第210話 黒百合
「今日も来たのね、いらっしゃい」
「ん……お邪魔、します」
物凄く小さい声を上げながら、件の家へとお邪魔してみれば。
いつも通り、お姉さんが俺の事を縁側で待っていた。
あの一件から少しだけ話す様になり、ちょくちょく顔を出す様になったのだが。
学校が終わってから立ち寄れば、大抵この人は居る。
「相変わらず、小さな声を上げるのね。もう少し大きな声を出したって、誰も怒らないわよ?」
「でも……」
この時の俺は、かなりの引込み思案だったと言えよう。
友達も居るし、毎日一緒に遊んだりはするが。
どうしても言いたい事が言えずに、ボソボソと言葉を零すばかり。
それが原因なのか、たまに意地悪を言って来る奴なんかも居て。
「どうしたの? 少しだけ元気が無い様に見えるけど……友達と喧嘩でもしたのかしら?」
「……ん」
お姉さんの隣に腰を下ろせば、彼女は俺に飲み物を準備しながら問いかけて来た。
その声に答えてはみるものの……上手く、言葉が紡げない。
俺の悪い癖だ。
余計な事を言って、相手が怒ったらどうしようとか。
嫌な気持ちにさせたら、友達じゃなくなっちゃうかもと考えると。
いつだって、言いたかった言葉さえも引っ込んでしまう。
「君は、怖がりだね」
「……うん」
「変えたいと、思う?」
「……わかんない」
ポツリポツリと言葉を紡げば、相手は少しだけ困ったように微笑んだまま、ポスッと此方の頭の上に掌を乗せ。
「もしもそのままで良いのなら、余計なお世話だろうけど。伝えたい事は、ちゃんと言葉にした方が良いわ。私は、それで凄く後悔した……というよりも、凄く勿体ない事をしていたんだなって。後になってから気がついたから」
「お姉さんも?」
「えぇ、私も。とても、喋る事が苦手だったの。何を言ったら良いのか分からない、相手がどう思うのかすら分からないから、自分の意見を押し付けてしまうんじゃないかって怖かった」
静かに語りながら、庭の一角を見つめる彼女。
そこには、毒々しいとも思える様な黒い花が咲いている。
「私に似合う花だろうって、家族がね……綺麗な花ではあるのだけど、あんなに沢山咲いていると、不気味よね」
「あれって……」
「“黒百合”、花言葉なんかも不吉なモノが多いのだけど。嫌がらせかしらね? まぁ、良いのだけれど」
そんなの違うって、声を大にして否定してかった。
あんな不気味な花は、お姉さんに似合わないって言ってあげたかった。
でも、何も答える事が出来ず。
結局は口をつぐんだまま俯いてしまえば。
「おいで、また聞かせてあげる。気に入っているんでしょう?」
彼女は特に気にした様子もなく、俺の頭を自分の膝の上に誘っていく。
そして、そのまま膝枕される様な体勢になれば。
この人は、“あの歌”を口ずさむ。
子守歌だって、聞いている人の安寧を願う詩だって教わった。
どこか別の国の言葉で、俺には覚えられなかったし、意味も理解出来なかったが。
とても穏やかで、凄く眠くなって来る歌。
「いつか、“変わりたい”と思った時には……君は、迷わない方が良いわ」
「え?」
「自分の意見をしっかり口にして、相手に伝えて。その上で、他人の事を想ってあげられる。そんな優しい人になりなさい。私には、到底出来なかった事だけど。もう戻れないと、もう失ってしまったのだと認識して。私はとても後悔したから、“あの人”は……私の前には、もう現れてくれないから」
この瞬間、俺は失恋したんだと理解した。
彼女には待っている人が居て、その人がずっと好きで。
俺なんかが入り込む余地は一つも無くて。
けど泣いてしまえば、お姉さんを困らせる気がして。
グッと涙をこらえたまま、彼女の膝の上でジッとしていると。
「ねぇ、見える? 花壇の隅、少しだけ離れている所にある花」
「……?」
彼女が指さす先にあったのは、真っ白い薔薇の花。
一人だけ群衆から外れるみたいに、ポツンと咲いている白い花。
「アレが私、他と“色”が違うというだけで混じる事が出来ない。けどね? 言葉を交わせば、自分が言葉を紡げば……もしかしたら、黒い花の中にも入れたかもしれない。一凛だけ違う色だったとしても、例え種類が違ったとしても。仲間に入れてもらえたかもしれない」
そう呟きながらも、彼女は凄く遠い瞳を向けていた。
今何を思っているのか、俺には全く想像も出来なかったけど。
けどその表情が、酷く悲しそうで、とても寂しそうで。
「アレがお姉さんなら……俺は、一番近い“黒百合”になるよ」
「え?」
「これからは、ちゃんと言葉にする。ちゃんと皆に言って、俺が思ってる事を伝えて。それから……ちょっと近付けばすぐ見つかる“白薔薇”を、俺が仲間に入れる。そうすれば……一緒に咲けるんでしょ?」
例え他の黒い花と一緒に見えて、俺は“特別”になれなくても。
一緒に咲けるのなら……それでも、良いのかなって。
「格好良い事を言うね、君は」
「今は無理でも、いつかそういう“花”になりたい」
「フフッ、良いかもしれないね。だったらまずは、自分を変えないと。大切なものに“大切だ”と伝えるのには、とても勇気がいる事だから。強い人になりなさい、少年。私はもうここに根を張ってしまったから……待つ事しか出来ないだろうけど。君はまだ、どこで“咲く”かを選べるんだから」
そんな言葉を貰ってからしばらくして、俺は都内へと引っ越す事になった。
親の仕事の都合、別に珍しい話じゃない。
お姉さんとは少しだけ話をして、それからはずっと会ってない。
けど。
その日から、変わろうと思ったんだ。
情けなく流されるばかりの俺を、慰めてくれる人は近くに居ないのだから。
なので転校初日に、俺が考え付く限り、一番馬鹿な自己紹介をした。
今の俺は一人だから、仲間を作ろうって思ってます! なんて、意味の分からない台詞を吐いて。
次の学校で転校初日から笑われる結果になったが。
自分の思考を大袈裟に、しかも自信ありげに伝える行動が功を奏したのか。
俺の周りには友人達で溢れ、そのまま成長してもこれは続いた。
他人との繋がりが俺に言葉の紡ぎ方を自然と教え、社会人になってもコレが随分と役に立ってくれた程。
そして何より……“他人を思いやれる人間になれ”、そう言った彼女の言葉を忘れる事は無かった。
言葉を交わした相手が何を思っているのか、何を求めているのか。
これ等を考えながら言葉を紡ぐ行為は、自身に随分と負担を掛ける事もあったが。
それでも、より深い関係を繋ぐ事も少なくなかった。
相手の本質が、ちょっとだけ見えて来る。
言葉とは力、そして武器にもなり得る。
その上で、味方をちゃんと“仲間”にする為に。
知らない人を“友達”にする為に。
そして彼女に“格好良い”と言って貰える様に、愚直な程に言葉を紡いだ。
仕事でもそれなりに上手くいったし、結構誰とでも仲良くなれる人間にはなったと思う。
そんな中で趣味を見つけ、“仲間”と呼べるほどに親しくなった友人も出来た。
本当に色んな色をしている仲間達。
もしも花に例えるのなら、それこそ色も種類も違う。
でもだからこそ、この中に真っ白い薔薇が交じっても誰も異を唱えたりはしない筈だ。
そうなればきっと、あの花壇も色とりどりな花々で埋め尽くされる事だろう。
でも俺がなりたい花は決まっていたのだ、約束したから。
月光に照らされたあの人みたいに、相手を引き付ける様な“真っ白”な輝き。
けどあの場にあった“黒”で、一凛だけ特別な存在になると言葉にしたからこそ。
この白い外見と、そして遠くからでも見える様な真っ黒で派手な鎧を身に纏い。
更には、声を大にして自分はここに居ると叫ぶのだ。
そんな“ただ一人”になりたくて、俺はその世界の自分に“クウリ”と名付けた。
多くに紛れるが、たった一つの、それでいて周囲とは違う“黒百合”になりたくて。
ゲームは良い、見た目からして違う自分になれるのだから……。
これもまた、俺の悪癖だと理解はしているのだが。
けど俺はこの先も、クウリと言う名の黒百合を演じ続けるのだろう。
きっとこれは俺の目的で、目標でもあるのだから。




