第211話 無垢な感情
「ほほぉ、コレはまた……初恋を拗らせた結果の姿がソレとは。魔王を名乗りながら、意外と初心な所があるじゃないか」
「…………ん?」
すぐ近くから声が聞えて来て、瞼をゆっくりと開いてみると。
目の前には、青髪美人が至近距離でニヤ付いていた。
「おはよう、魔王。よく眠れたかい?」
「どわぁぁぁぁぁ!?」
ビクッ! と反応しながら、思い切り叫び声を上げてしまった。
こればかりは仕方ないというか、状況が理解出来なければ誰だってこうなる。
朝起きたら美人が隣で寝ていればビビるし、俺からすると気がついたら目の前にレイドボスが居たのだ。
そりゃビビるさ、叫びもするさ。
だからこそ、思い切り飛びのいてしまいそうになったが。
「ちょっと……他人の膝の上で散々眠っておいて、急に動かないでくれるかしら」
これまた新しい声が頭の上から聞こえ、更には動かない様にガシッと頭部を掴まれた。
恐る恐るソチラに視線を向けてみると……此方を見下ろす形で、エレーヌがジトッとした瞳を俺に向けてきているではないか。
しかも何、さっきなんて言った?
膝の上がどうとか、意味の分からない事を言っていた気がするんですが。
という事で周囲に視線を向けてみると……エレーヌのドレスが物凄く視線の近くにある上に、ニヤけ顔の黄龍が目の前に居る。
ついでに言うと、頭の下は妙に柔らかい感触に包まれており。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
「本当に失礼ね、貴女」
魔女の膝から即頭を退けて、テントの外へと転げ出してしまった。
思いっ切りずっこけながら、バタバタと外に飛び出してみれば。
「お、おはようクウリ。えぇと、大丈夫か?」
イズが、ポカンとした表情で朝食を作っていた。
そのお手伝いのダイラと、トトンに関しても必死でおにぎりを握っている御様子。
「なんっ! なぁっ!? 起きたら酒カス駄龍が目の前に居て、ふとももの魔女がふとももしてて!」
「落ち着け、“ふとももの魔女”は流石に失礼だ。駄龍というのは……まぁその通りだが。いやしかし、俺等のパーティには合っているのかもしれないな……頭のおかしい二つ名的な意味で」
呆れ顔のイズから、物凄く的確な御指摘を頂いてしまった。
俺等のパーティ、魔王、幸運の性女、焔の剣、超合金ロリ。
そして新たに、ふともも魔女と酒カス駄龍。
これは酷い、目も当てられない。
という事で思い切り深呼吸しながら気持ちを落ち着けていれば。
「勝手におかしな二つ名を付けないでくれるかしら。流石に嫌よ、そんな風に呼ばれるのは。というか急に倒れて、ずっと他人を枕にしていた人がよく言えるわね」
「ハッハッハ、私としてはとても初々しい“夢”が見られて、とても満足だけどねぇ」
なんて声を上げつつ、テントから二体のモンスターが登場。
当然、ふとももと酒カスである。
「あ、がっ、ごっ……」
「……何? 今更私の顔を見て、怯える必要など無いでしょう?」
「怯えているんじゃなくて、羞恥心に悶えているんだよ? 魔女エレーヌ、察してあげなさいな」
ジトーっと瞳を向けて来るエレーヌに、思いっきりニヤニヤしているシュウがポンポンと肩を叩いているのだが。
こっちとしては、何で忘れていたのかも分からない過去を思い出したのだ。
それはもう羞恥心塗れだし、この姿だってお前の姿を似せて作ったものだなんて知られたら……それはもう、死んでしまう。
いやでもおかしいだろ! あの時は黒髪黒目だったじゃん!
だから無意識の内に、白薔薇ってイメージをミックスしてこのアバターを作った筈なのに。
今思いっ切り似通った外見してんじゃん! 瞳の色と態度くらいだよ違うの!
今の俺が若い頃のエレーヌで、そのまま成長したらコイツになりますって言われても、ちょっと納得しちゃうレベルで似てるよ!
「あがごっ! だ、な、なん……」
「なんでってそりゃ、それこそ君達が言っていた“世界からの関与”に近いんじゃないのかな? 以前君が出会ったソレは、世界そのものから修正……というか、認識阻害を食らった。だからこそ異物扱いされていたのに、君だけは彼女に近付いた。しかし離れた事により、彼女との記憶にすらも蓋がされた。ホラ、解決だね? それで……どうだった? 懐かしき膝枕の感触は」
「なっ! がっ! てめぇシュウ! 今ここでブッ倒してやるからレイドドロップ寄越しやがれ!」
顔面を真っ赤にしながら叫んだ結果、酒カスさんは魔女の後ろに隠れ。
わー魔王が怒った、怖い怖い。なんてめっちゃ笑顔で話していやがる。
神酒を飲んで、しかもコイツが俺の記憶の深い所まで導いたんだもんね。
間違い無く、あの“夢”をシュウも観測していたと思って良いのだろう。
だからこそ。
「殺す! 俺の黒歴史と一緒に、黄龍を殲滅してやる!」
「ちょぉぉ!? クウリ!? 何やってるの!? 今じゃ仲間だってば!」
「無理無理無理! あのレイド、どんだけ準備に時間掛かると思ってるの!? 今からやっても負けるだけだからね!?」
「……朝飯、出来たぞ? 一旦落ち着け、クウリ」
そんな訳で、仲間達から取り押さえられてしまうのであった。
ねぇ何コレ、何なのコレ!?
元はと言えば夢に出て来る“アイツ”の要望がどうとかって話だったのに、俺までその関係に関わって来ちゃったんですけど!?
時系列滅茶苦茶だし、しかも俺に関しては完全に片思いの部外者なんですけどね!?
え、何これマジで。
俺この状態で彼氏彼女の間を取り持つの?
いや、キッツ!? 俺の存在マジで恥ずかし過ぎねぇか!?
ついでに言うと、もう一回キャラメイクからやり直させてくれないかなぁ!?
※※※
今日の朝目覚めてからというもの、魔王が非常に不機嫌だ。
龍に夢を見せられたらしいが……詳しくは、元からいる仲間達にも語っていない様子。
本人曰く、このパーティとは関係ない事を思い出しただけらしいが……。
「ずっとムスッとしているけど、そんなに嫌な夢だったの?」
前を歩く彼女にそう声を掛けてみたが、若干顔を赤くしながらそっぽを向いてしまう。
他の皆とは、わりと普通に話している気がするのだけれど……何故か私とは、目も合わせない。
もしかして、気がつかない内に何かをしてしまったのだろうか?
などと不安になりながらも、彼女の後を遅れない様に付いて行っていれば。
「しばらくはソッとしておいてあげな、魔女エレーヌ。アレは思春期や反抗期というモノだよ、若い頃から気を張り詰めていた者程、遅れてやって来るというからね」
隣に並んで来た黄龍が、そんな事を言って来た。
その表情は、非常にニヤニヤしているが。
「貴女、彼女に何をしたの? どんな夢を見せたのかしら」
この空気は……正直、あまり好ましくない。
だからこそ、相手を睨みつけてみれば。
「おっと、勘違いしないでくれ。私は誘っただけだ、幻の類などは見せていない。魔王の奥底に眠っていたモノに触れさせ、自らの意味を自覚させたに過ぎない。そしてソレに直面した結果が……あぁなってしまった訳だ。いやはや、とても立派にやって来たんだと褒めてあげたいくらいなんだけどね」
クスクスと笑う黄龍は、何だか微笑まし気な瞳を魔王に向けているではないか。
正直……あまり、意味が理解出来ないが。
「でもその結果、私は嫌われてしまったみたいね」
「ハハハッ、それこそ言葉を紡ぎたまえよ。その後悔を背負ったまま行き付いた先が、黒く染まっても白薔薇であり続けたと言うのなら。いつまでも“待つだけ”では、人は先へは進めない。たまには自分から歩み寄る努力をしないと」
何やら知った様な口をきく龍に対して、更に目を細めて睨んでみれば。
彼女は両手をヒラヒラと見せつつ、怖い怖いとばかりに降参して見せるのであった。
私が……歩み寄る?
魔女として恐れられ、誰からも嫌われた存在の癖に?
そういう考えが脳裏にこびりつき、思わず暗い表情を浮かべてしまうが。
「ではこうしよう。私が彼女に“悪い夢”を見せ、それで君達の間に距離が出来ていたとしたら……魔女エレーヌ、君はどうする?」
「斬るわ、貴女を。今でこそ“仲間”だと認識しているけど、それは魔王が選んだからこそ。これを裏切る様な真似をしたと言うのなら、例え刺し違えても貴女を殺す。私が死んでも、その首だけは……私が貰うわ」
「フフッ……それこそ、“ご馳走様”だね?」
「何を、言っているのかしら」
何やら機嫌良さそうに笑う黄龍が、フラフラと私を追い抜き。
まるで遠足でもしているかのような雰囲気で、此方に振り返ったかと思えば。
「それくらいに大事に思っているのだと、ちゃんと言葉にする事だよ、魔女。君が君である為に、君が“以前の君”とは違うのだと証明する為に。あやふやでも、中途半端でも。相手を想っているのならばこそ、たまには勇気を出してみると良いさ。人間なんて、フラッと居なくなればずっと会えなくなる事だってあるのだからね」
「何が……言いたいのかしら」
「また膝枕の一つでもしてあげろと言っているのさ。アレは“魔王”であり“リーダー”だ。なら、そうでない時に二人きりで言葉を交わせば良いというだけさ。あの子が無垢な感情を曝け出すのは、その瞬間しかあり得ない」
そんな事を言い放った龍は、機嫌良さそうに魔王に絡み付いて行くのであった。
コレに対して、相手は鬱陶しそうに引き剥がそうとしていたが。
「膝枕……ねぇ」
確かに、昨日は随分と穏やかな顔で眠っていたけど。
とても安心した雰囲気で、いつもだったら見せない様な子供っぽい表情で。
普段から、無理をしているって事なのだろうか?
まぁこれだけ居る仲間達のまとめ役をしているのだ、大なり小なり無理をしていない筈はないか……。
などと考えつつも、ペシッと自分の太ももを叩いてみた。
「……もう少し肉を付けないと、寝心地が悪いかしら」
よし、今日のご飯はいつもの倍は食べる事にしよう。




