれば、相手は此方の掌を掴んでお礼の言葉を紡ぎ続けた。
コイツにとっては、本当の意味での“エンディング”。
そのフラグを、俺が提供出来たと言うのなら。
世界を跨いでまで求め続けた二人の間を取り持てたというのなら……少しくらいは、“すげぇヤツ”ってものになれたのかもしれない。
彼女が言っていた様な、誰かと誰かを繋げたり、ちゃんと仲間にしてやれる“優しい人”ってヤツに。
「だが一つだけ宣言しておくぜ? 魔王って奴はやっぱ強欲だからな。俺にメリットが無ぇと納得しない訳よ」
そんな事を言ってみたが、さっきチートの一つでも用意しておけって報酬を提示したばっかじゃん。
お馬鹿。
などと自分でも思ってしまったが、相手は涙を拭ってから静かに頷き。
「聞こうか、魔王。私は君に、何を差し出せば良い?」
そう呟く相手に対して……大袈裟な程に、それはもう牙を剥き出しにする程微笑んでから。
「“こっち”の魔女は、俺が貰うぜ? アイツはもう、俺の仲間だ。後で返せって言われても、絶対に断る。もしも返して欲しけりゃ、“俺達”と戦争するつもりで挑んで来な」
宣言してみれば、相手はしばらくポカンとしたまま固まり。
そして。
「プッ、クク……なるほど、なるほどそう来たか。あぁ、なるほど。これはなかなか、悔しいものだね」
「だろ? だからお前も、少しくらい妥協しろっての。本人からしたら、外野が勝手に盛り上がってるだけでウゼェって言われるかもしれねぇけど」
「だね、本当にその通りだ」
なんて言って、二人揃って笑い合っていれば。
やがて視界には霧が発生し始め、本日の夢の終わりが近い事を告げて来る。
だからこそ、最後に。
「なぁ、アンタの名前は? “そっち側”の名前じゃない、元の方だ。エレーヌ・ジュグラリスと共に旅した、オリジナルのアンタは何て言うんだ?」
今更こんな事を聞いても、意味は無いのかもしれない。
それでも、聞いておきたかったんだ。
彼が一番人生を謳歌していたその瞬間の、当時の名前を。
そしてアイツが愛した男の、本当の名前を。
「“トレック”だよ、魔王。俺の名前は、トレック。当時から何者でもない、特別でも何でもない、ただのトレックだ」
「トレック、ねぇ? それをそのまま会社名にしたって訳か」
「もしかしたらこの名前を掲げる事で、彼女に気がついて欲しいと願っていたのかもしれないね……結局、そっちは叶わなかったけど」
「だがアンタが作ったソレのお陰で、最後には繋がったんだ。大したもんじゃねぇか。少なくとも“今回”は、“何者でもない”とは言えねぇな? ある意味世界の創造主になったんだから」
「それを知っているのは、現状君だけなんだけどね?」
「俺だけが知っている、“こっち側”に居る俺にとっちゃ“神様に近い存在”。ハハッ、余計特別感あって格好良いじゃん」
それだけ言って、二人揃って微笑み合い。
今回の会合は静かに幕を閉じる。
完全に霧に包まれ、俺は“現実”へと戻る。
今俺達が生きる、現実の世界へと。
さぁ、そろそろ終わりにしようか。
物語の最終頁であろう“北の門”は、もう……すぐそこなのだから。




