第202話 魔女の手を引く
「こんな所にまでやって来て、随分と混乱させてくれるわね?」
「その割に、意外とあっさり決断したように見えたけどな?」
皆がテントの中で話し合っている最中、俺とエレーヌは外で見張り……の必要は無いんだけど、外に出ていた。
一応コイツの括りは俺に近い状態だし、何より向こうの三人とはまた違った話し合いが必要になるだろうって事で。
なんて、普通の個別相談になれば良かったのだが。
「迷うも良し、それも人生の一環だと言う事だね。自らは何者なのか、それはある意味全ての生物にとって最大の疑問でもあるからね。だが実際には何者になりたいのか、何者であろうとするか。そちらの方が大事だったりするものだよ」
若干一名、余計な面子が交じっていたりする。
黄龍、シュウ。
昨日はあっさり引いて姿をくらましたというのに、本日はその必要も無いと判断したのか。
俺達の近くで、未だに一人で酒を飲んでいた。
思わずジトッとした瞳を向けてしまうと。
「君も飲むかい? 魔王。酒に弱い身体と聞いたが、霧に包んでも良いのなら私が“酔い”を貰ってあげられるよ?」
「はぁ……そりゃありがたいね。しかしながら、今はそれこそ酔いたい気分だよ。訳わかんねぇ事を、訳わかんねぇまま皆に伝えて、それでも付いて来るって言ってくれたんだ。ありがたいが、申し訳ねぇって気持ちも強かったりするんだわ」
ハッと笑い声を零してみれば、相手は微笑みながら杯を傾け。
隣に居た魔女に関しては、これまた呆れたため息を零す。
「随分と素直じゃないね、魔王を名乗る者は。気がかりは残っていても、単純に嬉しいと言葉にすれば良いじゃないか。皆、君と共に居たいと願ってくれたのだから」
「そこだけは、龍に同意かしら。どうにかこうにか、リーダーらしく振舞おうとしている様だけど……話をしている間は不安そうだし、私達の答えが出た後は、普通に泣きそうになってたわよ?」
二人して余計な事を言い出しやがりまして、ボッと顔から火が出るかと思った。
「うっせぇうっせぇ! つぅかエレーヌの事情話すのが一番怖かったんだからな!? もはや存在否定みたいな事を伝えなきゃだし、その場で戦闘が始まってもおかしくねぇって警戒してたんだからな!?」
恥ずかしさのあまり叫んでみれば、魔女はスッと目を細めながら此方を見つめ。
そして……フッ、と。
なんか物凄く馬鹿にした感じで、口元を吊り上げやがった。
コ、コイツっ……随分と俺の扱い方を心得てきやがりましたねぇ本当に。
むしろ、もしかして俺の真似をしてるのか?
確かにね、相手を煽る時とかそんな顔してる自覚あるよ俺。
特に戦闘だと、相手の頭に血が上ればその分だけ冷静さを欠くからね。
そういう表情、俺もめっちゃする。
けど改めてこの小馬鹿にする表情されると、腹立つわぁ……コイツ普段無表情だから余計に。
顔、オイ顔って言いたくなる。
「確かに、思う所が無い訳じゃないわ。けどこんな所まで来て、私に嘘を吹き込む理由が見つからない。それに……貴女、意外と分かりやすいもの。嘘を言っている顔じゃなかったから、事実を口にしているんだろうなって……そう感じただけよ。あんな不安そうな、泣きそうな顔で語られたら、ね?」
「顔ネタはもう良いんだよ! そこは掘り起こすなよ! 止めろ恥ずかしい!」
ウガァッ! と吠えてみると、相手は小馬鹿フェイスを引っ込め。
いつも通りの無表情に戻ってから、もう一度ため息。
とはいえ今度は、俺に呆れたって雰囲気では無かったが。
「でも、皆が問題視していた事が……今更になって、やっと理解出来た気分よ」
「というと?」
「今の自分が何者なのか。私の場合は少し違うみたいだけど……それでも、こんなにも言い様の無い不安が押し寄せるものなのね」
それだけ言って、魔女は静かに月を見上げた。
シュウの作り出した霧に遮られ、随分とぼんやりした光にしか見えないが。
そんな物を見つめつつ、再びふぅっと息を吐き出してから。
「正直、前の自分だとか今の自分だとか、そんなのどうだって良いじゃないかって思っていたのかもしれない。他人事だからこそ、の感想ね。今ここに居る貴女達は、貴女達にしかなり得ない。そんな偉そうな事を言っておいて……私は今、とても不安になっているわ」
「……そればっかりは、仕方ねぇだろ。実際これまでは、お前にとって他人事だったんだ。それが急にその身に降りかかれば、混乱くらいするさ」
いったい何を考えているのかはしらないが、その横顔が随分と寂しそうに見えて。
思わず、励ましの様な言葉を紡いでしまったが。
「私は受け入れる……例え世界を跨ごうとも、その場に存在する自らが自分でしかないのだから。そう思っていた……いいえ、思いたかったのね。でも実際に貴女達が抱えて来た悩みと近い場所に立ったら……不安で、怖くて、どうしたら良いのか分からないって気持ちが強くなったわ」
いつもだったら、「お前でもそんな風に思う事があるのか」なんて言葉を掛けていた事だろう。
しかしながら、普段の軽口は出てこなかった。
だってエレーヌの場合、俺等よりもっと重い条件というか、本当に自分じゃどうしようもない問題を抱えてしまった事になるのだから。
一度門を潜った記憶も、長年旅した記憶も。
そして愛した筈の存在さえも……全て“作られた記憶”だと言われてしまっているのだから。
ベースとなった人物は居たとしても、エレーヌの場合はその本人にはなり得ない。
俺等には“元の世界”の肉体があり、その記憶をコンバートされた存在に近い。
だが魔女に関してはそれを元に作られた、本当に新規のキャラクターという事になってしまうのだから。
環境と待遇は俺と似たような形に近いのだが……元のエレーヌがそれこそ“転生”とも言える経験をしない限り、どうしたって直接的な繋がりの様な物は存在しなくなってしまうのだ。
「だからこそ私は、“答え”が欲しい。北の門へと辿り着けば、ソレがあると言うのなら。私を作ったという……私が愛した筈の人が、私の解放を望んでいるというのなら。ひとまずは、その“キャラクター”というのを演じてみるのも、悪くないんじゃないかって思ったのよ」
「だからこそ、俺達に付いて来る決断をしてくれたって訳か」
「どうしたら良いか分からないから、縋りついたとも言えるけどね」
そう言って少しだけ微笑み、彼女は御自慢の両手剣を胸に抱いた。
ホント絵になるというか……コイツには、魔女って言葉がよく似合う気がする。
どこか儚げで、それでいて誰の目も奪いそうな美しさ。
もしもコイツにも二つ名が付くとしたら、『幻惑の魔女』とかになるのだろうか。
などと考えつつも、その横顔を見つめていると。
「私は別人とも言える過去を参考に作られた者、愛した相手への気持ちさえも作り物。そして相手からは、好きに生きて良いなんてふざけた言葉を貰ったのなら……そうね、腹いせでもしようかしら。北の門とやらを焼き払って、そこで棺桶ごと火葬してやりましょうか」
「急にすげぇ事言い出すな、びっくりするわ」
「過去との決別って意味では、有りだと思わない?」
まるで冗談でも言い放つみたいにして、軽く微笑んだかと思えば。
これまで見た中でも、一番と言って良い程柔らかい表情を浮かべた魔女は。
「そして何も無くなった私でも……貴女は、拾ってくれるのかしら? 魔王の配下として、受け入れてくれるのかしら?」
そんな台詞を言い放って、何かを期待した様な。
それでいて救いを求めているかのような、不思議な色の瞳を此方に向けて来た。
……まったく、これだから美人はズルいってなもんだよ。
こんなお誘いを受けて、断われる男なんか居るのか?
という事で。
「お断りだね、魔女。俺は配下なんぞいらねぇ、欲しいのは“仲間”だけだ」
「あら、この場合は冷たいお断りだと言えば良いのかしら。それとも熱いお誘いだと受け取るべき?」
「どっちでもねぇよ。つぅかそもそも、もう仲間になってる奴を今更放り出す趣味はねぇさ。余計な事考えずに、俺等と一緒に居りゃ良いって言ってんの」
なんて、照れ隠しの様な言葉を吐いてみれば。
相手はクスクスと笑い始め。
「本当に、優しいのね? 普段の貴女には、魔王って言葉はちょっと似合わないわ」
「うっせ、ほっとけ」
などと言葉を交わしつつ、ニッと口元を吊り上げていると。
背後から、「ご馳走様です……」というよく分からない黄龍の声が聞えて来た気がする。
聞かなかった事にしよう、そうしよう。
という事で、今度ばかりは二人揃って月を見上げてみたりするのであった。
霧に遮られて、ロマンチックでも何でもなかったけど。
今サテライトレイを使ったら、いったいどんな風になるんだろう?




